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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第4章 外界への旅立ちと人造魔石の謎

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第69話 神託塔の技術

 リュネアを離れて数時間後、一行は森の中にある古い礼拝所へ身を寄せた。


 屋根の半分は崩れ、壁には蔦が絡みついている。かつて旅人が祈りを捧げた場所なのか、正面には顔の削れた石像が立っていた。


 外はすでに暗い。


 細い月が雲の間から覗き、森の地面を青白く照らしている。風が木々の間を抜けるたび、枝葉がざわざわと鳴った。


 ナノはその音を聞きながら、ようやく風があることに安心している自分に気づいた。


 風が動く。


 音がある。


 何かに吸われていない。


 それだけで、少し呼吸が楽になった。


 礼拝所の中央では、グレンとセイルがレオンの手帳を調べている。


 エリナは崩れた祭壇に座り、膝を抱えていた。リュネアを出てから、ほとんど言葉を発していない。


 ロガが小さな炉へ薪を足す。


「エリナさん、何か食べた方がいい」


 差し出したのは、硬い黒麦パンだった。


 エリナは反応しない。


 ロガが困った顔でナノを見る。


「俺、こういう時なんて言えばいいか分からねぇ」


「俺も分からない」


「お前、いつも何か言うだろ」


「言えばいいってものじゃないと思う」


 ナノはエリナの隣へ座った。


 少し距離を空ける。


 近づきすぎれば、慰めを押しつけるような気がした。


「食べられないなら、今は持っているだけでもいいと思います」


 ナノが言うと、エリナが僅かに顔を上げた。


「持っているだけ?」


「俺も、両親を失った直後は食べられませんでした。でも、ミラさんに『食べられないなら手に持ってなさい』って言われました。匂いを嗅いで、少しずつ口へ入れればいいって」


 エリナは黒麦パンを見る。


「今の私は、何を失ったのかも分からない」


 掠れた声。


「ギルドを失ったのか。仲間を裏切ったのか。最初から、私が信じていたものなんて存在しなかったのか」


「分からなくてもいいと思います」


「あなたは簡単に言うのね」


 声に苛立ちが混じった。


 ナノは黙った。


 傷ついている相手へ、自分の経験を重ねすぎたのかもしれない。


「……すみません」


「違う」


 エリナが目元を押さえる。


「あなたが悪いんじゃない。私が、何を言われても受け止められないだけ」


 長い息を吐く。


「ギルドには、優しい人もいた。マルクもそう。毎朝、受付へ花を持ってきてくれた。あの人が吸魔針で操られているのを見たのに、私は逃げた」


「逃げたんじゃありません」


「でも置いてきた」


 ナノの胸が痛む。


 自分も、父と母を置いて逃げた。


 逃げろと言われた。


 それでも、置いてきたという罪悪感は消えなかった。


「置いてきたことを、すぐ許さなくていいと思います」


 ナノはゆっくり言った。


「俺も自分をまだ許せていません。でも、生きて戻ることが、置いてきた人を忘れることじゃないって少し分かりました」


 エリナの目から涙が落ちる。


「戻れると思う?」


「分かりません」


 ナノは嘘をつかなかった。


「でも、戻るために証拠を守ることはできます。マルクさんを助ける方法も、これから探せます」


 エリナは手の中のパンを握った。


 すぐには食べなかった。


 それでも、床へ置かなかった。


     *


「ナノ、来てくれ」


 セイルの声がした。


 手帳のページが何枚も開かれている。


 インクの色は途中から薄くなり、文字も乱れていた。レオンが急いで記録したことが分かる。


「ここだ」


 セイルが1つの図を指す。


 円形の器。


 中央に黒い人工核。


 周囲に8つの石。


 それぞれ異なる記号が描かれている。


 人族。


 ドワーフ。


 エルフ。


 獣族。


 悪魔。


 妖怪。


 竜人。


 ホムンクルス。


 8種族の種族石を示している。


「新たな種族石の創造」


 ナノが呟く。


 レオンの手帳には、さらに文章が続いていた。


『計画の目的は、8種族の種族石を統合し、人工的に第9の種族石を生み出すこと。完成すれば、既存の種族制約を超え、すべての属性へ適合する器となる』


「すべての属性へ適合……」


 ナノの喉が乾く。


 自分の【石】に似ている。


 種族石を吸収し、異なる種族の力を体へ馴染ませていく能力。


 グレンも同じことを考えたのか、険しい顔でナノを見る。


「人工的に、お前と似た器を作ろうとしている」


「でも、俺は人工的に作られたわけじゃ……」


 言葉が止まった。


 本当にそうなのか。


 自分の固有スキル【石】は、神託塔で無能と判定された。


 だが、神託塔が人造種族石計画へ関わっているなら、ナノのスキルについて何か知っていた可能性がある。


 無能と判定したのではなく、隠した。


 王都から追い出すために。


 あるいは、成長する前に処分するために。


 胸の奥が冷たくなる。


「俺の神託結果は……本当に偶然だったんでしょうか」


 誰もすぐには答えなかった。


 火の弾ける音が大きく聞こえる。


 グレンが低く言う。


「今ある情報だけでは断定できん」


「でも可能性はある」


「ある」


 その一言が重く落ちる。


 ナノは自分の掌を見る。


 白い菱形の石紋。


 谷底のダイヤモンドで目覚めた力。


 これは自分の力だと思っていた。


 けれど、誰かに作られたものだったら。


 自分自身だと思っていたものまで、計画の一部だったら。


「ナノ」


 ロガが呼ぶ。


「顔が真っ白だぞ」


「怖い」


 言葉が自然に出た。


「自分が自分じゃないみたいで怖い。俺の力も、両親が死んだことも、全部誰かに決められていたら……」


「誰かが何かを仕組んでても、お前がここまで来たことまで、そいつらのものじゃねぇ」


 ロガの声が強くなる。


「黒脈石を削ったのはお前だ。魔石を欲しがって、それでも止まったのもお前だ。俺と相棒になったのも……まあ、それは俺もだけど」


 最後だけ少し声が弱くなった。


「お前が何から生まれたか知らなくても、今まで選んだことは消えねぇだろ」


 ナノは目を閉じた。


 自分の出自がどうであっても。


 父と母を愛していたこと。


 グレンに教わったこと。


 ロガの声で戻ったこと。


 自分で選んだことまで、人工術式には奪えない。


「……うん」


 まだ怖い。


 答えは出ていない。


 それでも、立っていられる気がした。


 セイルが次のページを開く。


 そこには、神託塔の紋様と、1人の名前が記されていた。


『神託技術提供者――中央神官院研究官、ヴァルガス』


 ナノはその名を知らなかった。


 だが、文字を見た瞬間、石紋が僅かに熱を持った。


 まるで体の奥に、その名前を知っている何かがあるように。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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