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遺産相続で妹と縁を切った話  作者: 佐藤柊


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5/11

恵美子と千恵

 病院から転移の告知を受けて、陽一は自分の気持ちを整理してから、翌日の夜、恵に電話をかけた。

「病院から呼び出しがあって昨日行ってきたんだけど、今いいか?」

妹の恵がショックを受けるのは想定済みだった。陽一はなるべく恵の受けるショックが強くならないよう配慮し、静かに、優しく、医師からの説明を一つ一つ丁寧に伝えた。

「手術出来なくなったけど、抗癌剤と放射線が上手く効けば長く生きることも出来るみたいだから。本人が頑張って治療受けようとしてんだから、応援して、少しでも長生きできるように俺も頑張るから」

「うん、うん。わかった。ありがとう。今すぐどうこうっていうことじゃないんだね、良かった。兄ちゃん、お母さんのことお願いします」

  

 翌日、陽一は由希といつも通り店の開店準備をしていた。昨晩、陽一は恵に上手く話せた事で少し晴れた気持ちで仕込み作業をしていた。すると、白い軽自動車が店の駐車場へ入って来た。客席を掃除していた由希が慌てて厨房に駆け込んで来る。

「恵美子叔母さん来た!千恵さんと!」

恵美子は母 芳恵の妹だが、性格はまるで違う。陽一は気持ちの準備をしてから、二人を中に入れるよう由希に指示した。

 陽一が由希と営む洋食屋は、入口ドアが二重になっており、1つ目のドアを開けると観葉植物や飾り石、メニューがあり、手指用消毒液が設置されている。2つ目のドアを開けた先の店内は、アジアンテイストな装飾をあちこちに散りばめ、洋食屋とは思えない雰囲気である。テーブル席が4席にカウンター席が3席。コロナウィルス感染防止の為、テーブル席は個々に間仕切りがされ、元々6席だったカウンターは椅子を半分に減らして仕切りを設けている。

 由希は嫁としての自分の立場を意識しながら恵美子と千恵に挨拶をし、入口に一番近い4人がけの席へ誘導した。そして厨房へ入り、陽一と作業を交代した。

 陽一は恵美子と千恵の前に姿を表すと、挨拶もそこそこに二人が並んで座るテーブルの向かいにどっかりと座った。

「芳恵ちゃん、癌だって?」

陽一が座るやいなや、恵美子が早速切り出した。

 母は5人兄弟である。亡くなった長男の他は皆女性で、姉妹は母を入れて4人、母は三女にあたる。上の長女は大柄な女性だが、下の三人は皆小柄な体格だった。顔は、母だけ目鼻立ちのくっきりした小顔で、他の姉妹は笑うとなくなるような小さな目をしていた。目の前にいる叔母 恵美子は四女、母 芳恵の妹である。この姉妹は皆お互いを "ちゃん付け" で呼び合う。

「お袋に聞いたの?」

ぶっきら棒に話す陽一とは打って変わって、急ぎ普段着で駆け付けた恵美子からは意気込みが感じられる。

「墓とか準備したのか?」

「は?してねえよ」

癌という診断を受けただけで、すぐに死を繋げる恵美子の物言いに、陽一はムッとした。

「どうすんの?あれでは年内もたねよ?」

「何で?癌って言われてこれから治療していくって段階で、何で死ぬって決めつけんの?」

「死んでからでは遅いんだ。今じゃなくても後々のために準備しておくもんなんだ。葬式とかどうすんだ?」

陽一は呆れて、恵美子とまともに話す気持ちを失くした。

「葬式?そうなったら家族でやるよ。コロナ禍だし。それにおばちゃんにも前に言ったことあるよね?俺は散骨が良いと思ってるって。だから墓も買う気はねぇ」

恵美子の顔色が変わった。陽一が言ったことは、何年か前、芳恵の家で3人顔を合わせた時に話したことがあったのを思い出した。

「それは…冗談だと思ってたもの…。んじゃ何もしねぇの?」

「だから、家族でやるってば」

陽一は椅子の背もたれに体を預けながら、見下すような態度で二人を眺めていた。

「だけど、ほら、千賀子おばちゃんもさ、どうなってんだって心配してるから。お墓買うにしてもお寺に話すのは千賀子おばちゃんだと思うから」

千恵が母親の援護射撃を打ってきた。

 恵美子の長女 千恵は、陽一より2つ年下である。こちらはスラリとした長身で、普段着のようなサロペットを着ていた。顔はいささか恵美子に似ている。

「どんな葬式しようが、立派な墓を建てようが、俺は供養ってのは毎日手を合わせて、事あるごとに思い出して話する事だと思ってるから。それはお袋にも散々言ってきてるから」

そう言う頑な陽一の態度に、恵美子は衝撃を受けたようだ。"姉妹はどうだって良いのか?" "何と言えば言う事を聞くのか?" まるでそんな恵美子の心の声が聞こえるようだ。

「おばちゃん、悪いけどもう店開ける時間だから」

陽一が恵美子との会話を打ち切ろうとすると、恵美子は煙に巻かれるようで不機嫌な顔をした。 

「あ、うん。ごめんね。忙しいところ。明日にでも芳恵おばちゃんのところにお見舞いに行ってくるから」

千恵がとりなすように言い、恵美子に目で促しながら立ち上がった。すると、

「アンタは?明日来ないの?」

恵美子が陽一に言い放つ。

「昨日行ってきたから明日は行かないよ」

陽一がそう答えると

「何で来ないの!?みんなで明日芳恵ちゃんの所に行くって言ってるんだからアンタも来なさい!」

と、恵美子がまくし立てた。陽一は面倒くさそうに

「みんなで行くなら行けばいいじゃない。俺は昨日行ってきたし、そうそう仕事休んでられないよ。ソースの仕込みとか仕事溜まってんだから。病院だって今面会出来ないんだから大勢で来られたら迷惑だよ」

と、答える陽一に恵美子は顔を濁した。

 そろそろ2人が帰りそうだと察した由希は、厨房からそそくさと顔を出し挨拶をした。

「明日、お見舞いに行くから何か持って行って欲しいのある?」

千恵が由希に声を掛けた。

「ありがとうございます。私達も昨日行ったばかりだから大丈夫です」

由希が遠慮がちに答えると、千恵は深刻そうな顔を近づけ、

「私の父親が同じ病気だったから、私にはわかるの。あれはもたない!」

と、首を振りながら由希に詰め寄った。由希は驚いて身を引き、目を丸くした。だがすぐに気持ちをぐっと堪えて

「そうですか…」

とだけ言い、困った顔をした。

 恵美子と千恵が外へ出ると、由希は続いて見送りに外へ出た。助手席に乗った恵美子が窓を開け、由希に向かって声高に叫んだ。

「芳恵ちゃん、自分が入る所を心配してたから。宜しく頼みますよ!」

思いがけない言葉に、由希はどう言ったらいいかわからず、ただ黙って頭を下げた。そして二人を乗せた軽自動車は、勢いよく加速しその場を去って行った。

 由希は足早に店内へ戻った。恵美子の帰り際の言葉が気に入らない。

「お母さんが自分が入るとこ心配してたって言われたんだけど、お墓の事だよね?」

陽一は驚いて振り返った。

「いつ言われた?」

「今!恵美子叔母さんに帰り際、窓開けて大っきな声で言われたよ!」

由希のきつい物言いに、陽一はムッとした表情を見せた。返事をする代わりに恵美子と千恵との会話の内容を由希に話した。

「え!?何それ。姉妹なのに病気の心配じゃなくて葬儀の心配してんの?これから治療が始まるっていうのに、甥っ子のアンタを気遣うんじゃなくてお墓買えって?何それ?」

由希は怒って陽一に食って掛かった。陽一は煽られたかのようでますます気分が悪い。

「千賀子おばちゃんに言われて使い走りに来たんだろ!本家の体裁悪いようなことすんなって。暇なババァ達は政事しか楽しみねぇんだよ!まったく!」


 数日後、 恵は電話口で泣いていた。

 陽一は先の恵美子と千恵の一件の愚痴を恵に聞いてもらうつもりが、恵の方が追い詰められていることに驚いていた。泣きながら話す恵の言葉に耳を傾けることを意識すると、静かに、恵がゆっくりと話しだした。

『千恵ちゃんがね、電話してきて『お母さん、もう、もたないから覚悟しておきなさい』って言われたの…グスッ…自分はね、千恵ちゃんのお父さんが癌だったから分かるんだって』

「はぁ!?」

陽一は驚いた。

「何で千恵がお前にそんな事言うんだ!?」

『…知らない…グスッ…でね、お母さん死ぬ前に、お寺に話して、お墓用意しておかなくちゃいけないって…』

陽一はだんだん頭に血が上ってきた。ドクン、ドクンと脈打つ音が聞こえそうな程、体温が上がっていくのを感じる。

「まだ死ぬって決まってないのに何でそんな事言うんだよ!」

『わかんない。千賀子おばちゃんも、そう言ってるって』

「アッタマくんな!俺に言ってもダメだと思ってお前に言ったんだ!あんな奴らの言うことなんか気にすんな!」

 後ろで糸を引いているのは本家の伯母だろう。恵美子、千恵を使って自分の思う通りに事を運ばせようとしている。長男の自分に言っても聞かないとなると、恵を封じ込めに動き始めた。陽一は、怒りを抑えるのが難しくなってきた。

「あいつらに今まで何があっても助けてなんかもらったことなんかないのに、何でこんな時だけ口出してくんだよ!ほっとけ!」

それでも恵は、陽一にすがるように言葉を吐き出す。

『千恵ちゃんがね、私がお母さんの世話ができない代わりに、病院に行って洗濯物受け取ったり、差し入れしたりするけど、いいか?って聞くから、『お願いします』って言った。だってそういうふうにしか言えないもん…うっ…ぐすん』

「何で遠くにいる恵に承諾得ようとしてんだ?この前、俺のとこに来たけどお見舞いに行くって言ってただけだぞ?そもそも手術が前提だった時は病院から『手術したら1週間で退院だから迎えにだけ来るように』って言われてたんだ。『コロナ禍で面会はできないから必要があれば病院から連絡する』って。そのつもりでお袋に着替えは十分持たせてあるし、それでも1週間に1度病院に行くつもりでいる。俺も仕事あるし、差し入れの時間も決められてるし、A市までしょっちゅう行くのはひどいから。あいつらがこうやって騒ぐことも予想できてたから、転移のことも治療が変わったことも言ってないし、別に千恵にしてもらうことなんてないから。お袋のことは俺らでやるから大丈夫だから」

陽一は電話越しで泣いている妹をなだめ、後ろ髪を引かれる思いで電話を切った。そして事の顛末を由希に話した。

「恵さんには言いやすいんでしょ。恵さんの了解取れば何しても良いと思ってるかもよ。お葬式もお墓の段取りも恵さんに言えば好きにできるとでも思ってんじゃない?後で何か言われても『恵ちゃんにいいって言われたから』って言えるじゃん。あなたはそうはいかないからね」

千恵は恵にことわりさえすれば何をやってもいいと思っているのか?携帯電話の件といい、これ以上勝手なことをされるのは甚だ迷惑だ。

「でも何でそんな?一体何がしたいの?」

由希は疑問を投げかけた。

「暇なんだろ!あいつらは。仕事してねぇからな。ババァ達にとっては祭り事なんだよ!」


 恵美子は元々、本家の近くで夫婦で料亭を営んでいた。15年程前に夫を亡くし、商売を畳んだ。それ以来、無職の年金暮らしである。自営業の年金では決して余裕のある暮らしではないだろう。本家の千賀子伯母の小間使いのようなことをして小遣いでももらっているのでは?と、誰もが感じている事だった。料亭の女将だった頃は、"きっぷの良いしっかり者" 、という印象だったが、今では "口が達者で気の強い騒がしいオバさん" 、といった印象だ。

 千恵は陽一よりも年下で、恵よりは年上だ。恵にとっては "従姉の優しいお姉さん" といったところだろう。千恵は十数年前、子供が生まれて間もない頃に離婚し、子供を連れて実家である恵美子のもとへ帰ってきていた。子供は中学生に成長している。しかし、千恵は現在無職だった。時々、芳恵の仕事を手伝ってバイト代でも貰っていたのだろう。

 二人は、礼金目当てで芳恵の世話を焼きながら、本家の千賀子伯母のご機嫌を取っているのではないか、と陽一は考えを募らせた。

 

 恵から陽一に電話が入る。

『兄ちゃん、千恵ちゃんがね、お母さんの洗濯物取ってきて預かってるからって』

陽一はイラッとしたがぐっと感情を抑えた。

「あー、わかった。千恵に電話して受け取るから。あとそんな事してもらわなくていいって俺から言うから」

『うん。それでね、なんか、お母さん今オムツしてるから、買ってくるように病院から言われて、立て替えて買ってきたからって言われたの』

「え?何で病院は俺に連絡してこねぇで千恵に言うんだよ!」

陽一は自分の知らないところで物事が回っていることにイライラが増してきた。

『わかんない。あと何か、病院から文書預かったって』

陽一は一瞬固まった。文書とは消化器内科の医師が検査結果と共に転移の事を記したものではないのか?もしかしたら、恵美子と千恵に開封され芳恵の病状の全てを知られたかもしれない。そうなれば "母がもうすぐ死ぬ" と言いふらされる。陽一は自分の背中にジワっと嫌な汗を感じた。

『もう、千恵ちゃんさ、毎日私に電話してきて "お母さん年内もたない" とか  "死んだ後のことどうすんだって" 、毎日言ってくるの。で、『まだ死ぬって決まってないし、もしそうなったらお兄ちゃんと相談して決めるから』って言うとね、『お母さんが死ぬっていう覚悟が足りない!』って怒るの。そんな電話が毎日来て…』

恵は途中で耐え切れず泣き出した。陽一は驚きと同時に怒りが込み上げてきたが、まずは恵をなだめることが先決だと思った。

「千恵に何て言われても俺のせいにしていいから。俺に聞かないと怒られるとか、俺に言ってくれって言っていい。恵が弱い立場だと思って何か企んでる…か、わかんないけど、兎に角、何かまた言われたら俺のせいにして無理に返事するな。いいな?」

『うん。あ、ちょっと待って…』

電話口でガサガサ音がした。すると、

『お兄さん、お久しぶりです』

恵の夫の昭夫の声である。

「あ、昭夫君。何か悪いね、うちの親戚が騒ぎ立てて…」

陽一は少し驚いたが、義理の弟とはいえ、相手は妹の夫。言葉を選んで話そうと思考を巡らせていると、

『恵が毎日電話で泣いてるので、お兄さんから聞いてるんだから出なくていいんじゃないか?って言ってるんですけど…もうあんまり酷いので今度僕が言ってやろうかと思ったりして…』

昭夫は妻を心配し、兄である陽一に現状を訴えようとしている。陽一は十分承知しているつもりだ。陽一は昭夫に対しても恵への言葉同様、自分を盾にして相手にしないよう話をし、電話を切った。


 翌朝、恵美子から陽一の携帯に電話が入った。陽一が電話に出ると、

「陽一?芳恵ちゃんの洗濯物預かってきたから。あと、なんだ…あー!頭にきて話したくね!千恵ー!千恵ー!ちょっと陽一に話ししてー!」

陽一は恵美子の態度に驚くと共にイラッとした。電話をかけてきて話したくないとは何なんだ!

「もしもし?あ、陽一くん!あのね、芳恵おばちゃんのさぁ、洗濯物を病院で渡されて今洗って干してたから!」

電話を代わった千恵がテンション高く話し出した。 

「あー…恵から聞いてる。オムツ代も立て替えてもらったとか?俺、払うからいくら?」

陽一は本心とは別に、取り敢えず相手の気分を害さないよう普通に話す。

「あ、恵ちゃんから聞いた?そうなの!それでね、ちょっと待って…お母さん、いくらだっけ?えっ?これ?この金額ね?…あ、ごめんねぇ!えっと、5,400円位だと思う。領収書持っていくから!」

恵美子が側で千恵に指示をしているようだ。陽一はイラついた。つい声が大きくなる。

「あとさぁ、洗濯物とか病気からの連絡とかわざわざ受け取らなくていいからね」

「勝手なことしてごめんねぇ。でもさ病院から渡されたからさ、断るのも…なんかできないし、ねぇ?陽一くんも忙しくてあんまり行けないでしょ?だからさ、着替えは洗うだけだし、気にしないで!」

千恵の取り繕う様な物言いにもいちいちイライラする。

「着替えは十分お袋に持たせてあるし、俺だって病院に行けないわけじゃないから。オムツだって言われれば俺が届けるし、カミさんだっているから洗濯くらいできるし。だからもうそんな事しなくていいから」

千恵はそれ以上は口答えせず、預かった物を翌日店に届ける事を約束し電話を切った。

 陽一はこれ以上親戚に勝手なことをされないよう、病院に通う頻度を上げざる得なくなった事を痛感した。


 電話を切った後、千恵が明日洗濯物届けに来ることをすぐに由希に報告し、立替金を支払う用意をしておくよう指示した。

「7,000円入れとけ。お釣りはいいからって」

 翌日、いつも通り店は営業していた。正午を少し過ぎた頃、恵美子が店に現れた

 店は丁度昼時。陽一は厨房から出られない。恵美子は目の前を行き来する由希に声を掛け呼び止めたが、由希も接客と配膳に手が離せない。由希は少し待って欲しいとお願いした。恵美子はバツが悪そうに入口のドアとドアの間のスペースに戻って待った。

 由希はタイミングを見て恵美子のもとへ駆けて行った。

「すいません。お待たせして…」

「あのね、これ、芳恵ちゃんの着替え。洗濯したやつね」

恵美子は "待ってました" とばかりに、まくし立てるような口調で芳恵のパジャマが入った紙袋を差し出した。由希は中に病院からの封筒があることを確認してから

「立て替えてもらったお金、5千いくらだと聞きましたが?」

と尋ねた。すると恵美子はホチキスで止めたレシート数枚の束を差し出した。一番上のレシートにボールペンで "6400-" と手書きしてある。由希は一瞬、(金額が違う)と思ったが、そのまま受け取ってエプロンから封筒を取り出した。

「これに7,000円入ってます。夫が『お釣りはいいから』って言ってましたので。いろいろお世話になりました」

と言って、封筒から現金を出して恵美子に確認してもらい、確認後、封筒へ仕舞い渡した。恵美子はそそくさと封筒を自分の服のポケットへねじ込み、サッサと扉を開け出て行った。恵美子が芳恵の長男夫婦に不満を持っているのがありありだった。


 繁忙時が過ぎ、陽一がホチキス止めされた数枚のレシートの束を手に取って顔をしかめた。

「領収書じゃねぇし…」

内訳を確認すると、確かに購入した物はオムツや尿とりパッド、水、という必要な物だけのようだ。ペラペラと短いレシートをめくっていき、最後の1枚にピタッと手を止め、食い入るように凝視した。その様子を不思議に思った由希は、陽一のそばへ近寄った。

「なんかへん?」

陽一は顔を上げ、由希の方を向いて言った。

「ガソリン代請求してきた」

「ええっ!?」

見ると、千円分給油したガソリンスタンドのレシートだ。日付は先日恵美子と千恵が2人で店に来た際に『お見舞いに行く』と言っていた日付、しかも給油した時間は午前だ。

「お見舞いに行くのにその息子にガソリン代請求する奴いるか?」

陽一は怒りとも呆れとも取れるような口調で言葉を吐いた。

「いや、いないよ。アンタの親戚のこと言うの悪いけど、ましてや姉妹なのに…千円が惜しくてじゃないけどちょっとビックリ…」

由希は驚きと戸惑いで、そう答えた。

「なぁ?千円ケチって言うわけじゃないけど。頭くるわぁ。ちょっと病院からの手紙出してみろ」

由希は恵美子から受け取った紙袋から茶封筒を取り出し、陽一の前で中身を出した。封筒は糊付けやテープなどで封はされていなかった。

 中身は1枚の紙だった。そこには使用したオムツが "正" の字を使って示されており、使った分を返却するよう記されていた。簡単に言うと、 "オムツは貸した物だから買って現物で返せ" という事だ。

「オムツって退院する時精算されるんだと思ってた。そうじゃなかったんだ…」

由希はショックだった。あの時、消化器内科へ説明を受けに行った時、芳恵は既にオムツをしていると言っていた。何故その時、病院は説明してくれなかったのだろう。あの時、買ってあげれば良かったと、心を痛めた。


 閉店後、陽一は病院に電話をかけた。

「今後は着替えの洗濯物や病院からの連絡、書類関係は親戚だからといって決して渡さないで下さい。オムツ等の必要な物も自分が対応しますので何かあった場合は携帯に電話下さい。母の看護をしている人全てに周知してもらうようお願いします」


 翌日、陽一と由希は病院へ向かった。恵美子が洗濯して持って来た芳恵のパジャマや下着は、細かくちぎれたティッシュが全体にぎっちりこびり付いていたので、由希が丁寧に取り除いた。そして芳恵の好物を拵え、飲み物やオムツと一緒に差し入れた。陽一は受け取りに来た看護師に、再度親戚に何も渡さぬよう念を押した。

 この日は差し入れ時間の期限16時迄に十分間に合うよう、店を13時半で閉めた。恵美子や千恵に手出しをされぬよう、今後は週に3度は病院へ来なければならぬだろう。

 陽一は、商売がままならなくなることを、覚悟しなければならなかった。

 











 




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