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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第4章 外界への旅立ちと人造魔石の謎

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第60話 風喰らいの痕跡

 夜明け前、外縁集落バルムは深い霧に包まれていた。


 宿の窓の外には、薄い灰色の世界が広がっている。


 家々の屋根も、門も、遠くの山も、輪郭がぼやけて見えた。湿った風が窓の隙間から入り込み、部屋に土と草の匂いを運んでくる。


 ナノは寝台の上で目を覚ましていた。


 隣の寝台では、ロガが毛布に包まっている。


 眠っているように見えるが、時々耳が動くように顔をしかめていた。地上の風音に慣れていないのだろう。


 ナノも同じだった。


 窓の外で枝が鳴るたびに目が覚めた。


 屋根を風が撫でる音。


 遠くで家畜が鳴く声。


 鳥の羽ばたき。


 地底では聞いたことのない音が、夜の間ずっと続いていた。


 胸元の黒脈石の護符を握る。


 冷たい。


 落ち着く。


 けれど、昨夜見た翠風石の空洞が頭から離れなかった。


 力を抜かれた石。


 偽物の輝き。


 人工術式。


 人造魔石を作った者は、宝石の力を集めているのかもしれない。


 なら、どれほど多くの石が奪われているのか。


 どれほど多くの魔物や人が、魔石喰いのように作り変えられているのか。


「寝てねぇのか」


 ロガの声がした。


 ナノは横を見る。


 ロガは毛布から顔だけ出し、眠そうにこちらを見ていた。


「起こした?」


「いや。風がうるさくて眠れねぇ」


「地上に来たことあるって言ってたのに」


「1回だけだって言っただろ」


 ロガは体を起こした。


「翠風石のこと考えてたのか」


「うん」


「お前、考えても答えが出ないことを朝まで考えるよな」


「止められないんだ」


「黒錆より面倒だな」


「自分でも思う」


 ロガは窓の外を見る。


「俺はセイルを信用してない」


「うん」


「でも、昨日の石を見た時の顔は嘘じゃなかったと思う。あいつも驚いてた」


「俺もそう思う」


「だからって無条件で仲間にするなよ」


「分かってる。見る」


「何を」


「石だけじゃなくて、言葉と行動」


 ロガは少し目を細めた。


「ダルガ班みたいなこと言うようになったな」


「嬉しい?」


「なんで俺が嬉しいんだよ」


「相棒が成長したから」


「寝ろ」


「もう朝だよ」


 窓の外が少しずつ白くなっていた。


     *


 出発前、集落の門前にはグレン、ナノ、ロガ、セイルが集まった。


 グレンが調べたところ、セイルは交易都市リュネアの鑑定士組合に登録された見習いで、身分に問題はなかった。


 ただし、半年前から組合を離れ、各地を巡っているという。


「なぜ組合を離れた」


 グレンが聞く。


 セイルは腰の剣を確かめながら答えた。


「師匠が消えたからだ」


「消えた?」


「宝石商ギルドの鑑定士だった。3月前、力を失った宝石を調べると言って、リュネアを出たまま戻らない」


 ナノとロガが顔を見合わせる。


「力を失った宝石は、以前からあったんですか」


 ナノが聞く。


「ああ。最初は小さな宝石だけだった。安い風石、水石、火石。誰も大きな問題にしなかった。粗悪品だったんだろうって」


「でも、増えた」


「そうだ。師匠は人工的に力を抜かれていると言っていた。ギルドに調査を求めたが、相手にされなかった」


 セイルの声に、抑えた怒りが混じる。


「それから師匠は独自に調べ始めた。最後に残した言葉は『風が石を喰っている』だった」


「風が石を喰う……」


 ナノは翠風石を思い出した。


 風属性の力が抜かれていた。


 長老は、雨を吸う石、風に削られる石があると言った。


 だが、これは自然の風ではない。


 誰かが風のように石の中へ入り込み、力だけを奪っている。


 グレンが言う。


「その師匠の名は」


「レオン・アーデル」


「人族か」


「ああ」


 セイルの返事は短かった。


 ナノは少し気になった。


 グレンも同じように感じたのか、目を細める。


「人族の鑑定士が、人造魔石に関わっていた可能性は」


「ない」


 セイルの声が強くなる。


「師匠はあんなものを作る人じゃない」


「信じることと、事実は別だ」


「分かってる。だから調べる」


 セイルはグレンを真っ直ぐ見た。


「もし師匠が関わっていたなら、その理由も含めて突き止める」


 その言葉に、ナノは少しだけセイルを信用してもいいと思った。


 自分が信じたいものだけを守るのではなく、違う答えが出る可能性も受け入れている。


 それは簡単なことではない。


     *


 4人はバルムを出て、リュネアへ続く交易路へ入った。


 霧はまだ濃い。


 道の両側には背の高い草が生い茂り、露が靴へ染み込んでくる。地面は柔らかく、荷車の轍に水が溜まっていた。


 セイルが先頭近くを歩き、時々周囲を見回している。


 ロガはその背中を警戒していた。


 ナノは道端の石へ目を向けた。


 地上の石は、坑道の石と違う。


 角が丸い。


 表面に苔がついている。


 雨に磨かれ、土に埋もれ、木の根に押されて形を変えている。


 石眼を使わなくても、時間の長さが見える気がした。


 その時、道の脇で何かが淡く光った。


「待ってください」


 ナノは足を止めた。


 草の中に、小さな緑色の石が落ちている。


 翠風石に似ている。


 だが、さらに小さく、表面は割れていた。


 セイルがしゃがみ込む。


「触るな」


「分かってる」


 ナノは少し離れた場所から見る。


 石の周囲の草だけが、一定方向へ倒れている。


 風が吹いた跡のように。


 しかし、今の風向きとは逆だった。


「変です」


「何が」


 ロガが聞く。


「草が全部、石の方へ倒れてる」


 グレンが周囲を見る。


 確かに、細い草葉が石へ向かって引かれている。


 風で外へ倒れたのではない。


 石が周囲の空気を吸い込んだような跡。


 セイルの顔が変わる。


「師匠の記録にあった」


「何て?」


「力を抜かれた風石の周囲では、一時的に風向きが逆流する。術式が周囲の風まで引き込むからだ」


 ナノは喉を鳴らした。


「じゃあ、ここで翠風石の力が抜かれた?」


「その可能性が高い」


 ナノは石眼を開いた。


 一瞬だけ。


 ――翠風石、破損。


 ――風属性、欠損。


 ――外部吸引痕。


 ――術式残滓、新しい。


 ――力の流出方向……北東。


 ナノはすぐに閉じた。


「術式の跡は新しいです。力は北東へ流れています」


 グレンが交易路の先を見る。


 北東には森が広がっている。


 リュネアへ向かう街道から外れた方向だ。


 ロガが眉を寄せる。


「追うのか」


「今は追わない」


 グレンが即答した。


「未知の術式を、準備なしで追えば罠に入る」


 ナノは少し悔しかった。


 目の前に手がかりがある。


 今追えば、力を奪った者へ近づけるかもしれない。


 けれど、グレンの判断が正しいことも分かる。


「記録します」


 ナノはラウネにもらった手帳を取り出した。


 場所。


 時刻。


 風向き。


 草の倒れ方。


 翠風石の状態。


 術式残滓。


 力の流出方向。


 字が乱れないよう、ゆっくり書く。


 セイルがその手元を見る。


「意外と丁寧だな」


「ラウネさんに書き直させられるので」


「誰だ、それ」


「怖い記録係」


「正確には優秀な記録係だ」


 グレンが訂正する。


 ロガは小さく笑った。


 記録を終えたあと、グレンは翠風石の欠片を封印袋へ入れた。


「リュネアで詳しく調べる」


 再び歩き出す。


 だが、ナノは何度も北東の森を振り返った。


 霧の向こう。


 木々の影の中で、風が逆向きに揺れた気がした。


 誰かが石の力を奪い、どこかへ運んでいる。


 その痕跡は、今も新しい。


 人造魔石を作った存在は、過去の事件の中にいるのではない。


 ナノたちと同じ地上を、今も動いている。


 第4章の旅は、最初の目的地へ着く前から、人工術式の影に触れ始めていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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