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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第50話 黒錆共鳴、実戦へ

 黒錆粉小鬼の依頼から2日後、ナノは再び廃坑浅層に立っていた。

 前回と同じ場所だ。古い鑿跡の残る岩壁、薄く積もった石粉、弱い灯石の光。けれど、ナノの胸の中は前回とは違っていた。

 怖さはある。

 黒錆に触れるのは、まだ怖い。右腕が自分のものではなくなる感覚も、欲に引かれる瞬間も、思い出すだけで喉が乾く。

 だが、それを隠す必要はないと知った。

 怖いと言える。

 欲しいと言える。

 危ないと思ったら止めると言える。

 そして、戻ってこいと言ってくれる声がある。

 ロガが隣に立っていた。

「今日は何回止めればいい?」

「できれば止められずに終わりたい」

「できれば、か」

「絶対って言うと嘘っぽいから」

「まあ、今の方が信用できるな」

 ロガは小槌を肩に乗せた。

 グレンは石台の前に立っている。今回は共鳴用の魔石だけではなく、訓練用の魔物も用意されていた。

 硬殻モグラに似た小型魔物、鉄殻鼠。

 背中に薄い鉄殻を持ち、素早く走るが、危険度は低い。魔石も小さく、訓練用として使われることがあるらしい。

 ミラは少し離れた場所で腕を組んでいる。

「ナノ。今日は実戦形式だけど、無理をしたら即終了よ」

「はい」

「右腕の硬直、胸の苦しさ、視界の白濁」

「全部、出たら言います」

「よろしい」

 グレンが言う。

「目的は黒錆共鳴を保ったまま、鉄殻鼠の動きを止めること。倒す必要はない。魔石を壊さず、背殻を傷つけず、足を止める」

「はい」

「黒錆の力を攻撃に使うな。硬さを保つだけだ」

 ナノは頷いた。

 攻撃に使いたくなるだろう。

 強く叩けば簡単に止められるかもしれない。だが、それでは黒錆に飲まれる。今日やるべきことは、強くなることではなく、保つことだ。

 石台に魔石が並ぶ。

 鉄鋼魔石。鱗硬化魔石。黒錆化前魔石。

 ナノは右手を置いた。

 硬さの芯が生まれる。

 鱗の層が広がる。

 黒錆の赤黒い熱が、右腕に触れる。

「っ……」

 怖い。

 欲しい。

 だが、今日はその感情を言葉にする。

「欲しいです。でも、まだ大丈夫。右腕に来てます。肩にも散ってます」

 ミラが頷く。

「続けられる?」

「続けられます。長くは無理です」

 グレンが短く言う。

「始めろ」

 鉄殻鼠が放たれた。

 小さな体が石粉を蹴って走る。速い。背中の薄い鉄殻が灯石の光を弾き、黒い線になって視界を横切る。

 ナノは槌を構えた。

 黒錆共鳴を保った右腕は重い。だが、動く。指も開く。前回よりも、自分の腕として扱えている。

 鉄殻鼠が左へ跳ぶ。

 ナノは追いかけない。

 足元を見る。

 石粉の舞い方。爪の跡。体の傾き。

「右に戻る……」

 小さく呟き、半歩だけ位置をずらす。

 鉄殻鼠が予想通り右へ戻った。

 ナノは槌を振り下ろさない。

 柄を低く出し、前脚の進路を塞ぐ。

 鉄殻鼠がつまずく。

 背殻は傷つけない。

 魔石も壊さない。

 止めるだけ。

「今だ」

 グレンの声。

 ナノは右手で鉄殻鼠の背を押さえた。

 黒錆の熱が、手の中で暴れようとする。

 潰せ。

 砕け。

 もっと硬くなれ。

 その衝動が一瞬走った。

 ナノの手に力が入りかける。

「ナノ」

 ロガの声。

 短い。

 でも、それだけで戻れた。

 ナノは息を吐いた。

「……潰したくなった。でも、止めます」

 力を抜く。

 鉄殻鼠は押さえられたまま動けない。

 背殻は割れていない。

 魔石も無事。

 グレンが歩み寄り、鉄殻鼠を回収した。

「成功だ」

 その一言で、ナノの体から力が抜けた。

 黒錆化前魔石が遠ざけられ、右腕の熱が薄れていく。ナノはその場に膝をついた。

 ロガが慌てて近づく。

「おい、大丈夫か」

「大丈夫……じゃなくて、疲れた。でも、戻れた」

「だな」

 ロガの声には、はっきり安堵があった。

 ミラが掌を確認する。

「赤みはある。でも暴走していない。右腕も動くわね」

 ナノは右手を開いた。

 震えている。

 でも、動く。

 グレンが言った。

「黒錆共鳴、実戦での初期制御に成功。まだ短時間だが、戦闘中に戻れた」

 ナノは右手を見つめた。

 強い技を放ったわけではない。

 魔物を倒したわけでもない。

 ただ、潰したい衝動を抑え、止めるだけで終えた。

 けれど、それが今のナノにとっては何より大きかった。

「俺……黒錆に触っても、戻れました」

 声が震えた。

 ロガが小さく笑う。

「俺が呼んだからな」

「うん。聞こえた」

「なら次も聞け」

「うん」

 黒鉄炉の遠い槌音が、廃坑の壁を伝って響いてきた。

 黒錆魔石はまだ遠い。

 けれど、ナノはその入口で、初めて自分の足で立てた気がした。

 第3章の魔石狩りは、いよいよ黒錆適合の本番へ近づいていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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