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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第4章 外界への旅立ちと人造魔石の謎

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第67話 鑑定士たちの逃走路

 換気路は、想像以上に長く続いていた。


 天井は低く、背中を少しでも起こせば岩へぶつかる。床には細かな砂と乾いた虫の殻が積もり、膝を進めるたびに、ざり、ざりと嫌な音がした。


 空気は冷たかった。


 けれど、息苦しい。


 外から空気を取り込むための道だったはずなのに、長い間使われていなかったせいか、湿気と埃が籠もっている。


 先頭のエリナは何度も咳き込んでいた。


「大丈夫ですか」


 ナノが声をかける。


「平気……とは言えないわね」


 エリナは苦しそうに笑った。


「こんな道があるなんて、ギルドで働いていた私も知らなかった」


 その言葉には、情けなさが混じっていた。


「先生は、最初から誰も信用していなかったのかしら」


「違うと思う」


 セイルが前を向いたまま答えた。


「信用していなかったんじゃない。危険が来た時に、信用した人間を逃がす道を残していたんだ」


 エリナが黙る。


 ナノはレオンの机を思い出した。


 戻らなければ、机の底を探せ。


 鍵。


 手帳。


 抜き取った風の力。


 換気路。


 レオンは自分が消える可能性を知っていた。


 それでも証拠を破棄せず、誰かが見つけることを信じて残した。


「セイルさん」


 ナノが尋ねる。


「レオンさんは、自分が狙われていることを知っていたんでしょうか」


「たぶんな」


「それでも調べ続けた」


「あの人は、正しいことをしていると思うと、止まらなかった」


 セイルの声が僅かに震えた。


「俺が最後に会った時もそうだった。危険だ、1人で行くなって言った。でも先生は『石が奪われているのに、鑑定士が黙っている方が危険だ』って笑った」


 懐かしい言葉を思い出しているのだろう。


 けれど、笑みは浮かんでいなかった。


「俺は怒った。勝手にしろって言って……そのまま別れた」


 ナノの胸が痛んだ。


 最後に交わした言葉が、優しいものではなかった後悔。


 自分には、父と母へ謝る時間すらなかった。


 セイルには言葉を交わした記憶があるからこそ、その言葉が今も刺さっているのだろう。


「見つけた時に、謝ればいいです」


 ナノが言うと、セイルの動きが止まった。


「生きていると決まったわけじゃない」


「死んでいるとも決まってません」


「簡単に言うな」


 セイルの声が強くなる。


 ナノは一瞬言葉に詰まった。


 怒らせた。


 軽い希望を押しつけてしまったのかもしれない。


「……すみません」


「いや」


 セイルが息を吐く。


「悪い。お前に怒っても仕方ない」


 少し進んでから、低い声で続けた。


「生きていてほしいと思うほど、違った時が怖いんだ」


 その感情を、ナノはよく知っていた。


 谷底へ落ちた直後、父と母が生きているかもしれないと何度も思った。


 けれど、期待するたび、その期待が砕かれる瞬間を想像して怖くなった。


「怖いままで、探しましょう」


 ナノは静かに言った。


「俺も、自分の両親のことを諦めきれていません。多分、答えが出るまでずっと怖いです」


 セイルは振り返らなかった。


 けれど、小さく答えた。


「ああ」


     *


 しばらく進むと、前方から風が流れてきた。


 新しい空気。


 土と夜露の匂い。


「出口が近い」


 エリナが安堵したように言う。


 その瞬間、後方から金属音が響いた。


 かん。


 かん。


 誰かが換気路へ入ってきた。


「追ってきた」


 ロガが振り返る。


 狭い通路の向こうで、灯石の白い光が揺れている。


 1人ではない。


 複数の光。


 グレンはまだ追いついていない。


「急げ!」


 セイルが先へ進む。


 出口は石格子で塞がれていた。細い隙間から、外の暗い空が見える。


「開かない!」


 エリナが格子を押す。


 錆びて固まっている。


 ロガが前へ出た。


「どけ。俺が壊す」


 小槌を振り上げる。


 ナノが止めた。


「音が出ます。外に誰かいたら気づかれる」


「後ろからもう来てるんだぞ!」


「格子全部を壊さなくていい。留め具だけなら、小さい音で外せる」


 ナノは錆びた留め具を見る。


 上に2つ。


 下に1つ。


 鉄の周囲には薄い青緑色の錆が浮いている。


「セイルさん、風の力を少し使えますか」


「切る程度なら」


「留め具の隙間に風を入れてください。ロガは外側へ押して」


「お前は」


「錆の割れ目を見ます」


 石眼は使わない。


 肉眼で、金属の変色とひびを探る。


 地底で何度も見た。


 石を割る時、硬い場所ではなく、弱い筋へ力を入れる。


「上の右からです。根元が薄い」


 セイルの剣先に淡い青い光が集まる。


 風が針のように隙間へ入り込み、錆を削った。


 ロガが格子を押す。


 ぎ、と低い音。


 留め具が外れる。


「次、左上!」


 後ろの光が近づく。


「止まれ!」


 追跡者の声。


 細い通路に響き、逃げ場を塞ぐように迫ってくる。


 エリナの呼吸が速くなった。


「間に合わない……」


「間に合わせます」


 ナノは下の留め具を見る。


 最も太い。


 時間がない。


「ロガ、下は槌で。1回だけ、左から斜めに」


「音は」


「もう隠れる意味がありません」


 ロガは頷き、小槌を振る。


「耳塞げ!」


 かんっ。


 鋭い音が通路を走った。


 下の留め具が折れる。


 格子が外側へ倒れ、冷たい夜風が流れ込んだ。


「出ろ!」


 エリナ、セイル、ナノの順に外へ滑り出す。


 出口は、宝石商ギルドの裏手にある狭い水路へ繋がっていた。夜になりかけた空は紫色に染まり、建物の窓には灯りが点き始めている。


 ロガが最後に出る。


 その直後、換気路の中から腕が伸びた。


 ロガの足首を掴む。


「ロガ!」


 ナノが手を伸ばす。


 ロガの体が通路へ引き戻される。


「離せ!」


 ロガが蹴るが、相手の握力が強い。


 ナノの右腕が熱を持つ。


 黒錆共鳴。


 使えば引き上げられる。


 だが、完全黒錆魔石は持っていない。使えるのは鉄鋼と鱗硬化の弱い共鳴だけ。


 それで十分だ。


「百錬成鋼……微!」


 掌の石紋が白く光る。


 右腕に薄い硬さが生まれ、肩と胸へ広がる。


 ナノはロガの両腕を掴んだ。


「引きます!」


「腕が抜ける!」


「我慢して!」


「お前、さっきロガって呼び捨てにしたな!」


「今それ言う!?」


 ロガがもう片方の足で、掴んでいる腕を蹴った。


 セイルも加わる。


 3人で一気に引く。


 追跡者の手が外れ、ロガの体が水路へ転がり出た。


 換気路の出口から、男の顔が見える。


 宝石商ギルドの警備服。


 だが、目が虚ろだった。


 首元には、黒い針状の石が埋め込まれている。


「吸魔針……!」


 ナノが叫ぶ。


 男の口が不自然に動いた。


「手帳ヲ……返セ……」


 声が、本人のものではない。


 エリナの顔が凍った。


「あの人……受付警備のマルクよ。家族もいる。こんなことをする人じゃない」


 操られている。


 吸魔針は宝石だけでなく、人の魔力にも接続できる。


 グレンが換気路の奥から現れ、男の腕を戦槌の柄で弾いた。


「走れ!」


「でも、グレンさん!」


「俺も出る!」


 男を押し戻し、グレンは換気路から飛び出した。


 出口の石格子を持ち上げ、通路へ押し込む。追跡者たちの道が塞がれた。


「裏門へ向かう。都市を出るぞ」


 エリナが息を呑む。


「今出たら、私はもうギルドには戻れない」


 その声には、最後の迷いがあった。


 グレンは振り返らない。


「戻るか」


 問いは冷たく聞こえた。


 だが、決断を奪わないための言葉だった。


 エリナはギルドの高い建物を見上げた。


 長年働いた場所。


 仲間。


 鑑定士としての地位。


 そのすべてが、灯りの向こうにある。


 彼女は目を閉じた。


 そして、机の鍵を強く握る。


「……行きます」


 声は震えていた。


「先生が残したものを、今度こそ守る」


 5人は暗くなり始めたリュネアの裏通りを走り出した。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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