第十二話 潜入
前話にて、1100ユニーク到達でございます。
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その後、一行は無言のまま、村への道程を急いだ。エリスは物言わぬ亡骸を腕に抱いて。
そこにはそれまでの無言故の妙な圧迫感は無く、どこかぎこちないながらも緩やかな空気が流れていた。
と言っても、リチャードにそんな繊細な感情などあるはずも無く、気まずい思いを抱いていたのは二人の少女たちであったが。
村の様子は、綺麗なものだった。
建物の損壊は概ね見られず、二〇ばかりあった盗賊の死体のほとんどが片付けられていた。
地面には幾筋もの何かを引きずった跡があり、血を吸って赤黒くなった地面が森の方へと続いている。
土の地面に残された足跡は大小様々だが、川熊のものとみられる、一際大きな物も幾つか見て取れた。
「ふむ。大丈夫そうだな」
気配を探っていたリチャードはそう断ずる。
人よりも遥かに気配に敏感な二頭の同行者が大人しくしていることから、念の為、であったことは否定の余地が無い。
一行はエリスの実家の裏手にある厩舎にその二頭の同行者を繋ぐと、二手に分かれた。
リチャードとクロエは、荷物を置きに室内へ。
エリスは、道具を取りに地下の倉庫へ。
「こっち」
一同が揃うと、力なく目を閉じた女性を両腕に抱いてエリスが歩き出す。
手ぶらになった残りの二人は、エリスが出してきた円匙を手に、後をついていく。
エリスに墓地だ、と呼ばれたそこは、村から少し離れた小高い丘のようになった場所だった。
周りと同じように背の低い草に覆われた丘には、木で作られた十字架が数基建てられていた。
「村の人はみんな家族みたいなものだから。特別に名前を彫ったりとかはしないの」
誰ともなしに吐き出した言葉を、二人は静かに受け取った。
それから三人は、二×二×四キュビットの穴を掘り、女性を埋めた。
やや小柄な彼女には、その穴は少しばかり大きかった。
「勇者って何?」
気になったから口にしてみた、そんな軽い感じでその会話は始まった。
墓前に摘んだ花を供えるだけの簡単な埋葬を終えた後、商家に戻り、軽く軽食を取りながら一息吐いていた時のことだ。
エリスがクロエとリチャードを見て訊ねてきた。
これまで何も聞いてこなかったことから、聞いていなかったか、聞いていても無かったことにしてくれているのか、のどちらかだと思っていたのだが、当ては全くもって外れていたわけだ。
「………………」
「それは……」
クロエは黙秘を貫く姿勢を取り、代わりにリチャードが口を開いた。
「……それは?」
そこに、エリスが身を乗り出してくる。
しばしの間、沈黙が流れる。
「それは……」
ゴクリ、と息をのむエリス。
「実はクロエは、勇者を自称する残念な娘なんだ」
「ちょッ!?」
「…………………」
表情を何一つ変えず、本気とも冗談ともとれる口調で言い放つリチャード。
事実無根の醜聞を着せられ、さすがに黙っていられなかったクロエ。
あんまりと言えばあんまりな言い訳に、言葉も無く呆れるエリス。
三者三様の反応を見せた。
少しの時間を置いて、二人(殆どリチャード)はエリスにこれまでの事情を説明した。
といっても、難しいことは無い。
世界で一番有名なお伽話が事実で、世界で一番有名な悪役が復活の可能性を残していて、世界で一番有名な救世主の子孫が目の前にいる気弱な少女である、と告げるだけだ。
「想像はできないけど、理解だけは出来た」
苦笑半分納得半分の顔でエリスは正直に胸の内を晒した。
少なくとも、最初の言い訳に使われたどこかの遺跡の転送罠よりは遥かに信用できる。
こちらも虚偽である可能性は残るが、それは今更であり、出自に関係なくこの二人を憎からず思っている自分を、エリスは自覚していた。
「じゃあ、行くか」
リチャードは立ち上がる。
その様子に少女二人はキョトンとした顔のまま呆けている。
「おいおい、しっかりしてくれ。森の奥に行くんだろう?」
「いや、もう日も暮れるし、明日でも良いんじゃない?」
エリスの言葉通り、雲で太陽は見えないが、村までの時間やそれからの作業の時間を考えれば、大分日が傾いている時間になっている筈である。
辺境の民であるエリスはもちろん、野宿上等の冒険者二人もその辺りの時間的感覚は鋭い。
おおよそではあるが、ほぼ間違いないだろう。
「じゃあ夜襲をかけられても構わないと?」
リチャードの質問返しに言葉が詰まる。
「あそこで監視していたってことは、俺たちがこの村に戻ったことも知られている可能性がある。どんな変態かは知らんが、夜討ちを考えないほど馬鹿ではないと考えるべきだろう」
その点については同意できる。エリスはそう思ってしまった。
「幸い、というべきか……今日は本格的な戦闘をしていないし、体力は十全にある。折角の屋根のある寝床を堪能したいんだよ、俺は」
野宿に慣れているとは言っても、柔らかいベッドは恋しい物だ。
思いのほか早くに人里にたどり着いたものの、思いのほか厄介な事情に巻き込まれることになり、流石のリチャードも精神的に負荷がかかっていたのもあるだろう。
「な、なんか、ずいぶん積極的だね」
矢鱈と好戦的な発言の多いリチャードの様子に、少し引き気味のエリスが、傍らの少女に意見を求める。
が、反応を返したのは彼女ではなく、件の少年の方だった。
「俺としてはクロエが意見を変えてくれないかと今でも思っているんだが……」
「(フルフル)」
リチャードから意見を求められたクロエは、ただ首を横に振った。後頭部で結ばれた一房の黒髪も、それに合わせて左右に揺れる。
それに一つ溜息をつくリチャード。
「ヤると決まっている以上は最善を尽くす。それが俺の遣り方だ」
その瞳には迷いはなかった。
尤も、このような場面で迷うような華奢な精神を持ち合わせているかは疑問だが。
なんだかんだと反論してみたものの、結局は良いように丸め込まれただけになってしまい、やや意気消沈気味の少女二人を含めた一行は、再び例の森を訪れていた。
村を出て少しした辺りで、とうとう雨まで降りだしてしまい、陰鬱な気分をさらに助長させるものとなったが、最初に自分たちが言い出したことで、リチャードは今もその気はないと公言してもいるため、異を唱えられよう筈もない。
探査目的は森の中にあるため、今回は初めから馬を連れてきてはいない。
そのことで到着に時間をとられ、時間的には日没も近いだろう。
昼なお暗い森の中は、一層の暗闇に包まれており、底の見えない穴を覗き込むような不安感を周囲に抱かせた。
「やっぱり昼間に出直した方が良いんじゃ……」
「言い出しっぺが弱気だな」
エリス本人としては建設的な意見をしたつもりが、揶揄されるように切り捨てられる。
そのことで反発する気持ちが生まれるが、それすらも計算づくで言っていることも分かってしまい、また反論の余地も無いことも相まって、様々な感情が内側で渦巻くことになる。
「リチャードって性格悪いよね」
先刻の一件で二人を名前を呼ぶようになったエリスは、人の悪い笑み浮かべてからかうが――
「よく言われる」
如何せん相手が悪かった。
顔色一つ変えず平然と返されては、毒気を抜かれるというもの。
エリスの顔にはもはや諦念しかなかった。クロエに至っては語る必要もないだろう。
「さっきの答えだけどな」
リチャードが松明に火を点ける。辛うじて少し先が見えるくらいの光源が生まれる。
「この先で待っているのはおそらく洞窟だ。入ってしまえば昼も夜も関係ない」
「どうしてそんなことが分かるの?」
「不死の法――そして【人傀儡】の魔法は龍脈を利用する。龍脈は地下水脈に沿って流れているってのが、各国の長年の調査で分かってる。地面を掘って進んだんじゃなければ、天然の洞窟の中に実験場を構えているはずだ」
話しながら、彼らは森の奥へと進んでいく。
頭上の枝葉によって雨は遮られるが、月明かりも星明りも差さないため、松明の小さな光源しか、辺りを照らすものはない。
にも関わらず、先頭のリチャードと殿のクロエは迷いなく進んでいく。
間に挟まれたエリスと違い、二人は夜行性の動物も真っ青な夜間訓練を課されたこともあり、ただ暗いだけの森であれば脅威を感じない。
これが、入ると出られない曰く付きの場所や、魔法使いの結界付きであったりしたならば、また話は違ってくるが。
「ここまで来ると、何か運命めいたものを感じるよな」
目の前で口を開けている地下への入り口を前に、ここ数日の慌ただしさをそう評したリチャードの言を否定する者はいなかった。
比較的安全に見えた旅先で、野生動物とのじゃれ合いを経て、盗賊団と戦闘になり、さらなる厄介ごとに巻き込まれつつある。
三人一塊で森を歩いたその夜のうちに洞窟の入り口を見つけてしまうなど、どんな偶然だと言いたい気分になる。
運命やら、神の御意思やら、何者かの見えざる手が働いているとしか思えない状況だ。
「ここ?」
エリスは、村の仲間の事を思って、逸る気持ちが抑えられないようだ。
今にも駆けていきそうな目をしている。
それを抑えているのはリチャードだ。
『勢いだけで動くのは愚物だが、深謀遠慮が過ぎて機を失するのは尚悪い』
人間的には尊敬に値する異国にいる父の言葉を思い出し、決断を下す。
「乗り込むぞ」
リチャードを先頭に、三人は洞窟の中に歩みを進める。




