第十二話 勇者の資質
メインヒロインがやっと喋ります。
ここまで無言キャラになるとは……。
見切り発車って、怖いですね。
「さて、帰るか」
「えっ!?」
唐突に帰宅宣言をしたリチャードに、エリスは驚く。
「このままここにいても仕方がないし、正直俺はこれ以上ここの事情に関わりたくない。ハッキリ言わせてもらえば、ここで起きていることは異常だ。俺としては今すぐにでも旅立つつもりだが?」
「で、でも……」
「それに、その人――アマンダさんで良いのか?その人を弔ってやるんじゃないのか?雲も出てきたし、村に戻るなら早い方が良いだろう」
「それは、確かにそうなんだけど……。でも!」
「大丈夫。俺もここでサヨナラするつもりはないよ。村までは付き合おう。さ、それじゃあ行こうか」
エリスの返答を聞かず、話を進めていくリチャード。
彼としては、得体のしれない異常者の実験場のような場所からは、一秒でも早く離脱するべきだと考えている。
話の筋が通っているため、エリスとしても反論し難い空気になっていた。
話は終わりだ、とばかりに背を向け黒い毛並のマークを繋いだ樹に歩いていく。
が、たどり着く前に、彼の前に立ちふさがる人物がいた。
「……何の真似だ、クロエ」
普段よりも低い声。それは、明確な敵対者に対する声だ。
それが向けられている相手――クロエは、到底仲間に向けるものとは思えない、濃密な殺気を放っている。
彼らからわずかに離れた位置にいるエリスでさえも、頬を引きつらせるほどの殺気を。
例え荒事に慣れていなくとも、野盗の一団に向かって啖呵を切った少女の胆力は、決して並大抵で済ませていいものでは無いはずなのだが。
「何に対して怒っているんだ?理由も無しにこんな真似をする奴じゃないだろう、お前は」
それに気を留めることなく、リチャードは平然とした様子で尋ねる。
濃密な殺気に中てられることも無く、反射的に殺気を迸らせることも無く。
平然とした様子で、まるでそのまま世間話を始めるかのように、淡々と話しかける。
それにクロエは答えない。
家族以外が傍にいる時、彼女の口数は極端に減る。
言葉を発する=注目される、という図式が彼女の中に存在するため、だとか(本人談)。
無口過ぎても注目されるのだが、人付き合いが苦手すぎることが災いしてか、微妙なさじ加減が出来ないのだ。
だからといって、いやだからこそ、今のように、他人をすら威圧するような殺気をばら撒くことなどする筈がないのだ。
表に出しはしないが、リチャードも内心困惑していた。
「何が……不満なんだ?」
もう一度、少し言葉を変えて問いかける。
その声音は、やはり平素と変わらない、波の少ない物だった。
リチャードの言葉に、クロエは静かに口を開く。
「なんで……?」
小さな声ではあったが、それはハッキリと他の二人の耳にも届いた。
リチャードとしては、それだけでも彼女の言わんとするところがなんとなく分かったような気がしたが、視線で続きを促す。
「……彼女、困ってるよ?」
エリスを見てそう言った。助けてあげないのか?と言いたいのだろう。
上目使いで顔色をうかがうその姿は、凶悪なまでに庇護欲を刺激するものだが、相対しているこの男には通じない。
「何故、俺たちが?」
リチャードの想いは単純にして明快。
クロエを五体無事に本国――エルリエール王国へと連れ帰る事。それ以上でもそれ以下でもない。
もっと言えば、彼女が勇者の血を次に繋げられるようにすることである。
それ以外の“些事”はどうでも良い。
例え目の前で何千人が助けを求めていようとも、彼にとってはどうでも良い雑事に過ぎない。
そこに正義があるのかと聞かれれば、彼はこう答える。
――知らん。
“正義”などという、耳障りが良いだけの言葉に、彼は意味を求めない。
善か悪かという価値観ですら、彼にとっては些事の内に含まれるものでしかない。
あるのは、ただ前に進む意志だけ。
立ち塞がる問題に対して、自身が考える適切な手段でもって解決し、ただ目的に向かって邁進する、という意志だけだ。
目的のためには手段を選ばない。その使い古された言葉を体現するのが、リチャード・ケントという少年だ。
「今重要なのは、あの村の居なくなった住人がどうなったか、じゃない。これからどうするか、だ」
「……原因を探る」
「何の為に?俺たちがそれをするべき理由がどこにある?」
「一度、彼女を助けた。アフターケアだって言った」
クロエは目を逸らさず、ジトリとした目線で訴える。
「何もここで別れようって言ってるんじゃない。村までは送る。埋葬ぐらいなら手伝うさ」
その言葉に、クロエは首を大きく左右に振った。
「違う!違う!そうじゃないよ!!わたしが言いたいのはそう言うことじゃないの!!」
エリスは、声を荒げるクロエを初めて見た。
出会って二日目だが、話しても一言二言。それも、相手はいつもリチャードで、注意していないと聞こえないほど小さな声だった。
リチャードにしても、出会ったばかりの人間の前でこれほど大きな声で意見するクロエは初めてで、だがそれが少し嬉しかった。
とはいえ、そんな感情を表に出す場面でも無いので、表面上は平静を取り繕う。
「私は勇者だよ!?目の前に困った人がいたら助けなきゃ!!それに、それは勇者かどうか以前に、人として当たり前の行為じゃないの!?」
「違う。お前は勇者じゃない。勇者の血を受け継ぐただの女の子だ。お前は何も救えない。救うべきじゃない。命を懸けて誰かを救うのは、決してお前の仕事じゃない」
環境というものはわずか三日でここまで人を変えるのか、と内心驚きながらも、クロエの意見を認めようとしないリチャード。
素直で正義感の強い情熱家、という勇者の家系の悪癖が出ている状態のクロエと、目的のためには手段を択ばないリチャードの相性は、本来あまり良くはない。
こういう意見の対立もあまり珍しくはないのだ。
彼とて何も意地悪したいが為に反対している訳ではない。
目的の分からない狂った魔法使いの根城に飛び込むなど、彼らの領分ではないのだ。
エリスの事も、考えていない訳ではない。
このまま村を離れて逃げるつもりならば、途中の村まで共に行っても良い、くらいには考えている。
が、どちらにしろ彼の中には、村人を探す、という選択肢は今のところ無い。
「…………どうしても、ダメ?」
「くどい」
取りつく島も無い。
クロエは力無く俯く。
リチャードはそれを降参と受け取り、彼女の脇を抜けて再び歩みを進める。
「……なら」
再び聞こえたクロエの呟き。
そこには決意にも似た感情が浮かんでいるように聞こえて、リチャードはとてつもなく嫌な予感がした。
彼女は、最後の手段、一撃必殺の宝剣を抜こうとしている。
そんな気がした。
「わたし一人でも行く」
嘘やはったりではない。
その分野は、彼女の最も苦手とする物だ。吐いたそばから看破できるほどに。
決意に燃える眼を見るまでも無い。
視線を交わすクロエとリチャード。
リチャードは視線を外して空を見上げた。
すっかり灰色に染まった曇天を見やり、溜息を一つ小さく吐いて向き直った。
その顔は、ずいぶんスッキリとしていた。
「……俺の負けだ」
力なく告げる敗北宣言。
ただし、と彼は続ける。
「一度モラレス村に戻る。この森の捜索は荷物を置いてからだ。それと、何も無かったら、その時は諦めてもらうからな」
わかった、とクロエは素直に頷く。
どうせならもっと早く頷いて欲しかった、と思うリチャードだが、決してそれを外には見せない。
ジッと二人のやり取りを見ていたエリスは立ち上がると、真っ直ぐクロエの前に向かい視線を合わせる。
俯いたりはしないが、真っ直ぐ相手を見られる訳でも無く、視線が泳ぐクロエ。
エリスはそんな様子を笑うことなく、少しだけ距離を置いて、頭を下げる。
「ありがとう」
顔を上げると、クロエは彼方の地平線を見ていたが、その黒髪から覗く彼女の耳が朱に染まっているのを、エリスは見逃さなかった。
その場の空気に耐えきれなくなったクロエは、一人で馬を繋いだ樹の方に駆けていってしまう。
残された二人の視線がぶつかった。
「ゴメンね、迷惑かけて」
本当に済まなそうに、エリスは頭を下げた。
彼女とて本心では助けを乞いたかった。しかしながら、昨晩の彼の話を聞いた上でなお助力を乞う事は、彼女にはやはり出来なかった。
そういう意味では、不本意な決断をしなければならなかったリチャードに対しては済まないと、素直に思っている。
「気にしないで良い、アイツの我が儘だ」
「でも――」
彼の理論から言えば、クロエを気絶させるなり、手足の自由を奪うなりして、問答無用で連れて行けば良いのではないのか?
エリスはそこが疑問だった。
何故彼はそうしないのか。
思い切ってその疑問をぶつけてみると、返ってきた答えは至極単純であった。
「無理だな」
「は?」
苦笑交じりに答える姿に、思わず呆けた声を上げてしまう。
「だから、無理なんだって。俺にはクロエを無傷で拘束する技量は無い。ただそれだけの事さ」
「…………」
思わず言葉を失ってしまう。
昨日の盗賊団との戦闘は、自分もその最中にあった事もあって、クロエの戦いっぷりを満足に見ていない――リチャードの技量は、間近で十分見せて貰ってはいたが。
確かに倒した人数こそ彼女が一番多かったが、そこまで技量が離れているものなのか……。
エリスが一人悶々と悩んでいると、リチャードが、それに、と話を続ける。
「アイツ一人で無茶するくらいなら、俺が見ている前で暴れてくれれば良い。本当にそれだけなんだ。だから、エリスは何も気にしなくても良い。礼ならアイツに言ってくれよ。俺は何もするつもりはなかったんだからな」
そこで言葉を切ると、ちょうどクロエが二頭の馬を連れてきたところだった。
リチャードもそちらに向かっていく。
少し離れたところから、二人に届かない小さな声で、エリスは呟く。
「ありがとう。クロエ、リチャード」




