第54話 ギルド坑道の異変
魔石狩り班の札を受け取った翌朝、喜びに浸る時間はほとんど残されていなかった。
ガルバ坑道街の下層で、警鐘が鳴った。
ごん。
ごん。
ごん。
鍛冶の槌音とは違う。短く、不揃いで、岩壁の内側を叩くような音。坑道内で崩落や魔物の大量発生が確認された時に鳴らされる警鐘だった。
ナノは黒鉄炉の作業台から顔を上げた。
「今の……」
「警鐘だ!」
ロガが椅子を蹴るように立ち上がる。
工房の外では、ドワーフたちが一斉に動き始めていた。火を落とす者、武器を取る者、子どもや非戦闘員を上層へ誘導する者。赤い炉の光の中で、街全体が巨大な生き物のように方向を変えていく。
グレンが戦槌を手に工房へ入ってきた。
「ギルド坑道の第2保管路で、魔物が湧いた」
「何が出たんですか」
ナノが聞く。
「まだ分からん。だが、保管されていた低級魔石が一斉に反応している」
低級魔石が反応。
その言葉に、ナノの石紋が熱を持った。
「誰かが魔石を使ってる?」
「可能性はある」
グレンの表情は硬かった。
「ただの魔物の侵入ではない。保管路の封印板が、内側から壊されている」
内側から。
ナノは喉を鳴らした。
保管されていた魔石が、自ら封印を壊すはずはない。何かが内部へ入り込み、魔石の力を吸っている。
ラウネが走ってきた。いつもの整った髪が少し乱れ、手には記録板ではなく短剣を握っている。
「保管路にいた職員2名は救出済み。1人が腕を硬直させている。ミラが治療中よ」
「魔石の種類は?」
グレンが聞く。
「鉄鋼、硬殻、黒錆粉小鬼、灰殻蟲。それから、研究用の鉄呪魔石が1つ」
ナノとロガが顔を見合わせた。
「鉄呪魔石……」
ゴブリンメイジから回収した魔石。
鉄粉を操る術式の癖を持っていた。
もし何者かがそれを使い、他の魔石を繋いでいるなら。
「魔石同士を、鉄呪で繋いでるのかもしれません」
ナノが言うと、ラウネが振り向いた。
「どういうこと?」
「鉄呪魔石は鉄粉を動かしました。保管路には鉱石粉や金属棚がある。誰かが術式を強めたら、魔石を別の魔石へ繋いで、力を集めることができるかも」
グレンが短く頷いた。
「あり得る」
ロガが小槌を握る。
「犯人はゴブリンメイジか?」
「普通の個体に、そこまでの術式は扱えん」
グレンの声が低くなる。
「別の何かだ」
*
第2保管路へ続く坑道は、薄い銀色の粉で覆われていた。
床、壁、天井。
細かな鉄粉が蜘蛛の巣のような線を作り、奥へ伸びている。灯石の明かりが粉へ反射し、坑道全体が冷たい星空のように煌めいていた。
美しい。
だが、その美しさが異様だった。
鉄粉の線は脈打っている。一定の間隔で淡く光り、保管路の奥へ魔力を運んでいた。
「触るな」
グレンが言う。
「繋がっている。1本を切れば、別の場所で反応するかもしれん」
ナノは石眼を使わずに、線の流れを追った。
壁の棚から床へ。
床から天井へ。
複数の魔石の力が、中央へ集められている。
「全部、奥へ向かってます」
ナノが小声で言う。
ロガが眉を寄せる。
「こんなの、ゴブリンが作れるのかよ」
「分からない。でも……鉄呪魔石だけじゃない。黒錆粉の線も混じってる」
赤黒い粉が、銀色の線の隙間を走っている。
ナノの右腕が熱を持った。
その反応を察したロガが、すぐ横へ寄る。
「引かれてるか」
「少し。でもまだ大丈夫……じゃない。近づくほど強くなってる」
「なら、俺の声を聞け」
「うん」
保管路の扉は、内側から歪んでいた。
厚い鉄板が外へ押し広げられ、隙間から黒い霧が漏れている。霧の中では、小さな赤い光が何度も瞬いた。
グレンが戦槌を構える。
「開けるぞ」
扉を一撃で叩き落とす。
重い金属音が坑道を揺らした。
霧が広がる。
その奥に、異様な影が立っていた。
ゴブリンに似ている。
だが、細すぎた。
背丈は人族の少年ほどあり、四肢は枯れ枝のように長い。胸から腹にかけて複数の魔石が埋め込まれ、鉄鋼、硬殻、黒錆、鉄呪の光が不規則に脈打っている。
右手には、鉄粉を束ねた長い杖。
顔の半分は黒い鉱石で覆われ、残った片目だけが青白く光っていた。
ナノの石眼が、勝手に開きかける。
頭の奥に、途切れた文字が浮かんだ。
――複合魔石個体。
――種別判定不能。
――外部魔石、強制接続。
――名称……。
情報が乱れる。
ナノは額を押さえた。
「ナノ!」
ロガの声で石眼を閉じる。
謎の個体が口を開いた。
「イシ……ヲ……ヨコセ……」
言葉だった。
人の言葉に近い。
広間の空気が凍りついた。
魔物は杖を床へ打ちつける。
鉄粉の線が一斉に光った。
保管路に残された魔石が、悲鳴のような高い音を上げる。
グレンが戦槌を構え直す。
「全員、退路を確保しろ。こいつはただの魔物ではない」
ナノは胸元の2つの札と護符を握った。
第3章で集め、学んできた魔石が、今度は異様な形で繋ぎ合わされている。
魔石を見極め、無駄にしない者。
魔石を奪い、欲のままに繋ぐ者。
魔石狩りと魔石喰い。
その違いを突きつける存在が、目の前に立っていた。
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