第64話 宝石交易都市リュネア
森を抜けた先で、交易都市リュネアが姿を現した。
最初に見えたのは、高い外壁だった。
白灰色の石を積み上げた壁が、緩やかな丘の上を囲んでいる。壁の上には色鮮やかな旗が並び、風を受けて大きく揺れていた。
赤。
青。
緑。
紫。
旗の中央には、それぞれ異なる宝石の紋章が描かれている。
門へ近づくほど、人と荷車が増えていった。
ドワーフの鉱石商。
エルフ領から来たらしい長い耳の商人。
獣族の運び屋。
人族の旅人。
木箱を積んだ荷車の間を、小さなホムンクルスの従者が歩いている。
聞こえてくる言葉も、匂いも、衣服も、ガルバ坑道街とはまるで違った。
「人、多すぎない?」
ナノは思わず足を止めた。
外縁集落バルムも賑わっていたが、リュネアはその比ではない。
話し声が幾重にも重なる。
車輪が石畳を鳴らす。
店先の鐘。
商品の値段を叫ぶ声。
香辛料、果物、焼いた肉、獣、花、油、金属、土。
あらゆる匂いが風に混ざり、次々に鼻へ届く。
「また匂いが忙しいのか?」
ロガが呆れたように聞く。
「忙しいどころじゃない。もう喧嘩してる」
「匂いが喧嘩するって何だよ」
「甘い匂いと肉の匂いが同時に来る」
「それは普通だ」
セイルが2人を見て、少し笑った。
「地底から出たばかりの奴は、皆そんな顔をするのか?」
「ロガも最初は空に落ちそうになった」
「言うな!」
ロガが声を荒らげる。
ナノは笑った。
けれど、その笑いは門をくぐった瞬間に消えた。
石紋が反応した。
強い。
都市の中に、無数の宝石と魔石がある。
店先。
荷車。
人々の装飾品。
護符。
武器。
建物の灯り。
あらゆる方向から、石の気配が押し寄せてくる。
黒錆魔石のような強い誘惑ではない。
しかし、数が多すぎる。
石眼を開いていないのに、視界の端で色が揺れるような感覚がした。
「ナノ?」
ロガがすぐに気づく。
「気持ち悪い……石が多すぎる」
「目を閉じろ」
グレンの声が飛ぶ。
ナノは言われた通り、目を閉じた。
それでも、石紋は熱い。
「護符を握れ。1つだけ感じろ」
ナノは胸元の黒脈石の護符を掴んだ。
自分で採った石。
自分で削った石。
父と母を忘れないための石。
その冷たさだけへ意識を集める。
周囲の石の気配が、少しずつ遠のいていった。
「……戻りました」
「都市の石を全部見ようとするな」
グレンが言う。
「でも、勝手に入ってきます」
「なら、自分で見る石を選べ。魔石狩りで学んだはずだ」
欲しい石ではなく、必要な石を選ぶ。
ナノは深く息を吸った。
「はい」
目を開く。
色鮮やかな都市は変わらず目の前にある。
けれど、さっきよりも輪郭がはっきり見えた。
*
宝石商ギルドは、都市中央の大広場に面していた。
白い石造りの大きな建物。
正面には6本の柱が立ち、その上部に巨大な透明石が埋め込まれている。日光を受けた石が虹色の光を広場へ落とし、通行人の足元を鮮やかに染めていた。
「すごい……」
ナノは建物を見上げた。
「全部、宝石?」
セイルが答える。
「本物だ。ギルドの繁栄を示す象徴らしい」
「盗まれないの?」
「防護術式がかかっている。無理に外そうとすれば、都市衛兵が来る前に焼かれる」
「触らないでおこう」
「当たり前だ」
ロガが即答した。
建物へ入ると、外の喧騒とは違う静けさに包まれた。
磨かれた床。
高い天井。
壁一面の展示棚。
宝石が1つずつ透明な箱へ収められている。
赤い石。
深い青。
蜂蜜色。
夜空のような黒。
ナノはなるべく見すぎないよう、胸元の護符へ意識を戻した。
受付には、銀色の髪を後ろで束ねた人族の女性が立っていた。
セイルを見ると、その目が大きくなる。
「セイル?」
「久しぶりだな、エリナ」
「久しぶりじゃない。半年も連絡せず、何をしていたの」
女性はカウンターから出てきた。
怒っている。
けれど、セイルが生きて戻った安堵も隠せていない。
「レオン先生を探していた」
セイルの言葉で、エリナの表情が曇った。
「……まだ諦めていないのね」
「諦められるわけがない」
「ギルドの調査では、先生は都市外で事故に遭った可能性が高いと――」
「遺体も、荷物も見つかってない」
セイルの声が強くなる。
エリナは一瞬黙った。
その視線が、ナノたちへ移る。
「こちらの方々は?」
グレンが人工核の破片を入れた封印箱を示した。
「ガルバ坑道街のグレンだ。この刻印を調べられる者を探している」
エリナは箱へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。
「危険物ですか」
「人造魔石の核だ」
その言葉を聞いた瞬間、エリナの顔から血の気が引いた。
ナノは見逃さなかった。
驚いただけではない。
知っている者の反応だった。
「エリナさん」
ナノが声をかける。
「これを見たことがありますか?」
「……いいえ」
返事が早すぎた。
声も僅かに震えている。
ロガが眉を寄せる。
セイルも彼女をじっと見た。
「エリナ」
「本当に知らないわ」
「なら、どうして顔色が変わった」
「人造魔石なんて聞けば、誰でも驚くでしょう」
エリナは視線を逸らし、受付の書類を整え始めた。
明らかに動揺している。
ナノは追及しようとした。
だが、その時、グレンがわずかに首を振った。
今ここで追い詰めるな。
そういう合図だった。
グレンは静かに言う。
「人工核を調べられる鑑定士はいるか」
「上級鑑定士のハイゼン様なら。ただし今日は評議会に出ています。戻るのは夕刻です」
「待たせてもらう」
「分かりました。応接室を用意します」
エリナは背を向け、別の職員へ指示を出した。
歩き去る背中は硬い。
肩に力が入り、手が小さく震えていた。
セイルは何も言わず、その姿を見送った。
「知り合いなんですか」
ナノが聞く。
「同じ師匠に学んだ。俺より先に上級試験へ進んだ、姉弟子みたいなものだ」
「信用できますか」
セイルの顔に迷いが浮かぶ。
以前なら、即座に信用すると言ったかもしれない。
だが今は、長い沈黙のあとで答えた。
「……信用したい」
信用している、ではなかった。
その言葉が、ナノには重く聞こえた。
宝石に満ちた美しい都市。
輝くギルド。
その内部で、誰かが人造魔石の秘密を隠している。
そして、その秘密はセイルの師だけでなく、かつての仲間にも繋がっている可能性があった。
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