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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第4章 外界への旅立ちと人造魔石の謎

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第73話 風石採掘場の亡骸

 翌朝、浮石鹿は自分の脚で立ち上がった。


 まだ不安定だった。


 前脚へ力を入れるたびに体が傾き、胸元の傷が痛むのか、短く息を吐いていた。それでも、昨夜より瞳には明らかな光が戻っている。


 体の周囲に落ちていた小石も、地面から指一本分ほど浮かんでいた。


 弱い。


 だが、風魔石の力は消えていない。


「無理に走らなくていい」


 ナノが首元を撫でる。


「群れの近くまで一緒に行く」


 浮石鹿は小さく鼻を鳴らした。


 5人は森を南東へ進み、やがて木々の間から複数の白い影を見つけた。


 浮石鹿の群れだった。


 10頭ほど。


 その多くは体の周囲に大小の石を浮かべ、警戒するようにこちらを見ている。


 傷ついた浮石鹿が弱く鳴いた。


「きゅう」


 群れの中から、大きな角を持つ1頭が前へ出る。


 風が巻き起こった。


 ナノたちへ警告するように、枯れ葉と小石が宙へ舞う。


「下がれ」


 グレンが全員を止めた。


 傷ついた浮石鹿は、ゆっくり群れへ向かう。


 途中で一度ふらついた。


 大角の浮石鹿が近づき、体を支える。


 2頭は鼻先を触れ合わせた。


 短い鳴き声が重なる。


 ナノには、その光景が再会を喜んでいるように見えた。


 胸が熱くなる。


「戻れたね」


 エリナが静かに言った。


「ええ」


 ナノは頷いた。


 浮石鹿は群れへ入る直前、もう一度振り返った。


 ナノを見る。


 胸元の石紋が淡く反応する。


 森を抜ける風が、頬へ触れた。


「行けって言ってるのかも」


 ロガが言う。


「そうかな」


「俺には鳴き声の違いなんか分からねぇ。でも、そんな顔してた」


 浮石鹿の群れは風を纏い、森の奥へ駆けていった。


 小石が空中を流れ、白い体と一緒に木々の間へ消える。


 ナノはその姿が見えなくなるまで見送った。


「助けられて、よかった」


 言葉にした瞬間、ようやく実感が湧いた。


 魔物を倒さずに終えた。


 魔石を取らずに終えた。


 ただ命を残し、群れへ返した。


 これまでとは違う結果だった。


 グレンが言う。


「喜ぶのはここまでだ。工房へ向かう」


「はい」


     *


 北東へ進むほど、森の景色は少しずつ変わっていった。


 草が減る。


 木々の葉が薄くなる。


 風が吹いているのに、枝の揺れが弱い。


 地面には緑色の石片が増えていた。


 本来なら淡く光る風石なのだろう。


 だが、どれも灰色に濁り、中心に小さな穴が空いている。


「力を抜かれた風石です」


 ナノは石を拾わず、距離を保って観察する。


「数が多すぎる」


 セイルの顔が険しくなる。


「この辺り一帯が、旧風石採掘場だった。閉山したのは10年以上前だが、低品質の風石はまだ残っていたはずだ」


「全部吸われたのか」


 ロガが周囲を見回す。


 山肌の一部が大きく削られ、古い坑口がいくつも開いている。


 地底の坑道と違い、支柱はほとんど腐り、入口は蔦で覆われていた。


 その周囲に、動物や魔物の亡骸が転がっている。


 小鳥。


 野兎。


 風牙鳥。


 小型の浮石獣。


 どれも外傷が少ない。


 ただ、目や皮膚の色を失い、乾いた抜け殻のようになっていた。


 エリナが口元を押さえる。


「全部……力を抜かれてる」


 セイルは膝をつき、風牙鳥の胸元を確認した。


「魔石が空だ。体内に残っているのに、中身だけがない」


 ナノは動けなかった。


 昨日、浮石鹿を救えた。


 その喜びが、目の前の亡骸によって押し潰される。


 助けられなかった命が、これほど多くある。


「もっと早く来ていたら」


 自分でも気づかないうちに呟いていた。


「助けられたのかな」


 ロガが横を見る。


「俺たちがここを知ったのは昨日だ」


「でも、誰かがもっと早く気づいてたら」


「それを言ったら、全部の場所にずっといなきゃならねぇ」


「分かってる」


 分かっている。


 それでも、悔しい。


 胸の奥へ冷たい重りが沈む。


 グレンが亡骸の前へ立った。


「ナノ」


「はい」


「助けられなかった命を、なかったことにするな」


 ナノは顔を上げる。


「だが、見つける前の責任まで自分へ背負うな。お前が背負うべきなのは、今見たものを次へ残すことだ」


 記録。


 ラウネの手帳。


 何が起きたか。


 どれほどの被害があったか。


 同じことを繰り返さないために残す。


 ナノは震える手で手帳を開いた。


「書きます」


 旧風石採掘場。


 風石の大量枯渇。


 生物の亡骸、確認数17。


 外傷少数。


 風魔石・生命力ともに欠損。


 複数の吸魔針痕。


 文字を書くたび、目の前の光景を切り取っているようで苦しかった。


 だが、書かなければ、この命はただ消える。


 セイルが風牙鳥のそばから黒い物を拾い上げた。


「外套の切れ端だ」


 黒い布。


 端には銀色の刺繍がある。


 宝石商ギルドの紋章ではない。


 3本の線が中央へ集まり、そこからさらに上へ伸びる模様。


 吸魔針の収束記号。


「工房の者が使う紋章でしょうか」


 エリナが聞く。


「可能性が高い」


 セイルの手が震えていた。


「先生も、これを見たはずだ」


 採掘場の奥から、低い音がした。


 ごうん。


 岩の内部で何か大きな器が動く音。


 一定の間隔で繰り返される。


 ごうん。


 ごうん。


 ナノの石紋が熱を持つ。


 地面の下から、膨大な風の力を感じる。


 風石。


 魔石。


 奪われた命。


 すべてが1つの場所へ集められている。


「工房は地下です」


 ナノが言った。


 採掘場中央に、古い昇降機の跡がある。


 木製の足場は新しく補強され、太い鎖が地下へ伸びていた。


 外から見れば廃鉱。


 しかし、内部では今も何かが動いている。


 グレンが戦槌を抜く。


「ここからは、敵地だ」


 セイルはレオンの手帳を胸元へ入れた。


 エリナは鍵を握る。


 ロガはナノの隣へ立ち、小槌を構えた。


「勝手に先へ行くなよ」


「ロガも」


「俺は行かねぇ」


「怒ったら行く」


「今日は怒らねぇ」


「本当?」


「多分」


 ナノは小さく笑った。


 笑える余裕はほとんどない。


 それでも、隣にロガがいることを確かめられた。


 5人は古い昇降機へ乗り込んだ。


 鎖を外すと、足場がゆっくり地下へ沈み始める。


 上空の光が遠ざかる。


 石壁が周囲を囲む。


 ナノは久しぶりに、地底へ戻る感覚を覚えた。


 だが、ガルバ坑道街とは違う。


 この地下には槌音も、炉の温かさも、仲間の暮らしもない。


 あるのは、奪われた風が唸る音だけだった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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