表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/62

第52話 黒錆魔石の最終試験

 最終適合試験の日、黒鉄炉の槌音は完全に止められていた。


 いつもなら地底の朝を知らせる重い音がない。炉の火が燃える低い唸りと、冷却水が管を流れる音だけが精錬室へ届いている。音が少ないせいで、ナノ自身の呼吸と心臓の鼓動が異様に大きく聞こえた。


 石台の上には5つの石が置かれていた。


 白鈍石。


 低級鉄鋼魔石。


 鱗硬化魔石。


 黒錆化前魔石。


 そして、完全な黒錆魔石。


 赤黒い欠片は、一次精錬を終えている。それでも内部に走る線は獣の血管のように脈打ち、灯石の光を押し返すような暗い艶を放っていた。


 ナノは目を逸らさなかった。


 右腕が熱い。


 胸も苦しい。


 まだ触れていないのに、体内の【石】が魔石を欲しがっている。


「ナノ」


 ミラが名を呼ぶ。


 ナノは彼女を見る。


「何を感じてる?」


「欲しいです。今すぐ触りたい。昨日より強いです」


「怖さは?」


「あります。でも……欲しい気持ちの方が大きくなりそうで、それが怖いです」


 ミラは頷いた。


「言えているうちは戻れるわ」


 壁際にはロガが立っている。緊張で顎に力が入っていた。ナノと目が合うと、彼は拳で自分の胸を軽く叩いた。


「変になったら呼ぶ」


「うん。聞く」


「絶対に聞け」


「聞くよ」


 グレンが黒脈石の護符を石台中央へ置いた。


「始める。完全黒錆との共鳴時間は5つ数えるまでだ」


「5つ……」


「前段階の石で体を作り、最後に黒錆を重ねる。目的は力を出すことではない。共鳴を自分で切ることだ」


「自分で、切る」


「俺が遠ざける前に、お前自身が『終わり』を選べ」


 ナノは両手を石台に置いた。


 冷たい石の感触が掌へ伝わる。


 白鈍石の粉が、石紋の熱を穏やかにする。


 低級鉄鋼魔石が近づけられた。


 硬さの芯が生まれる。


 鱗硬化魔石。


 熱が薄い層になり、右腕から肩、胸へ散る。


 黒錆化前魔石。


 赤黒い熱が層の隙間へ入り込む。荒い。けれど、今まで何度も触れてきた熱だ。


「百錬成鋼……微」


 石紋が白く光った。


 ここまでは耐えられる。


 指も動く。呼吸もできる。右腕は重いが、自分の意思で開閉できる。


 グレンの手が、完全な黒錆魔石の小瓶へ伸びた。


 ナノの喉が鳴る。


「来るぞ」


 小瓶が護符へ近づいた。


 瞬間、赤黒い熱が右腕を貫いた。


「あっ……!」


 声が漏れた。


 熱ではない。


 獣の牙で内側から噛まれたような痛みだった。筋肉が硬く縮み、指が勝手に握り込まれる。皮膚の下を黒い線が走る感覚。心臓の鼓動に合わせ、もっと、もっと、と力が脈打つ。


「一」


 グレンの声。


 ナノは歯を食いしばった。


 強い。


 これが欲しかった。


 今なら石壁を砕ける。


 鉄鋼ゴブリンも、灰鋼オークも、あの日の魔物さえ。


「二」


 父と母の姿が浮かぶ。


 もっと早くこの力があれば。


 あの夜、自分が弱くなければ。


 右手に力が集まる。


「ナノ、顔!」


 ロガの声が飛んだ。


 ナノは気づいた。


 自分は父と母を救う想像ではなく、魔物を叩き潰す想像をしていた。


 守りたいという願いが、壊したい欲へすり替わっている。


「三」


 黒錆が囁く。


 もっと近づけ。


 瓶を掴め。


 吸え。


 自分のものにしろ。


 ナノの左手が、石台の上を滑った。


 完全黒錆魔石へ伸びていく。


「ナノ!」


 ロガの怒鳴り声。


 戻ってこい。


 言葉にされていないのに、そう聞こえた。


 ナノは伸ばした左手を止めた。


 右腕は痛い。


 胸が苦しい。


 でも、まだ声は出る。


「欲しい……!」


 震える声で叫んだ。


「すごく欲しい! 父さんと母さんを助けられなかった自分を、全部壊せるくらい……欲しい!」


 ミラが息を呑む。


 グレンは魔石を遠ざけなかった。


 ナノ自身が選ぶのを待っている。


「四」


 右腕の皮膚に、赤黒い細線が浮かぶ。


 ここで続ければ、もっと力が来る。


 資格が欲しい。


 成功したい。


 弱い自分へ戻りたくない。


 けれど、黒脈石の護符が掌の下で冷たく震えた。


 中心を折るな。


 粗くても、弱くても、自分で選べ。


 ナノは息を吸った。


 喉が痛い。


 声は掠れていた。


「……終わりです」


 グレンの目が細くなる。


「聞こえん」


 ナノは石台を握り、声を絞り出した。


「俺が終わりを決める! もう止めます!」


 ナノは百錬成鋼を解除した。


 鉄鋼の芯が薄れ、鱗の層がほどける。黒錆の熱が右腕へ集中しようとしたが、ナノは護符を握り、深く息を吐いた。


 グレンが完全黒錆魔石を遠ざける。


 赤黒い熱が一気に引いた。


 ナノは石台へ崩れ落ちた。


「ナノ!」


 ロガが駆け寄り、肩を抱える。


 ミラはすぐに右手を開かせた。赤黒い線は手首まで伸びていたが、肘には届いていない。指は震えている。それでも動いた。


「指を開いて」


「……はい」


 重い。


 だが、開く。


「閉じて」


 閉じる。


 ミラは大きく息を吐いた。


「硬直なし。石紋の暴走も止まってる」


 ナノは荒い呼吸のまま、グレンを見上げた。


「俺……止められましたか」


 グレンは完全黒錆魔石を箱へ戻し、蓋を閉めた。


「ああ」


 短い一言だった。


 それだけで、ナノの目に涙が滲んだ。


「黒錆を宿す資格はある。ただし、吸収するにはまだ早い」


「まだ、なんですね」


「当然だ」


 悔しさはあった。


 だが、それ以上に安堵があった。


 欲しいと認めても、従わずに戻れた。


 ロガがナノの頭を軽く小突く。


「手、伸ばした時は本気で殴ろうかと思ったぞ」


「殴らなくてよかった」


「次は殴る」


「次は自分で止まるよ」


「絶対だな?」


 ナノは涙を拭い、頷いた。


「絶対、とは言わない。でも、止まれなくなったら呼んで。俺は必ず聞く」


 ロガは少しだけ顔を歪め、そっぽを向いた。


「……なら、何回でも呼ぶ」


 黒錆魔石の最終試験は終わった。


 ナノはまだ力を手に入れてはいない。


 だが、力を手に入れるより先に必要なものを、自分の意思で掴んだ。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

続きが気になったら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ