第53話 魔石狩り班の証
最終適合試験から2日後、ナノは坑道ギルドの広間へ呼び出された。
右手にはまだ薄い包帯が巻かれている。黒錆の赤い線は消えたが、手首の内側には灰色の筋が残っていた。触っても痛くない。それでも見るたび、完全黒錆魔石へ手を伸ばした瞬間を思い出す。
広間には、普段より多くの者が集まっていた。
依頼板の前にいた冒険者たちも、酒場で朝から杯を傾けていたドワーフたちも、壁際へ寄って中央を空けている。広間の奥にはラウネ、グレン、ミラ、ダルガ、セリカが並んでいた。
「何が始まるんだろう」
ナノが小声で言うと、隣のロガは知らない顔をした。
「さぁな」
「ロガ、何か知ってるでしょ」
「知らねぇ」
「目が泳いでる」
「お前に言われたくねぇよ」
ラウネが記録板を閉じ、広間中央へ出た。
「ナノ。前へ」
「は、はい」
急に喉が乾いた。
集まった者たちの間を歩く。以前なら、これほど多くの視線を浴びれば俯いていた。神託塔で笑われた記憶が、足を止めていた。
今日は胸元の護符を握り、前を見た。
怖い。
でも、逃げたくはなかった。
ダルガが手にしているものが見えた。
小さな灰黒色の札。
鉄製の見習い証とは違う。表面には、槌、魔石、3本の採掘線を組み合わせた紋章が刻まれている。
「ナノ」
ダルガの声が広間へ響く。
「お前はこれまで、硬殻モグラ、鉄鋼ゴブリン、ゴブリンメイジ、石纏い蜥蜴、黒錆化前個体、黒錆粉小鬼の依頼に関わった」
並べられた名前を聞くたび、場面が浮かんだ。
湿った坑道。
魔物の熱。
ナイフを握る震え。
欲に引かれた右腕。
戻ってこいと叫ぶロガの声。
「魔石を壊さず取り出し、状態を記録し、危険な石を欲したことも隠さず報告した」
ナノの胸が痛んだ。
褒められることだけではない。
自分の危うさも、皆の前で語られている。
けれど、恥じるだけではなかった。
失敗しかけた。
飲まれかけた。
そのたびに戻った。
ダルガは続けた。
「魔石狩り班は、強い魔物を倒せる者だけを求めてはいない。石を見極め、命を無駄にせず、自分の欲も危険として扱える者を必要とする」
灰黒色の札が差し出される。
「本日より、ナノを魔石狩り班の準構成員として認める」
広間が静まり返った。
ナノは言葉を失った。
「俺が……魔石狩り班に?」
「まだ準構成員だ。単独依頼は禁止。上位魔石への接触にも監督がつく」
ダルガの目が少し柔らかくなる。
「だが、お前の目と手は、班に必要だ」
必要。
その言葉が胸の奥へ沈み、熱になって広がった。
神託塔では、無能とされた。
王都では、家族を引きずり落とす存在だった。
ここでは、自分の目と手が必要だと言われた。
ナノは札を受け取ろうとした。
だが、指が震えてうまく掴めない。
「す、すみません……」
「謝るな」
ダルガが低く言った。
「震えていても、落とさなければいい」
ナノは両手で札を受け取った。
冷たい。
重い。
見習い証を初めてもらった日より、さらに重く感じた。
「……ありがとうございます」
声が詰まる。
目に涙が浮かび、視界が滲んだ。
「俺、まだ弱いです。黒錆にも飲まれかけるし、戦いで止まることもあります。それでも……必要だと言ってもらえたことを、無駄にしません」
ダルガは頷いた。
「弱いことは知っている」
広間の何人かが小さく笑う。
ナノも涙のまま苦笑した。
「でも、折れずに戻ることも知っている」
その一言で、ナノは俯いた。
今度は逃げるためではなく、涙を見られたくなかったからだ。
背後から、ロガの声がした。
「おい、泣きすぎだろ」
「……泣いてない」
「どう見ても泣いてる」
「石眼の反動」
「2日前の反動が残るかよ」
広間に笑いが広がった。
馬鹿にする笑いではない。
温かく、自分をその場へ入れてくれる笑いだった。
ロガがナノの隣へ並ぶ。
「で、俺の相棒が準構成員になったわけだけど」
「今、普通に相棒って言ったね」
「うるさい。今日はいいんだよ」
「今日だけ?」
「調子に乗るな」
ラウネが小さく咳払いした。
「ナノ。札を胸元につけて」
ナノは見習い証の横へ、魔石狩り班の札をつけた。
鉄と灰黒色、2つの札が並ぶ。
胸元には黒脈石の護符。
どれも、自分1人で得たものではない。
グレン、ミラ、ラウネ、ダルガ、セリカ、そしてロガ。
多くの声と手に支えられて、ここまで来た証だった。
広間の奥で槌が1度だけ鳴らされた。
かん。
魔石狩り班へ新しい者を迎える、地底の短い祝福だった。
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