↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第4章 外界への旅立ちと人造魔石の謎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/75

第70話 風喰らいの工房へ

 翌朝、森には薄い霧が残っていた。


 夜露を含んだ苔が岩の表面を覆い、踏むたびに柔らかな水音がする。礼拝所の崩れた屋根から差し込む朝日は弱く、空全体が白く曇っていた。


 ナノは外で手帳へ記録を書いていた。


 宝石商ギルド地下。


 レオンの私室。


 人造種族石計画。


 神託塔の技術提供。


 中央神官院研究官ヴァルガス。


 吸魔針に操られた警備員。


 都市からの脱出。


 書くべきことが多い。


 感情のまま書けば文字が乱れるため、1行ごとに息を整えた。


 ラウネなら、次に読む者が理解できるように書けと言う。


 自分の怒りや恐怖だけで、事実を隠してはいけない。


「ずいぶん丁寧に書くようになったな」


 グレンが後ろから言った。


「ラウネさんに直されるのが怖いので」


「それだけか」


 ナノは少し考えた。


「俺たちが戻れなかった時、誰かが続きを追えるようにです」


 口にした瞬間、少し怖くなった。


 戻れない可能性。


 死ぬ可能性。


 だが、考えないふりをして進むより、記録を残しておきたかった。


 グレンは手帳を覗き込み、短く頷いた。


「魔石狩り班らしくなったな」


 褒められた。


 大げさではない一言。


 それでも胸が少し温かくなった。


「ありがとうございます」


「ただし、自分たちが戻ることを最初から諦めるな」


「はい。必ず戻ります」


「必ず、は軽く言うな」


「……戻るために考えます」


「それでいい」


     *


 出発前、エリナが全員へレオンの地図を見せた。


 風喰らいの工房は、リュネア北東の森を越えた先、旧風石採掘場の近くにあるらしい。


「街道は使えない」


 エリナが言う。


「ギルドは北門を出た私たちを追っている。正式な衛兵にも、盗まれた機密資料を持つ逃亡者として連絡される可能性がある」


「盗んだのではない」


 セイルが不満そうに言う。


「相手はそう発表する」


 エリナの声には苦さがあった。


 自分が所属していた組織が、どうやって事実を歪めるかを知っている。


「森の旧道を使います。遠回りだけど、人目は少ない」


 グレンが地図を確認する。


「魔物は」


「風石採掘場の周辺には、風属性の魔物が多い。風牙鳥、浮石獣、それから……最近、風を持たない個体が見つかっている」


「風を持たない?」


 ナノが尋ねる。


「本来は風魔石を持つ魔物なのに、倒しても魔石が空になっている。翠風石と同じように」


 風喰らいの工房が近い証拠だ。


 ロガが小槌を確かめる。


「敵はギルドだけじゃなく、力を抜かれた魔物もいるってことか」


「力を抜かれた個体が、どう変化しているか分からない」


 セイルが言う。


「弱くなっているだけならいい。でも、魔石喰いみたいに別の石を求めて暴れている可能性もある」


 ナノは地底の複合魔石個体を思い出した。


 イシ、ヨコセ。


 イシ、イラナイ。


 最後の声。


 欲のまま石を求め、石に喰われた魔物。


 同じものが、この森にもいるかもしれない。


「見つけた時は、最初から倒すと決めないでください」


 ナノが言うと、グレンが目を向ける。


「理由は」


「人工術式で変えられているなら、核や針を外せば戻る可能性があります。魔石喰いは助けられなかったけど、次も同じとは限らない」


 ロガが少し心配そうに眉を寄せる。


「助けようとして止まるなよ」


「分かってる。危険なら倒す。でも、先に見ます」


「俺が声をかけたら聞け」


「うん」


 セイルが静かに言う。


「師匠も同じことを言った。石を壊す前に、なぜ壊れたかを見ろって」


 ナノは頷いた。


「レオンさんを見つけましょう」


「ああ」


 セイルの返事には、以前より強い覚悟があった。


     *


 5人は礼拝所を出て、北東の森へ入った。


 道と呼べるものはほとんどない。


 人の背丈ほどある草。


 複雑に絡む木の根。


 湿った岩。


 少し進むだけで衣服が濡れ、靴の中へ泥が入り込む。


 ナノは地上へ出てから、空の広さに驚き続けていた。


 けれど森の中は、地底の坑道に少し似ている。


 木々が壁。


 枝葉が天井。


 光の差す場所が道。


 それでも、岩とは違い、すべてが動いている。


 風で揺れ、成長し、音を立てる。


「ナノ」


 ロガが立ち止まった。


「何か聞こえないか」


 全員が息を抑える。


 遠くから、かすかな鳴き声。


 きゅう。


 きゅう。


 鳥とも獣とも違う、苦しそうな声だった。


 同時に、風が弱くなる。


 葉の動きが止まる。


「近い」


 セイルが剣へ手を伸ばした。


 草を掻き分けると、小さな空き地へ出た。


 中央に、白い獣が倒れていた。


 鹿に似ている。


 だが体の周囲に、浮かぶ小石がいくつもある。本来なら風の力で石を浮かせる魔物なのだろう。


 今、小石は地面へ落ちていた。


 獣の胸元には、黒い吸魔針が突き刺さっている。


 呼吸は浅い。


 目は恐怖で見開かれている。


 ナノたちを見た瞬間、逃げようと脚を動かした。


 だが立てない。


「生きてる」


 ナノが前へ出る。


「待て」


 グレンが止める。


 獣の周囲の土には、黒い線が広がっている。吸魔針がまだ力を送っている証拠だ。


 ナノは距離を保ったまま石眼を開いた。


 ――浮石鹿。


 ――風魔石、胸部。


 ――風属性、枯渇進行。


 ――吸魔針、外部接続中。


 ――生命力吸引、開始。


 ――残存時間、僅少。


「風の力だけじゃない。命まで吸われ始めてます」


 ナノの声が震えた。


「このままだと死にます」


「針を抜けば」


 ロガが聞く。


「周りの術式環を壊さないと逆流します。交易路の時と同じです。でも……今回は、術式環が体の中にも入ってる」


 黒い線が、獣の血管と絡んでいる。


 無理に抜けば、魔石ごと壊れるかもしれない。


 浮石鹿が弱く鳴いた。


 きゅう。


 痛い。


 助けて。


 そう聞こえた。


 ナノの胸が締めつけられる。


「助けたい」


 ロガが横へ立つ。


「どうすればいい」


 止めるのではなく、方法を聞いた。


 そのことが、ナノには心強かった。


「外側の術式を切って、針への流れを弱めます。その間に、俺が魔石と針の境目を見ます」


「石眼を長く使うことになるぞ」


 グレンが言う。


「分かっています」


「途中で限界が来たら」


「言います。助けたいからこそ、無理を隠しません」


 グレンは数秒、ナノを見つめた。


「やれ」


 短い許可。


 セイルとエリナが外側の風環を探す。


 ロガは浮石鹿が暴れた時に押さえる位置へ動く。


 グレンは戦槌を構え、黒い線の集中点を狙う。


 ナノは膝をつき、浮石鹿の目を見た。


「今から針を外します。怖いと思う。でも、できるだけ傷つけない」


 言葉が通じるかは分からない。


 それでも伝えたかった。


 浮石鹿は逃げなかった。


 弱い呼吸を繰り返しながら、ナノを見ている。


「始めます」


 風喰らいの工房へ向かう森の中で、ナノたちは初めて、吸魔術式に奪われかけた命を救うための戦いへ踏み込んだ。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

続きが気になったら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。