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彼女は勇者に向いてない!!  作者: white
不死の研究~モラレス村編
20/33

第八話 問答

 静かな夜。

 少し離れたところの木々の葉鳴りと、静かな川の流れる音。

 時折流れる雲と、上り始めた右側が欠けた月と、煌々と瞬く星。


 川の流れ来る先、遥か東方から南方にかけて、黒く山の影が映っている。

 あとは見渡す限りの草原。


「……質問してもいい?」

「あぁ、そういう約束だからな」


 無音の世界に言葉が紡がれる。


 エリスは、昼間のリチャードの行為に、少なからぬ違和感を抱いてはいた。

 相手を考えれば当然、という気持ちももちろんある。

 ただ、彼があそこまで出来る(・・・)ことは不思議であった。


「なんであそこまでしたの?」

「余計な禍根を残さないため」


「全員殺さなければいけなかったの?」

「必要なことだ。全員を捕らえることはできないし、あの場で逃がして復讐されたんじゃ堪らない」


「捕らえた奴は?憲兵にでも引き渡してもよかったんじゃないの?」

「盗賊団の頭目はいかなる理由があろうと死罪だよ」


「貴方が殺す必要はあったの?」

「アイツを憲兵のいる町まで連れて行くのに、俺たちが世話をしなくてはいけないだろう。監視、食事、排泄、その他諸々。俺たちじゃ人手が足りない。不可能だよ」


「もっと話を聞けたんじゃない?」

「ああいう手合いは、殆どの場合二つに分かれる。情報を話す代わりに命乞いをする愚者か、何も話さず腹を括る凡俗か。奴は後者だった。何をしても死ぬと分かっていたんだろうからね」


「“背後”って何?」


 示し合わせていたかのように淡々と続く質問に淡々と答えていたリチャードが、初めて言い澱んだ。

 その瞳に浮かぶのは、困惑や動揺ではなく、逡巡。

 一拍の後、彼は再び話し出した。


「……あれは、勘みたいなものだったんだ。組織の面子がどうのって話は覚えてるだろ?面子なんてものは、あくまでも組織あっての話だ。全滅するまで戦うほどに大切なものじゃない。それを犯す愚者なら、命惜しさに色々歌ってくれただろうし……」


 リチャードは体を起こし、エリスに向き直る。

「なにより、あの場に俺とクロエが現れた時点で、そんなものは考えなくてもよかった筈だ。話を逸らして、撤退するなり出来ただろう。――あの時のアイツらは普通じゃなかった。まるで、もう後がないみたいに。背後に居る誰かに支配されているような、そんな感じを受けた……。だから、ちょっとカマ(・・)をかけただけだよ」

 あそこまで反応を隠せる奴はなかなか優秀な駒だったろうにな、と力無く呟いた。


「ヤツらの目的が、エリス個人なのか、“村人”なのかは分からない。だが、何か、面子以外の要因があってあの村に来ていたんじゃないかと、俺は考えている」

 注意はしておいた方が良い、と今度は優しく微笑んだように見えた。




「……なんで?」


 エリスは、なんでもない様子をしている少年の姿を見て、ますます目の前の少年の事が分からなくなった。

 相手は悪党だった、とはいえ彼らは今日一日で二桁の人を殺しているのだ。

 正直な話、罪悪感を覚えるような相手ではない。無抵抗で捕まっていたら、と考えると、女である自分の未来を想像するだけで目の前が暗くなる。


 しかし、この少年は、この少年の行動は、常軌を逸しているとも思う。

 意識の無い人間の首を、ただ自らの安全のために、と切り裂く。必要がないから、と無抵抗の人間の首を一切の躊躇なく刎ね飛ばす。

 かと思えば、賊に遭うまでと変わらない、無表情――の上に目つきは悪いくせにそこそこ美形――ではあるけれど、それ以外は善良な市民のような態度で話す。


「私は貴方が分からない。どうしてあそこまで出来るの?どうして今、平然としていられるの?」


 ――貴方の本性はどっちなの……


 その答えを彼は持っていない。少年は静かに首を左右に振っただけだった。




「俺は何もする気は無かった」

 リチャードは静かに話し出した。


「あの時言ったように、俺はあのまま立ち去るつもりだったんだ、エリスを置いてね。俺の目的はただ一つ。クロエ・スルールを故国に連れ帰る事、それだけだ。正直、転移二日目からこんな大事に巻き込まれるつもりはなかったんだが……」


 そういう言われ方をすると、巻き込んだ方としては言葉もない。


「気にしなくても良いぞ。あのバカ(・・・・)が勝手に首を突っ込もうとしたから、俺は仕方なく従っただけだ」


 エリスは、彼の答えに疑問が残った。

「それだけの理由で、あんなことも出来るの?」

「出来る」


 リチャードは迷いなく答えた。

 それが当たり前だ、と確信しているようでもあった。


「人によって大切なものは違う。俺の場合は、それがたまたまクロエ(アイツ)だった、それだけの事さ。クロエの命は、数百の悪人よりも、数千の善人よりも重い。五体無事に連れ帰ると約束した。俺はそれを果たすだけだ」


「……それは、愛故に、とか?」


 この質問も、リチャードには答えられないものだった。


「分からない」

「……………」


「少なくとも、親愛の情はある……と思う」


 リチャードは視線を外し、ややうつむき気味に眉間にしわを寄せ、右手で後頭部を掻く。


「ッ!ず、随分と、曖昧なのね」


 それまでとは余りにも違う、自信なく答えるリチャードの姿に、吹き出しそうになりながら言葉を返す。

 先刻までは、ずいぶんと年上のように感じていた少年が、今は年下のようにも感じられるから、とても不思議だ。

 リチャードの様子は、本当に理解できていないのだ、と思わせるのに十分なものだった。

 むしろこれで演技だと言われたら、エリスは今後、深刻な人間不信になってしまうだろう。


(えッ!?なにこれ?ちょっと……可愛い!!)




「……失礼なことを考えていないか?」


 エリス本人からしてみれば、初めて恋を覚えた弟を眺める姉の気分でいたわけだが、リチャードから見えるエリスの顔は、どう見ても、下世話な近所のオバさんの含み笑いにしか見えなかった。

 焚火という揺れる光源の所為も多少はあるかもしれないが、何か不名誉な考えを伝えてくる視線であったような気がした。


 冷たい視線を感じたエリスは、慌てて首を左右に振る。

 勿論、そんなつもりは無いよ、という意味で。


「そうか?……まあ良い。これも前言ったが、俺とクロエは恋人とかの関係じゃない」

 いつも通りの仏頂面に戻ったリチャードは、投げやりにそう言った。


「エリスのおかげで眠れそうにない。不寝番は俺が代わるから寝てくれ」

 そう言って背中を向けられてしまう。

 その背中は、もう話したくない、と語っているようで、これ以上の質問も反論も憚られる雰囲気が漂う。


「……わかった」


 エリスは、ただ一言、そう言うと、テントの傍に敷いた余りの布の上に自分の腕を枕にして丸くなった。

 できればもうちょっと突っ込んだことを聞きたかったのだが、言外の圧力に敗ける形で、退き下がるしかなかった。

 彼女が横になると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。

 彼女もまた、昼間の一件が見かけ以上に堪えていたようだ。


「愛、ねぇ……」


 リチャードはそれを横目に、夜空を見上げて呟く。

 未だに彼の理解の及ばない感情に、思いをはせる少年が一人。




 リチャードとクロエ。

 彼ら二人に共通するのは『対人恐怖症』という性癖。


 元来の引き籠りがちな性格に加え、父を失った時に向けられた善意の刃。

 クロエの『善意恐怖症』とまで言える現在の状況は、そうして形作られた。


 リチャードの場合もあまり変わらない。

 彼は頭の良い人間だった。多少、年不相応なくらいに。


 父アルベールと師レジアス。

 二人の男たちは今でも彼の目標であり、幼き日の遊び相手でもあった。

 彼ら二人と、一緒にいる自分に向けられる数多くの視線。


 それは師の息子に向ける羨望。それは繋がりを求める打算。それは所詮平民だと蔑む侮蔑。


 長い年月、それらに晒されれば、一人の少年の人格が歪むのは必然と言えるだろう。

 王侯貴族の子弟であれば、それらに対処する方法もあったのだろうが、彼は平民の子。

 第二王子の乳兄弟といっても、所詮はそれだけの関係。

 むしろ、今もって交流がある方が、異常とは言わないまでも、不思議な状況ではあるだろう。


 リチャードは云わば『善人不信』。


 悪意ほど分かりやすいものはない。

 どれほど巧妙であろうとも、それは隠すものであり、表に現れる悪意に偽りはない。


 善意ほど分かりにくいものはない。

 それは表に纏うものであり、裏に何が隠されているのか、それを推し量る術はない。


 リチャードは歪んでいる。


 彼はまだ、エリスという少女を信用していない。

 彼が信用しているのは、一部の人間だけだ。

 その相手にでも、常に言葉の裏を探ってしまう程、彼は“他人”を信用していない。




「俺もいつか、人を愛せる日が来るのだろうか……」


 誰に聞くともなしに、夜空に問いかける。

 その答えは、風の中に消えていった。

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