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遺産相続で妹と縁を切った話  作者: 佐藤柊


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6/11

妹の帰省

妹の計画はこの頃既に始まっていた

 陽一のもとに病院から連絡が入った。腫瘍内科から『今後の説明がある為、来院して欲しい』という趣旨の内容だった。

 その事を妹 恵に連絡すると、恵は「自分も立ち会い、説明を聞きたい」と言った。陽一が恵の家庭や仕事を心配すると、

「職場の人達も心配してくれて『行ってきな』って言ってくれててね、丁度休みを取ろうと思ってたの。子供は昭夫さんのお母さんが来てくれるっていうからさ。私もお母さんに付き添ってやりたい」

陽一は、そう話す本人の意思に任せた。

 陽一は叔母 恵美子とその娘 千恵のレシートの一件を話した。

「えーっ!?」

と、恵は驚いて声のボリュームが上がった。

「信じらんない!お見舞いにガソリン代請求するなんて!私、千恵ちゃんに言うから!」

「言うなよ。今は。後でタイミングを見て他の親戚の前でまとめて爆弾落としてやるから」

陽一の皮肉交じりの言葉に、恵の声も弾んだ。

「私、昭夫さんに全部話してて、愚痴も一緒に聞いてもらってるんだけど、昭夫さんが千恵ちゃんを『困窮なの?」って言うの」

陽一は少し考えて

「働いてねぇからな、恵美子叔母ちゃんも千恵も。金はねぇだろうから、そうやって世話を焼いて俺やお袋から小遣い貰うつもりなのかも知れないけど。騒ぐだけ騒いで迷惑なだけだからな」

と言った。すると恵はウキウキしながら

「そうそう!でね、千恵ちゃんがさ、あんまり私にお母さんが死ぬだのさ、お母さんが死ぬ事に覚悟が足りないだの言うからさ、頭にきて『千恵ちゃんは困窮なの?私の旦那さんも言ってるよ!』って言ってやったの!」

と言ってフフフと笑った。

「え…嘘だろ?」

陽一はサーッと血の気が引くのを感じ、言葉を失った。

「え?まずかった?そうかなー?だって頭にきたんだもん」

恵は悪びれることなくケロッとしている。

(コイツは頭に血が上ると、人に言っていい事と悪い事の分別もつかないのか…)

陽一は自分の妹の隠れた人格に驚きを隠せなかった。


 電話の後、陽一は恵が帰ってくる事を妻の由希に伝えた。そして会話の内容も話した。

「困窮?すごい事言うね」

由希は恵の言動もさることながら、何より恵の言葉のチョイスが昭夫の言動に起因している事に驚いた。

「こっちの方だと『貧乏クセェ』とか『貧乏かよ』っていう言い方はよく聞くけど、『困窮か』っては言わねぇよな。にしても、千恵にそれ言うか?ってびっくりしたよ」

”親戚に妹がヤバい事を言った” という驚きと同時に、千恵のバックには本家がついてるという警戒と体裁が頭を過った。恵は事あるごとに『アッ君は凄く優しいの』、『アッ君は虫も殺せないの』等と、夫がいかに真面目で誠実で優しいかを説いているので、この物言いはかなり意外だった。

「地域柄の違いかねぇ」

由希はそう言うが、なんとも言いようのない冷たさを昭夫の中に見た気がした。

(でも、本人は悪気などないかも知れないし…)


 腫瘍内科からの説明を明日に控えた日の夜、恵は帰って来た。陽一は由希と共に駅まで恵を迎えに行き、そのまま実家である誰もいない母の家に送り届けた。

 真っ暗な家の中、電気を付けながら玄関を抜け、居間に足を入れると、孫達と共に笑顔で写真に収まる母の姿が目に映る。恵はその場に立ち尽くしたまま、声を上げて泣いた。由希は恵の様子に気付くと、居間の戸を静かにそっと閉めた。

 

 母 芳恵は過去に離婚していた。陽一は大人になっていたが、5歳年下の恵はまだ中学生だった。思春期真っ盛りの多感な年頃だ。陽一は日頃から夫婦喧嘩の絶えない両親が離婚したことは、"良かった" と思っていた。父親を嫌っていた恵も同じ思いだと信じていたが、既に家を出て独り暮らしをしていた陽一とは違い、複雑な思いが恵にはあったのかも知れない。両親が離婚してから陽一が帰省し結婚するまで約10年間、母と恵は2人で生活をしてきた。そして、陽一が由希と結婚し、母、妹と共に同居して約2年後、恵は転職を期に家を出て独り暮らしを始めた。その後2度の転勤を繰り返し、転勤先のW県(中部地方)で夫となる昭夫と知り合った。昭夫は九州地方の出で上場企業に勤務している、いわばエリートだ。二人は交際を経て結婚し、現在、二人の子供と共に、昭夫の転勤先のZ県(中部地方)に居住している。


 次の日は秋晴れのいい天気で、まるで夏を引きずってるような汗ばむ日差しだった。

 陽一は由希と恵を車に乗せ、母の入院先である国立総合病院を目指した。

 店はいつもと同様に早仕舞いした。

この日はいつもと違い、母に面会できる。陽一は予め、留学している長男と長女に祖母へのメッセージを依頼していた。祖母を励ましてやって欲しいと、メッセージを話す様子の自撮り動画を由希の携帯へ送るよう頼んでいたのだ。長女は要求通りの動画を送ってくれたが、長男は恥ずかしがって音声だけのメッセージを送ってきた。…まあ、いいだろう。


「有料と一般道路、どっちで行くかなぁ?」

陽一が声に出すと恵が

「有料で行ってもらっていいよ。私お金出すから」

と、後部座席から声をかけた。

陽一は恵の言葉で有料道路に上がり、スピードを加速した。車はETC対応にしていたこともあり、はなから恵からお金を貰おうとは考えていなかった。ただ、早く着けばその分母との時間が持てるかも知れないと思った。

 恵は饒舌であった。子供の近況を話すにも、自慢を織り交ぜよく喋る。自分自身の事については、何やら "霊感がある" ということを強調して話し、自身の身に起きた不思議な体験を嬉々として喋った。霊的なことに関心がない陽一は話にのってこないため、由希が聞き手になった。そうして話が進むと、今度は同居時代の由希の料理を褒めまくる。恵は "きんぴらごぼう" に焦点を当てた。

「由希ちゃんのきんぴらごぼう、美味しいよねー。私大好きでさー、ひとりで全部たべちゃったよねー」

そう言われ由希は戸惑った。

「私は自分のきんぴらごぼうは、あんまり美味しいとは思わないんだけどね」

(なんだろう…気を使ってるのかな?)

「私さ、こっちにいるうちは毎日お母さんの所に通おうと思ってるの」

恵が意気揚々と語るので、陽一は釘を刺すように口を挟んだ。

「行っても面会禁止で会えねぇんだぞ?物を看護師に渡すしかできないんだから」

「うん。それでもせっかくだからさ。ほら、今日みたいに何かある時、私一人で良ければさ、私が行くから。兄ちゃんも仕事大変だろうから、ね?」

恵はやる気満々だが、陽一はどうも腑に落ちない。

「まぁ、やりたいようにやればいいさ」

陽一にそう言われ、恵は元気に

「うん!」

と答えた。


 陽一の5歳年下の妹 恵は、この年49歳を迎える。実は由希よりも1つ年上だ。30代半ばで結婚し、子供は二人共まだ小学生。夫の昭夫は恵より9歳年下である。恵は母親に似て小柄で可愛らしい顔立ちで、年の割に若々しく見える。学生時代は良く勉強ができ真面目で、流行やオシャレが好きな子だったが、年を重ねて得る一般常識的な事に少し疎いところがあり、甘え上手で少々幼い。そして母同様家事は苦手だ。


 三人は国立総合病院に着くと、先ず母の病棟へ向かった。病棟入口の閉め切ったドアの前で陽一がインターホンを押し名乗ると、看護師は "今日は特別" といった感じで、車椅子に乗せた母 芳恵を連れてやって来た。母はにこやかで、家族と会えたのがとても嬉しそうだった。だが、前回会った時より更に痩せている。


 恵は喜んですぐさま寄り添い母を抱きしめ、あれやこれやと世話を焼いた。

「お母さん、これお守り」

そう言いながら自分が身に着けていたネックレスを母の首元に付けてやった。以前はオシャレに気を使っていた母だったが、何故か気にも留めない様子でキョロキョロしている。

「お母さん、これはね、子供達が色紙に寄せ書き書いたの。病室に飾ってね」

「うん?うん、うん」

「あと、これ。漢方のドリンク剤。これ凄く体に良くて癌も良くなるから飲んでね」

恵は自分の鞄から次々と取り出し母に手渡した。瓶入りのドリンク剤は1ダースもあった。しかし母はどこか上の空であまり興味を示さなかった。そして看護師に預けられるよう袋にまとめて入れておくように恵に言い付けた。

 一段落ついたところで、陽一が母に声を掛け、持って来た着替えや差し入れのおかずの説明をした後、

「ほら、おっかぁ。買ってき…」

と、話してる途中、

「ああ!これ、これ!みんな持ってたの!」

陽一が買って来た杖を見せた途端、母はいきなり両手をつき出した。陽一は母のリアクションに驚いた。それを見ていた由希も目を丸くした。陽一はその杖を退院後の生活に安心感を与える為に、ただ見せるためだけに持ってきたつもりだった。まさか同室の皆が所持していて、母がこれほど欲していたとは想像もしていなかった。

「持ってきてよかったね」

由希が笑って陽一と母に声を掛けた。

エンジ色の柄に小さなネコの絵が散りばめられたその杖に、看護師からペンを借り、名前を書いてやった。母の車椅子に掛けてやると、母はご満悦だった。

 恵はその様子を遠目でじっと見ていた。


 母に渡すものを確認すると、看護師は来院した3人に別の場所を案内すると言った。母は後から別の看護師が連れてくるという。陽一、由希、恵の3人は看護師の案内に従った。

 エレベーターを降下して看護師に付いて行くと、大きな会議室のような場所に案内された。

 丁度その頃、院内のある病棟でコロナウィルスの院内感染が発生してしまい、病院内は厳戒態勢が引かれていた。

 広い会議室の中央には、長テーブルが端と端を繋げるようにぐるっと四角を描いて並べられている。長テーブル1台につき一人の間隔で、3人は座って待った。窓越しの外の日差しとは裏腹に、病院内はエアコンが効いていて過ごしやすかった。

 少し待つと、会議室の放たれたドアから、看護師に車椅子を押してもらいながら母が現れた。杖はしっかり装備されている。付き添いの看護師は、

「普段は面会が禁じられているので、先生が来るまでゆっくり話して下さい」

と言って笑顔で退室した。どうやら早目に時間を設定して家族の時間が取れるよう気遣ってくれたようだ。

 開け放たれたドアを背にし、母は入ってすぐの場所に落ち着くと、恵がすぐに母に話しかけていたので、陽一も由希も "そのまま親子の時間を" と邪魔をしないよう配慮した。

 しばらくすると、白衣を着た中年女性が現れた。腫瘍内科の担当医だ。

 医師は慣れたようにテキパキと話を進めた。先ず血縁関係に癌患者がいたかについて。驚くことに母の7人の兄弟姉妹のうち、すでに亡くなっていた2人の兄は癌だった。そして両親も癌で亡くしていたのだった。

(遺伝の傾向を確認するために聞かれたんだろう)

と、そこにいた者皆がそう感じた。

 治療については、レジュメが一人一人に配られ、それに沿って説明がされた。抗癌剤は本人に合う薬を探っていき、それを1セット1クールという形で進めるということ。放射線は痛みを取り除き、広がるのを防ぐ。入院中に放射線治療をした後は、もうこの治療をすることは無いということ。もっといろいろ聞いたはずだが、初めて聞く事ばかりであまり細かく記憶に止められなかった。それでもこの高度な治療をする病院に託すしかない。その場にいた全員が同意や承認の書類数枚にサインをした。

 そこへ、ふくよかな体型の眼鏡をかけた看護師が入って来た。看護師は医師の話の邪魔にならないよう、部屋の隅で立ったまま待機している。

 医師が一通りの説明をし、書類にサインをさせ終わると、

「質問が無ければ自分からは以上です。この後は介護ケア担当の看護師からお話があります」

と言って、さっき入室してきた看護師に目配せをした。看護師は医師に近づき、簡単な言葉を交わした。

「それでは私はこれで」

会釈しながら退室しようとする医師に母以外の全員が立ち上がり

「宜しくお願いします」

と言って頭を下げた。

 ケア担当の看護師はにこやかに話し始めた。家族の不安をなるべく払拭できるようにと、退院した後はこうなるだろうという予測を交えてケアに必要なことを説明していった。

「退院後は速やかに介護支援を受けられるように、今のうちから地域の包括支援センターに行っていただき、介護について相談、申請をしておいて下さい」

「介護…」

看護師の言葉がズシリと突き刺さる。恵は右手を真上にすっと上げ、

「はい、それ私やります」

と答えた。そして何かの用紙を引き千切った紙にメモをとった。


 すべての説明を受け、1つ上の階へ移動した。初診は家族の付き添いが必要であるという。そこで形だけの腫瘍内科受診を行うこととなった。

 受診前、恵は廊下で共に待機している看護師と話をしながら、初診に必要な問診票を記入している。

 由希はこの空いた時間を利用しようと、自分の子供達から送られてきた動画や音声データを母の携帯に転送した。

 陽一夫婦の二人の子供達は、この頃留学していた。コロナウイルスの世界的パンデミックでずっと帰国が遠のいていた。

 母が着信音に驚くのを見て、由希は自分からデータを送ったことを説明し、そしてスマホの使い方を教えながら先ずは娘の動画データを再生してみせた。すると驚くことに

「めいちゃん!めいちゃん!あらー!めんこい、めんこい!」

母は大きな声を上げ、スマホに映る孫娘の顔を手で撫で始めた。何度も何度も画面を手で撫でるその姿に、陽一は呆気にとられた。恵はペンを握ったまま手を止め、母である芳恵の姿をじっと見つめた。まるで睨んでいるようだった。由希は恵のその姿に、思わずゾッとして体を返し背を向けた。陽一と目が合うと、もう一つのメッセージを聞かせるよう言われ、慌てて再度母の方を向き、母のスマホを操作して見せ、息子の音声データを聞かせた。

「もしもし!?たっ君?あら?たっ君!おばあさんだよ!」

母は音声データを電話の受信と勘違いし、懸命に話しかけている。

 普段は、今までは、決して見られなかった孫に対する母の姿に、陽一は何か胸に熱いものを感じた。

 だが、恵の子供達の色紙に関心を見せなかった母の対象的な姿は、陽一と由希に気不味さを感じさせた。


 看護師が恵に記入させた問診票を手にしながら、明日、放射線科の初受診の為、家族の付き添いが必要だと言った。恵はすぐさま、

「はい、私が来ます」

と答えた。

 診察室から呼び出しがあり、中へ入った。中では先程の女性医師が待機していたが、あらかたの説明は済んでいるため、形式的なものであった。

 すぐに診察室を出て再び廊下で待った。看護師が現れるまで、その間もスマホの操作の仕方を母に教え続けたが、結局アプリの起動と送ったデータを開くのを覚えただけで、文字の入力まで覚えられなかった。

 看護師は小走りで戻ってくると、慌てたように恵に向かって、

「娘さん!Z県から来たんですか!?」

と問いただした。恵はニッコリ笑って

「はい、そうです。昨日着いて、母のことは私がやろうと思ってしばらくこっちにいるつもりです」

朗らかに答えた。そんな恵とは対照的に、看護師は声のトーンを落とし、明らかに緊張した面持ちで話し出した。

「今、県外から来た方は原則院内へ入れないんです。私達はお母さんから『娘がC市から息子達と来る』って聞いてたので、てっきり県内にお住まいかと思ってたんですけど、Z県からC市に来てそこからこっちに来られたということですよね?本当は中にも入れないんです!」

その場にいた全員が固まった。恵はポロポロと涙を流し泣き出した。

「じゃあ、もう母に会えないんですか?」

「あなたの気持ちはね、本当、わかるんですけど、院内感染も出てますし、今の御時世が…」

看護師が恵をなだめながら理解を乞う。

「それで、明日なんですけど、付き添いはどなたが?」

看護師はその場にいた全員に向かって質問した。

「じゃあ、私達二人が来ます」

と、由希が自分と陽一を指して答えた。看護師はその答えに安堵したようだった。恵は無念そうに

「コロナさえ無ければ…」

と、呟いた。


 病院を出た3人は、しばらく駐車場で話し合った。

「私、病院来てダメだって言われたからさ、手続き関係とか家の片付けとかしてるわ。お母さんの仕事のこととか」

恵は諦め口調でそう言い出した。陽一は包括支援センターの件を頼むと同時に、医療保険について話しだした。

「お袋、〇〇保険の終身保険の他に▲▲生命の医療保険入ってるはずだから。証書確認して問い合わせてみてくれ。俺がやってもいいんだけど何故かお袋に警戒されるし。お前が申請できるなら、しといて構わないから。確か千恵の妹が保険の仕事してる時に入ってやったやつ」

「あ、それね、千恵ちゃんから聞いたんだけど、恵美子叔母ちゃんとお母さん同じ内容の保険に入ってて、余命宣告されると200万円おりるんだって!だから兄ちゃん、明日先生に余命聞いてみて!ね!そしたらさぁ、2人で100万ずつ分けようよ!それで兄ちゃんはお母さんの面倒見ればいいじゃん!私もそれで漢方のドリンクいっぱい買いたいしさ!」

陽一と由希はポカンと呆気にとられた。恵の言う保険内容にも半信半疑だが、何より保険金の使い道の考えの現実感の無さに呆れた。だが今は兄妹喧嘩している場合ではない。陽一は言葉を選んだ。

「ドリンクそんなに買ってどうすんだよ。飲まなきゃ無駄になるだけだろう?」

「あのドリンクね、一本三千円するの!」

「えー!」

由希は驚いて思わず声を上げた。見た目は栄養ドリンクとほぼ変わらない代物が一本三千円とはかなり高価だ。 

「ね?高いでしょ?でもね、あれ漢方薬で何でも効くんだって。癌も治った人がいるんだって。でね、昭夫さんも漢方屋さんに連れてって説明聞いてもらったらね、『これ良いものだね』って、『買っていいよ』って言ってくれたの!それに返品OKなの!だからね、お母さんも良くなるように保険金で一杯買いたいと思ってるの!」

ハイテンションの恵とは打って変わって、陽一も由希も訝しげに聞いていた。由希は義理という立場上、一応相槌をうちながら聞いた。

「まぁ、返品してお金返してくれんなら好きにしたらいいんじゃね?」

と、陽一も否定せずに聞き流した。

「うん!だからさ兄ちゃん、明日余命聞いてきて!それでさ100万ずつわけよう!ね?」

 恵はあくまでも保険金前受のために母親の余命宣告を受けたいらしい。陽一は現時点で医師の方から宣告がないのに、自分から聞くのはかなり抵抗があった。それでも実際介護となるとお金の問題がリアルに絡んでくるだろう。気は進まないが、

「うん、一応聞いてみるけど…」

と渋々答えた。

「うん、お願いね!」

「介護かぁ…言っちゃ悪いけど、入院しててもらった方が助かるよなぁ…」

陽一は介護に対する不安を口にした。すると、恵は

「お母さんが死んだらさ、お母さんのお金や保険金が入るんだもん。それまでのバイトだと思えばいいじゃん!」

と、あっけらかんと言い放った。由希は驚いて目を丸くした。陽一は怪訝な顔をして

「お前はそばにいないからそんなこといえんだよ。実際やるのは俺らなんだぞ」

と言い返すと、恵は

「まぁ、そうだけど…」

と、口をすぼめた。


 帰りの車中も、恵は病院の中とは打って変わって浮かれていた。そして千恵の話になると、自分の携帯を取り出した。

「千恵ちゃんからお母さんの動画送られてきてたの」

そう言いながら動画を再生し、前の席に座る二人の間に掲げて見せた。そこには、尿を溜めるバッグを吊り下げた点滴の支柱に掴まり、笑顔で手を振る痩せた母の姿が映っていた。

「千恵ちゃんがね、私や佳純ちゃんとか親戚に、お母さんの様子をこうやって送ってくれたの!」

由希はショックのあまり目を逸らし、顔を背け

「えーっ!ちょっとこれは…」

と、言葉に詰まった。由希の反応につられて、陽一が運転しながら横目でチラッと画像を見た。

「これ親戚みんなに見せたのか?なん…あーっ!」

陽一は怒りが込み上げ、叫んだ。

「え?え?私はお母さんの様子見れて嬉しかったんだけど…」

恵は目をパチパチさせて、陽一と由希の反応を理解できないでいる。

「親戚みんな、コレを見ながらお袋のこと死にそうだの、年内持たねぇだの言ってたって事か!」

「こんな…入院前より痩せた姿をみんなに拡散して見せてたなんて…」

陽一と由希は共に親戚達の行動や言動の心理を悟った。

「え、お母さん痩せた?私、気付かなかった…」

恵はまだよく理解していない。

陽一は恵に

「この動画、面会出来ないはずなのに千恵はいつ撮ったんだ?」

と、問いただした。すると恵は

「なんかね、お見舞いに行った時にたまたまお母さんがリハビリに行くために出てきたんだって。それで会えたって言ってた」

と答えた。

 この後、恵はその場を和ませるためにあれやこれやと話題を見つけては話し続けた。しかし、明らかに空気は変わったままだ。それでも恵は陽一の語気の強い言葉と、由希の乾いた相槌を相手に喋り続けた。

 陽一は家路につくまで、イライラして腹の虫が収まらなかった。由希もそのまま口数が減っていった。

 恵は喋りながら実家に着いたら何をしようか考えていた。























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