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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第51話 黒錆を宿す資格

 黒錆共鳴の実戦訓練から一夜明けても、ナノの右手には魔石の感触が残っていた。


 指を開けば、掌の奥で乾いた砂を擦り合わせるような違和感が鳴る。目には見えない。皮膚も人の色を保っている。それでも、拳を握るたびに薄い鉱石の膜が骨へ絡みついてくるようだった。


 治療室の灯石は、いつもより弱く絞られていた。淡い黄色の明かりが石壁を撫で、棚に並んだ薬瓶の影を細長く引き伸ばしている。部屋には煎じた薬草の苦い匂いと、雨上がりの土に似た湿った匂いが籠もっていた。


「動かすたびに痛む?」


 寝台の横で、ミラが右手を持ち上げた。


「痛いというより……中に何かが残ってる感じです。指を閉じると、俺より先に腕が硬くなろうとするような」


「それを違和感として感じられているなら、まだ大丈夫。自分の腕と黒錆の力を区別できている証拠だから」


「区別できなくなったら?」


 口にしてから、ナノの喉がきゅっと狭くなった。


 ミラは誤魔化さなかった。


「石化硬直が始まるわ。最初は指。次に手首、肘。進めば肩から胸へ入る。そこまで行ったら、呼吸も危険になる」


 ナノは右手を見つめた。


 黒錆の力は強い。


 鉄殻鼠を潰さずに押さえ込んだ時、その硬さは確かに頼もしかった。だが一歩間違えば、守るための力が自分の胸を締めつける。


「……怖いです」


「ええ。怖がっていていいのよ」


「でも、手放したくないとも思ってます」


 ナノは言葉を選ぶように、ゆっくり続けた。


「これがあれば、前に立てる気がするんです。グレンさんや父さんみたいに、誰かを逃がす側に。でも、そう思った瞬間に、もっと欲しくなる自分もいて……それが一番怖い」


 ミラは包帯を巻く手を止め、ナノの顔を見た。


「ナノ。守る側になることと、1人で全部背負うことは違うわ」


「……はい」


「その返事、まだ納得していないでしょう」


 図星だった。


 ナノは視線を落とした。灰色の床石に、自分とミラの影が並んでいる。自分の影は細く、頼りない。あの日、魔物の前に立った父の背中とは似ても似つかない。


「守られてばかりなのが、悔しいんです」


 声が掠れた。


「父さんと母さんにも、グレンさんにも、ロガにも。俺が弱いから、いつも誰かが前に立つ。それが……情けなくて」


「だったら、守られたことを恥じるんじゃなくて、次に返せる力を育てなさい。急いで壊れるのは、恩返しじゃないわ」


 優しい声だった。


 けれど、その言葉は鋭く胸へ入った。


 扉が軽く叩かれる。


「入っていいか?」


 ロガの声だった。


 以前のように、いきなり開けてこない。


 ミラが小さく笑う。


「どうぞ」


 ロガは扉を開け、片手に包みを持って入ってきた。焼いた黒麦パンと、肉の煮込みらしい。湯気と一緒に香草の匂いが広がった。


「グレン親方が、食わせろって」


「グレンさんが?」


「正確には『共鳴後に食わん奴は次の試験を受けさせん』だ」


「やっぱりグレンさんだね」


 ナノが笑うと、ロガは包みを置き、右手を覗き込んだ。


「まだ重いのか」


「少し。動くけど」


「嘘は?」


「ない」


「なら食え」


 ロガは椅子へ腰を下ろしたが、右手から視線を外さなかった。


「ロガ」


「なんだ」


「昨日、呼んでくれてありがとう」


「またそれかよ」


「潰したいって思った時、自分だけだったら止まれなかったかもしれない」


 ロガは眉を寄せた。怒っているように見えたが、声は低く沈んでいた。


「……止まれなかったかもしれない、じゃなくて、止まれ。俺がいなくてもだ」


「うん」


「でも、俺がいる時は呼ぶ。何回でも」


 ナノは目を瞬いた。


「面倒じゃない?」


「面倒だよ。お前は本当に面倒だ」


 ロガは吐き捨てるように言い、視線を逸らした。


「でも、相棒が魔石に喰われる方が、もっと面倒だ」


 胸の奥が熱くなった。


 黒錆とは違う熱だった。痛みも欲もない。ただ、息をするのが少し苦しくなるほど温かい。


「……うん。俺もロガが危ない時は呼ぶ」


「俺は魔石に突っ込まねぇ」


「でも怒ると周りが見えなくなる」


「それは今関係ないだろ」


 ミラが声を殺して笑った。


 その時、廊下の奥から重い足音が近づいた。


 グレンが扉の前に立つ。手には黒い金属箱を持っていた。


「話は終わったか」


「何の用ですか」


 ナノが身を起こすと、グレンは箱を机へ置いた。


 中には、精錬済みの黒錆化前魔石と、完全な黒錆魔石が別々の小瓶に収められていた。


 赤黒い光を目にした瞬間、ナノの右腕が熱を帯びた。


 欲しい。


 反射的にそう思った。


 だが、手は伸ばさなかった。


 護符を握り、熱が自分のものなのか、魔石に引かれているのかを確かめる。


 グレンがその様子を見ていた。


「明日、最終適合試験を行う」


 ナノの心臓が大きく鳴った。


「完全な黒錆魔石を……?」


「吸収ではない。完全黒錆との共鳴を保ち、自分の意思で切る。それができれば、お前には黒錆を宿す資格がある」


「できなければ?」


「しばらく封印する」


 ナノは黒い金属箱を見つめた。


 ここまで積み上げてきたものが、明日試される。


 怖い。


 失敗したくない。


 欲しい。


 それでも、以前とは違う。


 資格とは、力を欲しがることではない。力を前にして、自分で止まれることなのだ。


「受けます」


 ナノは顔を上げた。


「怖いです。でも、欲しいだけのまま終わりたくありません。俺が黒錆を使うのか、黒錆に使われるのか……明日、確かめます」


 グレンは静かに頷いた。


「その言葉を、明日も忘れるな」

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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