第55話 魔石喰い
複合魔石個体が杖を振り上げた瞬間、保管路の鉄粉が生き物のように動いた。
銀色の線が床から立ち上がり、細い蛇の群れとなってナノたちへ襲いかかる。黒錆粉を含んだ赤黒い線も混じり、触れた石床をざらざらと硬化させながら迫ってきた。
「散れ!」
グレンの怒号。
ナノは左へ跳んだ。
直後、さっきまで立っていた場所から黒い鉄棘が突き出す。あと半歩遅ければ、足首を貫かれていた。
ロガが小槌で棘を叩き折る。
「こいつ、ゴブリンメイジの鉄呪より速いぞ!」
「複数の魔石を繋いでるからです!」
ナノは叫びながら、複合魔石個体を見る。
胸に鉄鋼魔石。
右肩に黒錆。
背中に硬殻魔石。
杖には鉄呪魔石。
それぞれの力が、無理やり黒い鉱石筋で接続されている。整えられていない。精錬もされていない。ただ力だけを繋ぎ、体へ押し込んでいる。
魔石を使っているのではない。
喰われている。
「イシ……モット……」
複合魔石個体が掠れた声を漏らす。
青白い片目は、ナノの胸元を見ていた。
黒脈石の護符。
魔石狩り班の札。
そして、ナノの中にある【石】。
「オマエ……イシ……ヨコセ……!」
複合魔石個体がナノへ向かって突進した。
長い腕。
黒錆に覆われた爪。
ナノの足がすくむ。
自分を狙っている。
【石】を欲しがっている。
その姿は、黒錆魔石へ手を伸ばしかけた自分と重なった。
欲しい。
もっと。
何でも取り込めば強くなれる。
止まれなければ、自分もああなる。
「ナノ、避けろ!」
ロガが体当たりするようにナノを押した。
2人は床へ転がる。
黒錆の爪がすぐ横の鉄棚を引き裂いた。保管されていた小瓶が落ち、床で砕ける。低級魔石が散らばり、一斉に淡く光った。
複合魔石個体の胸の筋が、それらへ伸びる。
「吸わせるな!」
グレンが戦槌を振る。
「白剛震槌!」
白い衝撃が床を走り、黒い鉱石筋を断ち切った。
複合魔石個体が絶叫する。
「ギィアアアッ!」
複数の魔石が同時に明滅した。
鉄鋼の硬化。
黒錆の暴力。
硬殻の防御。
鉄呪の操作。
力同士が体内で衝突し、皮膚のあちこちが内側から膨れ上がる。
「ナノ、魔石の繋がりを読めるか!」
グレンの声。
ナノは恐怖で喉が詰まった。
石眼を使えば、強制接続された複数の魔石情報が一気に流れ込む。自分の体が耐えられる保証はない。
けれど、読まなければ、どこを切れば止まるか分からない。
「読みます!」
ナノは叫び、石眼を開いた。
白い光が視界を飲み込む。
情報が洪水のように押し寄せた。
――鉄鋼魔石、胸部。
――黒錆魔石、右肩。
――硬殻魔石、背部。
――鉄呪魔石、杖および喉部。
――接続核……腹部中央。
――異物。
――人工接続痕。
――外部術式。
頭が割れそうに痛む。
「うっ……!」
膝が落ちる。
右腕が熱を持つ。
複合魔石個体の黒錆が、ナノの石紋へ繋がろうとしている。
欲しい。
吸え。
あれを取り込めば、全部の力が手に入る。
胸の奥から、自分ではない声が湧く。
「ナノ!」
ロガの声。
遠い。
「戻ってこい!」
今度ははっきり聞こえた。
ナノは歯を食いしばった。
自分は魔石を狩る。
見極める。
無駄にしない。
だが、欲のまま喰わない。
「腹の中央です!」
ナノは叫んだ。
「全部を繋いでる核が、腹の中央にある! でも魔石じゃない! 黒い人工石みたいなものです!」
グレンの目が鋭くなる。
「人工石だと?」
「誰かが……こいつに魔石を繋いでる!」
複合魔石個体が杖を振り回す。
鉄粉の刃が飛ぶ。
ロガがナノの前へ立ち、小槌で1本を弾く。残った刃が肩をかすめ、革鎧が裂けた。
「ロガ!」
「見るな! 核を見ろ!」
肩から血が滲んでいる。
それでもロガは退かない。
ナノは石眼を絞る。
腹部中央。
黒い石。
複数の魔石筋が絡みつき、心臓のように脈打っている。
だが、核の表面には隙間がない。
外側の接続を1つずつ切らなければ、核へ届かない。
「最初に杖! 鉄呪の接続を切れば、周りの鉄粉が止まります!」
セリカが投げ刃を放つ。
杖先の鉄呪魔石へ命中。
ひびが入り、浮いていた鉄粉が一斉に床へ落ちる。
「次、背中の硬殻! あれが核を守ってます!」
ダルガと戦士が左右から挟み、複合魔石個体を前へ押し出す。
グレンの戦槌が背中へ入った。
硬殻魔石が砕け、背中の鉱石板が剥がれる。
複合魔石個体の動きが荒くなる。
「イシ……ワタシノ……!」
叫びは怒りではなかった。
恐怖だった。
魔石を失えば、自分がなくなる。
そう怯えている。
ナノの胸が痛んだ。
この魔物も、最初からこうだったとは限らない。
誰かに石を埋め込まれ、力を与えられ、欲に縛られた。
けれど、止めなければ被害が広がる。
「右肩の黒錆は壊さないで! 粉が広がります! 肩と腹の接続線を切ってください!」
ロガが前へ出た。
「俺がやる!」
「危ない!」
「お前が位置を言え!」
ロガは複合魔石個体の左側へ滑り込み、小槌を低く構える。
ナノには接続線が見える。
右肩から胸を通り、腹部の核へ。
「胸の下! 赤黒い線が細くなる場所!」
「ここか!」
ロガの小槌が入った。
鈍い音。
黒錆の接続線が切れた。
右肩の赤黒い光が弱まる。
複合魔石個体が膝をついた。
腹部の核が露出する。
「グレンさん、今です!」
グレンが戦槌を両手で握る。
白剛石が強く光る。
「白剛震槌――穿芯!」
真っ直ぐな一撃が、腹部の人工核を打ち抜いた。
黒い石に亀裂が走る。
複数の魔石筋が一斉に消えた。
複合魔石個体の体が大きく震える。
青白い片目が、ナノを見た。
「イシ……イラナイ……」
掠れた声。
その言葉を最後に、体から力が抜けた。
石床へ崩れ落ちる。
保管路に静寂が戻った。
散らばった魔石の光が、1つずつ消えていく。
ナノは石眼を閉じた。
頭が熱い。
右腕も重い。
けれど、黒錆へ手を伸ばしたい欲はなかった。
目の前の魔石喰いの姿が、欲の行き着く先を見せていた。
ロガが肩を押さえながら近づいてくる。
「戻ってるか」
ナノは顔を上げた。
「うん。戻ってる」
「よし」
それだけ言って、ロガはその場へ座り込んだ。
ナノも隣へ座る。
ミラがすぐに2人の治療へ入った。
グレンは砕けた人工核を拾い上げる。
表面には、王都の神託塔で見た紋様に似た細い刻印があった。
グレンの顔が険しくなる。
「これはドワーフの技術ではない」
ナノは息を呑んだ。
「じゃあ、誰が……」
「調べる必要がある」
ラウネが人工核を封印箱へ入れた。
魔石を無理やり繋ぎ、魔物を魔石喰いへ変えた存在。
その背後には、坑道街だけでは終わらない何かがある。
*
数日後、保管路の安全が確認された。
魔石狩り班は、回収された魔石を1つずつ分類し直した。使えるもの、精錬が必要なもの、封印すべきもの。ナノもその作業へ加わった。
以前なら、目の前に並ぶ魔石を自分の力として見ていた。
今は違う。
この石は治療へ。
この石は坑道補強へ。
これは研究へ。
これは危険だから封印。
選び、残し、繋いでいく。
それが魔石狩りの仕事だった。
作業を終えた夕刻、ダルガがナノへ言った。
「第3章の試練は終わりだ」
「終わり……」
「ああ。お前は魔石を欲するだけの者から、魔石を選べる者になった」
ナノは胸元の魔石狩り班の札を握った。
完全黒錆魔石は、まだ吸収していない。
それでも焦りは以前より薄かった。
「次は何をするんですか」
グレンが答えた。
「ドワーフ領の外へ出る」
ナノの目が大きくなる。
「外へ?」
「ああ。人工核の刻印を調べるには、この坑道街だけでは足りん。それに、お前の【石】も、ドワーフの石だけで育て続ける段階を終えつつある」
ロガが顔をしかめる。
「まさか、こいつ1人で行かせる気じゃないよな」
グレンはロガを見る。
「誰もそう言っていない」
「なら、俺も行く」
「勝手に決めるな」
「決めた」
ナノはロガの横顔を見て、少し笑った。
「ありがとう」
「まだ連れていくって決まってねぇ」
「でも来るつもりなんでしょ」
「……相棒だからな」
今度は照れながらも、否定しなかった。
ナノは坑道街を見渡した。
黒鉄炉の火。
鉱脈灯。
グレンの工房。
ミラの治療室。
ラウネのギルド。
谷底から辿り着いたこの街は、いつの間にか自分の居場所になっていた。
ここで無能ではないと証明した。
石を磨いた。
魔石を狩った。
欲に飲まれかけ、何度も戻った。
そして今、外の世界へ向かう。
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り――完。
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