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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第4章 外界への旅立ちと人造魔石の謎

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第63話 助けた命と失われた石

 襲われた商人たちを連れ、ナノたちは交易路近くの休息所へ向かった。


 森を抜けた先に、石造りの小さな建物があった。旅人が雨風を避けるための場所らしく、屋根は低く、壁には何度も補修された跡が残っている。


 室内には簡素な寝台が4つ。


 中央には古い炉。


 火を入れると、湿っていた空気に薪の匂いが広がった。


 右腕を硬化させた商人は、寝台へ横たわっていた。


 名はバルク。


 リュネアとドワーフ領を行き来する宝石商で、力を失った宝石を運んでいたという。


 もう1人の若者は、バルクの息子で助手のフィンだった。頭の傷は浅く、セイルが薬を塗ると、しばらくして意識を取り戻した。


「父さん!」


 目を開けるなり、フィンは隣の寝台へ駆け寄った。


「無事だ……右腕は動かないが、生きてる」


 バルクは苦しそうに笑った。


「お前こそ、頭は大丈夫か」


「俺より父さんの腕が……」


 フィンの目に涙が滲む。


 バルクは動く方の左手で、息子の肩を軽く叩いた。


「商人は片腕でも値段交渉できる。心配するな」


 冗談を言っている。


 けれど声が震えていた。


 自分の腕が戻らない可能性を、本人が一番恐れている。


 ナノは炉の前に座り、その親子を見ていた。


 父と母を思い出す。


 あの日、自分が目を覚ました時、そばに2人はいなかった。


 もう一度名前を呼ぶことも、手を握ることもできなかった。


 助けられなかった命と、今目の前で助かった命。


 胸の奥に嬉しさと痛みが同時に広がる。


「どうした」


 隣へ座ったロガが小声で尋ねた。


「父さんたちを思い出した」


「……そうか」


「助かってよかったって思う。でも、それを見ると、俺の父さんと母さんは助からなかったんだって、また思い出す」


 口にした途端、喉が詰まった。


 涙を見せたくなくて、炉の火を見つめる。


 赤い炎が滲んだ。


「嫌なやつだよね。助かった人を見て、こんなこと考えるなんて」


「嫌じゃねぇよ」


 ロガの返事は早かった。


 ナノは顔を向ける。


 ロガは火を見たまま続けた。


「嬉しいのと悔しいのが一緒にあるだけだろ。どっちか片方にしなきゃいけない決まりなんかねぇ」


「ロガ……」


「俺だって、グレン親方が他の見習いを褒めると、そいつが上手くいって良かったと思うし、同時に腹も立つ」


「それは少し違わない?」


「似たようなもんだ」


 ロガは乱暴に言い切った。


 けれど、その不器用な言葉に救われた。


 悲しいまま、助かったことを喜んでもいい。


 笑えば裏切りではないと、ミラにも言われた。


「ありがとう」


「礼を言うな。あと泣くなら、俺の服で拭くなよ」


「まだ拭いてない」


「先に言っとく」


 ナノは涙を手の甲で拭い、小さく笑った。


     *


 グレンとセイルは、回収した吸魔針の破片を机へ並べていた。


 黒い破片は、砕けてもなお光を吸い込むような色をしている。炉の炎が近くにあるのに、表面には赤い光がほとんど映らなかった。


 ナノも机へ近づく。


「人工核と同じ石ですか?」


「性質は近い」


 グレンは金属棒で破片を動かした。


「だが、核ほど複雑ではない。魔石の力を繋ぐのではなく、吸って送ることに特化している」


 セイルが破片の刻印を指す。


「この記号。師匠の手帳に何度も描かれていた」


 刻印は、3本の細い線が中央の黒点へ向かう形だった。


 ナノには、複数の道が1つの穴へ吸い込まれるように見えた。


「どういう意味なんですか」


「古い人族の錬金記号で、『収束』を示す形に似ている。ただ、少し違う」


「何が違う?」


 ロガが覗き込む。


「通常の収束記号は、集めた力を器へ溜める。この刻印には、さらに外へ送る線がある」


 セイルは紙へ刻印を書き写し、北東へ伸びる細線を加えた。


「吸魔針は中継器だ。奪った力をどこかの大きな器へ送っている」


 バルクが寝台から声を出した。


「リュネアへ……行くのか?」


 全員が振り返る。


 バルクは硬化した右腕を庇いながら、ゆっくり起き上がった。


「私も連れていってほしい」


「その腕で旅は無理だ」


 グレンが即答する。


「だが、私は宝石商だ。力を抜かれた石の仕入れ元も、販売記録も知っている。ギルドで証言できる」


「治療が先だ」


「リュネアなら治療師もいる。ここで待っている方が危険だ。襲った連中が、積み荷を回収しに来るかもしれない」


 バルクの言葉には恐怖があった。


 単に急いでいるのではない。


 再び狙われることを怯えている。


「襲ってきた相手を見ましたか?」


 ナノが尋ねる。


 バルクの顔が強張った。


「人影を見た」


「人?」


「ああ。黒い外套を着ていた。顔は仮面で隠していた。荷車の前へ突然現れ、地面へ黒い針を刺した」


 フィンが震える声で続ける。


「風が止まって、石が光り始めた。父さんが針を抜こうとしたら、腕が……」


 バルクは硬化した腕へ視線を落とした。


「そいつは何も盗らなかった。宝石が濁ったのを確認すると、森へ消えた」


「奪った力だけが目的だった」


 セイルの声が低くなる。


 ナノは尋ねた。


「体格や声は?」


「背は人族くらい。声は聞いていない。ただ……」


 バルクの顔色がさらに悪くなった。


「外套の留め具に、宝石商ギルドの紋章があった」


 室内が静まり返った。


 薪が弾ける音だけが響く。


 セイルが机を強く掴んだ。


「やっぱり、ギルドの中にいる」


「まだ断定できない」


 グレンが抑える。


「紋章は盗める。偽装もできる」


「でも、認可店で売られた石が抜かれ、師匠が消え、今度はギルドの紋章をつけた奴が襲った。これでも偶然だって言うのか」


 セイルの声には怒りが滲んでいた。


 自分の師を疑いたくない。


 それでも、ギルドへの疑いは強くなっている。


 ナノはセイルの表情を見つめた。


 怒っている。


 けれど、その奥には不安がある。


 真実を知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがぶつかっている。


「セイルさん」


「何だ」


「リュネアに着いても、1人で動かないでください」


 セイルの眉が上がる。


「俺を疑ってるのか」


「違います。怒ったまま1人で行ったら、相手の罠に入るかもしれない」


 セイルは何か言い返そうとした。


 だが、ナノは目を逸らさなかった。


「俺も力を欲しがると、周りが見えなくなります。その時、ロガに止めてもらいました。だから……セイルさんも、止まってくれる人の声を聞いてほしいです」


 長い沈黙。


 セイルは拳を握った。


 やがて、力を抜くように息を吐いた。


「……分かった。勝手には動かない」


 ロガが小さく言う。


「本当だな?」


「お前は俺の監視役か?」


「必要ならなる」


「面倒なドワーフだな」


「よく言われる」


 少しだけ、張りつめた空気が緩んだ。


 翌朝、バルクとフィンも加え、一行はリュネアを目指すことになった。


 助けた命。


 力を失った石。


 消えた鑑定士。


 黒い外套の人物。


 それらが、交易都市で1つに繋がろうとしていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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