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彼女は勇者に向いてない!!  作者: white
不死の研究~モラレス村編
22/33

第十話 人傀儡

「エリス」


 リチャードは、少し前で停まった少女を呼ぶ。

 その真剣な顔つきに、エリスは表情を引き締めて、馬を寄せてくる。


「近くに橋は無いか?町まで行商に出るって話だったから、川向こうに渡る方法があるんだろ?」

「この先、ちょっと行った所にあるけど。……何かあったの?」


 リチャードの様子に異変を感じて、エリスは自然と声を潜める。


 森の中に暮らす人間はいない。

 そこは獣たちの縄張りだ。

 より鋭敏な感覚を持ち、より俊敏に動ける彼らの前では、人は狩られる側でしかない。


 もしいるとすれば、それは、普通の人たちと共に暮らすことのできない、後ろ暗い過去を持つ者だろう。

 であるならば、リチャードに手心を加える余地はない。


 ――ヒョウッ


「ちょッ!?」


 エリスの質問に、リチャードは無言で矢を放った。

 非戦闘時、矢筒は背嚢の下、お尻の高さに着けられていて、弓は首にかけている。

 リチャードはその状態から、瞬き程の間で矢を放って見せた。


「当たったと思うか?」

「(コク)」

 特に気にした風もなく問いかけるリチャードに、クロエは一つ頷いた。

 先ほどまでの粘つくような視線はもう感じられない。

 矢が当たったか、逃げ出したかのどちらかだろう。


「はぁ……。変に思い切りが良いというか」

「済まないな。余りにも無遠慮な視線だったんで、不愉快だったんだ」


 勿論冗談なのだろうが、エリスにはあまり冗談には聞こえなかった。

 軽く口角が引きつる感じがしたが、それももう今更だ、と思い苦笑した。


「済まないついでに、確認に行きたいんだが。エリスはどうする?」

「……あぁ、うん。私も行くよ。村の近くだし、どういう手合いか気になるから」




 川を十分も下ると、丸太組みの橋があった。

 太い五本の丸太を並べただけの、簡素と言えばそれまでの橋。

 エリスの談では、この橋を荷物を山と積んだ荷馬車で往復するから、馬に乗ったままでも渡れるとのこと。


 一行は何事もなく橋を渡り、再び川を遡る。


 森まで戻ってくると、外縁の樹に馬を繋ぎ、中へと入っていく。

 その森は深く、樹も生い茂っており、日が昇っている時間にも拘らず、薄暗く感じた。

 下草も膝丈ほどと深く、見通しが悪い。


「ここはどういう場所か聞いたことは?」

 先頭を歩くリチャードが問いかける。

「無いなぁ……。こっちは獲物が少ないとかで、猟場は専ら西側だったし」


 それに殿を歩くエリスが答える。

 クロエは、リチャードの後ろをついて歩いている。いつも通りに。


「多分この先だな」

 そう言って、リチャードは下草を掻き分け進んでいく。

 すると、少し奥に草が倒れている個所があった。


 まるで、人が倒れているかのように。


 ゆっくりと近づいていく一行。

 草に隠れて見えなかったその姿が分かるところまで来ると、突然エリスが走り出した。


「アマンダ姉さんッ!!」


 倒れた人影に駆け寄ると、エリスは膝をついて抱きかかえた。

 アマンダと呼ばれたその女性は、年は十ほど上の茶色の髪の女性だった。

 その喉元からは、リチャードの放った矢が突き出ていた。


「いやッいやッ嫌よぉ……。姉さんッ姉さぁん!!」

 エリスは、女性の胸元に縋り付いて涙を流していた。

 リチャードは、この事態に、かなりの違和感と少なからぬ危機感を感じていた。


「アンタがッ!アンタが姉さんをッ!!」

 顔を上げたエリスは、今までにない憤怒の形相でリチャードを見上げる。

 しかし、リチャードは無表情を崩さず、何か考え込むような仕草を見せていただけだった。


「なんとか言ったらどうなのよッ!!」

 立ち上がり、胸倉に掴みかかった所で、リチャードはエリスに視線を向けた。


「一先ずその人を連れて森を出よう。話はそこでする」


 そう言ってリチャードはクロエを促して歩き出した。

 エリスはすぐに後を追いかけようとしたが、アマンダをここに置いていけない、と思い直して物言わぬ彼女を背負った。

 初めて背中に感じる年上の女性は、思っていたよりずっと軽かった。




 森を出て直ぐ。

 馬を繋いだ樹の下で、先を行く二人は足を止めた。

 それに少し遅れて、人を担いだエリスが出てくる。

 前を見据えるその緑の瞳には、幾分か冷静さを取り戻していたものの、まだ色濃く憎悪が浮かんでいた。


 静かに下に寝かせると、胸の上で手を組ませる。指が互い違いになるように。

 跪いて自分も同じように胸の前で手を組むと、目を閉じて祈りをささげる。

 世界に満ちる精霊たちに導かれて、母なる神と父なる神の許へと帰れるように。


 それを見て、リチャードとクロエも、同じように手を組んで祈る。彼女の平穏と安らかな眠りを。


 エリスは祈りと別れを済ませ、顔を上げる。

 その眼はしっかりとリチャードを捕らえる。


「説明。してくれるんでしょう?」

 問いかけではあったが、その眼には有無を言わせぬ圧力を感じた。

 リチャードとしても、無下には断れない程度には、情を移している相手だ。

 有耶無耶にするつもりはない。


「まずは済まなかった、と言っておこう。たとえ俺が殺した(・・・・・)訳ではなくとも(・・・・・・・)、責められる謂れが無い訳ではない」


「……どういうこと?」


 ついさっきまでの、明るい表情は消え、暗く沈んだ表情と低い小さな声で尋ねる。

 リチャードの普段と変わらない態度や口調に言いたいことが無いわけではないが、それ以上に疑問を抱かざるを得ない発言を問い正さずにはいられなかった。


「まずは冷静になって彼女を見てみろ」


 そう促されて、エリスはアマンダの亡骸を見る。

 村人の女性陣が来ている、安い麻のワンピース。染色されていない薄茶色。足元は裸足。


(裸足………………?)


 村の中はおろか、家の中だって裸足になる文化は無い。せいぜいが夜寝る時ぐらいだ。

 村の外の、それも森の中で裸足でいることは、絶対に有り得ない。

 事実、アマンダの足には、草葉で切れた痕が無数にあった。


「見て分かる通り、彼女は裸足だ。ここは村からも多少距離はあるし、ましてや、森の中だ。裸足でいることは有り得ない。これが不審な点の一つ目」

 この時点で、エリスの中ではリチャードの言葉を信じる方に意識が向いている。

 彼女から見ても、これは充分に不審だ。


「二点目。彼女の口元、血で汚れてないだろう?喉元を矢で貫かれたのに。普通、ここを撃たれても、しばらくの間は意識が残るものだ。血を吐いて苦しんで死ぬ。でも彼女はそうじゃない」

 見れば、喉元の傷からも血は流れていない。


「それに、この傷を見てくれ」

 エリスは彼の傍に行き、彼の指差す足元の傷を見る。

 そこには、葉で切ったであろう、かなり深い傷があった。


「こっちも、血が……出てない?」

「そう。結構深いはずの傷なのに、表面に血が滲んでいない。これは死後の傷の特徴だ。間違いなく、彼女は俺の矢が刺さる前に死んでいた」


 でも、とエリスはそれに反論する。

「貴方たちは視線を感じたと言っていたわ。それはどう説明するの?」

 死者の視線を感じられるなんて言わないでしょう、と問いかける。


「おそらく、魔法だと思う」

「魔法?」


 ああ、と一つ頷くリチャード。

 言葉を続けようとした彼の表情が――出会って初めてと言って良いくらいに分かりやすく――嫌悪に歪んだようにエリスには見えた。


「肉体を操作して、感覚を共有できるような魔法を、俺は一つしか知らない」


 ――傀儡(くぐつ)魔法【人傀儡(ひとくぐつ)


「傀儡?」


 一つの答えを示したリチャードは、やはり忌々しげに顔を歪める。

 生来の目つきの悪さも相まって、非常に怖い。

「かなり下衆な魔法でな。正直、今だにこんな魔法を使う下劣な輩がいるのかと思うと、吐き気がする」


 そこまで言うのか、とエリスは思った。

 自分たちの障害になるから、と殆ど躊躇することなく二桁の人間を屠った男がここまで嫌悪する魔法。

 それが自分の知人に使われた。

 それがどれほどの物かも知らないが、彼の表情や態度を見るだけで気分が悪くなるのを感じた。


「起源は遥か昔、俺の国では無い、どこか遠い異国の地だったらしい。ある実験の過程で偶然発見された魔法でな。文字通り、人を傀儡として使役する魔法だ」


 言葉を紡ぐごとに、自分が冷静になっていくのを、リチャードは感じていた。

 それが今は、少しだけありがたかった。


「マナの糸で術者と繋がった個体を通して、その個体の感覚を使うことができる魔法でな。術者が命令しなければいけないから、実はそれほど優秀な魔法ではないんだ。それに、要求される魔法使いとしての才能も高い。この魔法を修めるくらいなら、他の魔法を習得した方が遥かに役に立つ」


 冷静さを取り戻したリチャードは、一つ溜息をついて空を見上げる。

 空は少し雲が出てきていた。


「こんな魔法を使う奴は、狂気に憑りつかれた強欲な学者か、禁忌を犯すことも厭わない愚物だ」


 再び視線をエリスへと戻す。

「その魔法を使って俺たちを観察していたんだろう。目的までは分からないが、目をつけられた可能性がある。俺としては、今すぐにでもここを離れるべきだと思うがね。異常者に構ってやるほど暇してないからな」

「で、でも……」


 エリスが言いかけて止める。

 リチャードは何となく分かっていながらも、目でその先を促す。


「アマンダ姉さんが、その……【人傀儡】というのになっていたとして……。他の村人はどう?彼らもその魔法使いに捕らえられて、【人傀儡】にされている可能性はない?」

「あるだろうね」


 リチャードは淡々と答える。

 彼の中の確信に従って。


「さっきも言ったように、この魔法は“ある儀式”に付随する魔法なんだ。効率が悪すぎて、これ単体を目的として行うような魔法じゃない。その儀式は、国家単位の支援が必要な、大魔法だ。尤も、今じゃどの国もやろうとはしないけどな。ともかく、そいつはおそらく入念な準備をした上で事に及んだはずだ。モラレスの村は、その実験場にされた可能性が高い」


 リチャードの言葉を聞くほどに、エリスの顔色は悪くなっていく。

 その顔色はすでに、すっかり青ざめてしまっている。


「さっきから言ってる“ある儀式”って何なの?村の皆を犠牲にするほどの物なの?」


 その答えをリチャードはもちろん知っていた。


「術式の名前は【強制マナ付与式精霊化術】。一言でいえば、“不老不死になる(・・・・・・・)ための魔法”だ。」

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