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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第4章 外界への旅立ちと人造魔石の謎

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第66話 地下室を包囲する者たち

 扉の向こうから聞こえる足音は、ゆっくりと近づいてきた。


 こつ。


 こつ。


 石造りの地下通路に、硬い靴底の音が乾いて響く。人数は少なくない。鎧の金具が擦れ、誰かが剣を鞘から抜く音も混じっている。


「ギルド長の命令だ」


 扉越しの声が、もう一度響いた。


「室内にある手帳と試料を机へ置け。抵抗しなければ、事情を確認するだけで済む」


 確認。


 その言葉が、ナノには妙に冷たく聞こえた。


 レオンの手帳には、宝石の力を人造の器へ集める計画と、神託塔から技術提供を受けていることが記されている。これほど重大な証拠を見つけた直後に現れた者たちが、ただ事情を聞くだけとは思えなかった。


 部屋の中には、古い紙と埃の匂いが漂っている。


 机の上では、淡い緑色の魔力が封じられた小瓶が、呼吸するように明滅していた。石ではなく、翠風石から抜かれた力だけが渦を巻いている。その不自然な光が、室内にいる全員の顔を青白く照らしていた。


 セイルは手帳を胸へ抱き込んでいる。


 指先が白くなるほど強く握りしめ、扉を睨みつけていた。


「事情を確認だって?」


 声に、隠しきれない怒りが滲む。


「先生の部屋を封じて、証拠を隠しておいて、今さら何を確認するつもりだ」


「セイル、声を抑えて」


 エリナが囁いた。


 けれど、彼女自身の声も震えていた。顔は青ざめ、机の鍵を握った右手には汗が浮いている。


「私が案内したことは、もう知られている。外に出れば、私も拘束されるわ」


「今さら怖くなったのか」


 セイルの言葉が鋭くなる。


 エリナの肩が小さく揺れた。


「怖いに決まってるでしょう!」


 押し殺していた感情が、一瞬だけ声になって噴き出した。


「私はここで働いてきたの。何年もよ。知っている顔ばかりなの。廊下の向こうにいる人たちだって、一緒に食事をしたことがあるかもしれない。もしかしたら、何も知らずに命令へ従っているだけかもしれない。それでも……今から、その人たちを敵として見なきゃいけないのよ」


 言葉の最後が掠れた。


 セイルは何も言い返せなかった。


 ナノはエリナの表情を見つめた。


 裏切ることを恐れているのではない。


 自分が信じていた場所が、最初から正しくなかった可能性を恐れている。


 もし宝石商ギルドが人造魔石計画へ関与しているなら、エリナが守ってきた記録も、鑑定士として過ごした時間も、そのすべてに嘘が混じっていたことになる。


 ナノには、その痛みが少しだけ分かった。


 神託塔を信じていた。


 神託は絶対で、与えられた結果こそが自分の価値だと思っていた。


 けれど、その神託塔が人造魔石計画へ関わっている。


 自分を無能と判定した場所が、最初から何かを隠していたのかもしれない。


「エリナさん」


 ナノは静かに呼びかけた。


「怖いままでいいと思います」


 エリナがこちらを見る。


「俺も、神託塔が関わっていると知って怖いです。自分の人生が、最初から誰かに作られていたみたいで。でも……今ここで手帳を渡したら、怖かった理由まで消される気がします」


 エリナの唇が震えた。


「だから、持って出ましょう。真実かどうか、俺たちで確かめるために」


 しばらくの沈黙。


 扉の外で、鎧が鳴った。


「返答がない場合、扉を開ける」


 今度の声には、明確な威圧があった。


 グレンが部屋を素早く見回す。


 扉は1つ。


 窓はない。


 壁は厚い石造り。


 正面から戦えば、狭い室内で追い詰められる。


「別の出口は」


 エリナが首を横に振りかけ、途中で止まった。


「……先生が、地下の換気路について話していたことがある」


「どこだ」


「本棚の裏。でも、入口を開く仕掛けは分からない」


 ナノは壁一面の本棚を見る。


 埃を被った本。


 鑑定記録。


 宝石図鑑。


 床には長い間動かされた形跡がない。


 だが、本棚の右端だけ、床の埃がわずかに途切れている。


「右側です」


 ナノが指差した。


「この棚だけ、床の傷が新しい」


 ロガが棚へ駆け寄り、両手で押した。


「動かねぇぞ」


「引くんじゃなくて、どこかに留め具がある」


 セイルが棚の本を乱暴に抜き始める。


「先生なら、石に仕掛けを隠す」


 エリナが呟いた。


「鑑定士以外には分からないように」


 ナノは本棚を見つめた。


 装飾石が5つ埋め込まれている。


 赤。


 青。


 黄。


 白。


 緑。


 一見すると飾りだが、緑色の石だけ表面に埃が少ない。誰かが何度も触れた跡だ。


「これです」


 ナノが手を伸ばしかけ、止める。


「セイルさん、鑑定できますか」


 セイルが緑の石へ指を近づける。


「風石だ。ただし、魔力はほとんどない」


「力を入れるんじゃなくて、抜く仕掛けかもしれません」


「どういうことだ」


「レオンさんは、力を抜かれた石を調べていた。なら、石から魔力が消えた時に動く仕掛けを作った可能性がある」


 セイルは息を呑んだ。


 胸元の青い鑑定石を外し、緑の石へ近づける。鑑定石が淡く光り、緑の石に残っていた僅かな魔力を吸い上げた。


 かちり。


 壁の奥で、小さな金属音がした。


 ロガが本棚を押す。


 今度はゆっくり動いた。


 埃が舞い、古い空気が流れ出す。


 本棚の裏には、人ひとりが通れるほどの暗い穴が開いていた。


「換気路です」


 エリナの声に、安堵と恐怖が同時に混じった。


 扉が強く叩かれる。


「開けるぞ!」


 木材が軋んだ。


 時間がない。


 グレンは即座に指示を出した。


「エリナとセイルが先。手帳と試料を持て。ナノ、ロガ、続け。俺が最後に入る」


「グレンさんが残るなら、俺も」


「残るとは言っていない」


「でも、扉を止めるんですよね」


「数秒稼ぐだけだ」


 ナノは言い返そうとした。


 グレンの目が鋭くなる。


「今のお前の役目は、証拠を外へ運ぶことだ。守られるのが嫌だからと、必要のない場所へ立つな」


 胸へ刺さる言葉だった。


 それでも、間違っていない。


「……必ず来てください」


「命令するな」


「お願いです」


 グレンは一瞬だけ黙った。


「ああ」


 短い返事。


 それを聞いて、ナノは換気路へ入った。


 内部は狭く、湿った石の匂いが濃い。膝をつかなければ進めない高さだった。


 前を進むエリナの息遣いが荒い。


 セイルは片手で手帳を抱え、もう片方の手で暗闇を探っている。


 後ろから、扉が破られる音がした。


 どん。


 木片が飛び散る。


「室内を確認しろ!」


 男たちの声。


 直後、グレンの戦槌が石床を叩いた。


 ごうん。


 換気路全体が震え、後方から大量の埃が吹き込んでくる。


「グレンさん!」


 ナノが振り返る。


 暗闇の奥から、低い声が届いた。


「前を向け!」


 その声に押され、ナノは進んだ。


 狭い通路の中で、胸元の札が石壁へ当たり、かすかな音を立てる。


 証拠を運ぶ。


 生きて外へ出る。


 今はそれが、自分に任された役目だった。

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