第49話 黒錆粉小鬼の魔石
坑道ギルドの危険魔石記録室で、黒錆粉小鬼の魔石が石台に並べられた。
小瓶は3つ。どれも赤黒い砂を固めたような魔石で、表面がざらついている。完全な黒錆魔石ほど強くはない。黒錆化前鉄鋼魔石ほど硬さの芯もない。だが、粉として広がる性質があるせいか、瓶越しでも空気に細かなざらつきを感じた。
ナノは小瓶から少し離れて立っていた。
近づきたい気持ちはある。だが、さっき坑道で何度も足が前に出かけたことを思い出すと、簡単には近づけなかった。
ラウネが記録板を手に言う。
「黒錆粉小鬼の魔石、3つ。状態はいずれも中程度。袋を破らずに回収できたため、粉の散逸は少ない」
ダルガが頷いた。
「ナノの読みが効いた。粉の流れを先に読めたのは大きい」
ナノは首を横に振った。
「でも、何度も近づきかけました。ロガが止めてくれなかったら、たぶん危なかったです」
ラウネは記録の手を止めた。
「それを報告できるなら、良い報告よ」
「失敗じゃないんですか」
「失敗しかけたことを隠す方が失敗。特に危険魔石ではね」
ナノは小さく頷いた。
ミラが右腕を確認する。
「赤みは昨日より薄い。でも、黒錆粉への反応は出ているわ。今日は共鳴試験はなし」
「はい」
即答できた自分に、ナノ自身が少し驚いた。
昨日までなら、少し残念そうな顔をしたかもしれない。いや、今も残念ではある。けれど、それ以上に休む必要が分かっていた。
グレンが記録室へ入ってきた。
彼は黒錆粉小鬼の魔石を見て、しばらく何も言わなかった。
「これは黒錆魔石への適合に直接使う石ではない」
ナノは少し意外だった。
「使えないんですか」
「使えないわけではない。だが、硬化ではなく拡散の性質が強い。お前が今必要としているのは、硬さを保ちながら偏らせないことだ。粉の性質を先に入れると、石紋が散りすぎる」
「散りすぎる……」
「力がまとまらなくなる。黒錆を制御する前に、黒錆粉の拡散を入れるのは危険だ」
ナノは小瓶を見つめた。
必要な石と、今は必要ではない石。
力になりそうなものでも、順番を間違えれば危険になる。
「じゃあ、この魔石は」
「研究と粉対策に使う。お前の適合用ではなく、坑道の安全用だ」
その言葉に、ナノは少しだけ胸が軽くなった。
全部を自分の力にしなくていい。
魔石は自分が強くなるためだけにあるのではない。坑道を守るため、誰かを治すため、危険を防ぐためにも使われる。
ダルガが言った。
「魔石狩りで大事なのは、持ち帰った石をどう使うかだ。自分に合わない石を無理に飲み込む者は、魔石狩りではなく魔石喰いだ」
魔石喰い。
その言葉は嫌な響きを持っていた。
ナノは黒錆に引かれた自分を思い出す。もしロガが止めてくれなかったら。もし欲しいという衝動に従っていたら。自分も、魔石狩りではなく魔石喰いになっていたかもしれない。
「俺は……魔石喰いにはなりたくないです」
声に力が入った。
グレンが静かに頷く。
「なら、選べ。欲しい石ではなく、今必要な石を選ぶ。それができるようになれ」
「はい」
ロガが横から言う。
「じゃあ、今日の黒錆粉小鬼の魔石は見送りだな」
「うん。……少し欲しいけど、今じゃない」
「言えるなら大丈夫だ」
ロガの声は、前より少し柔らかかった。
*
その夜、ナノは黒鉄炉の隅で黒脈石の護符を磨いていた。
戦闘でついた細かな汚れを布で落とす。黒脈石の表面には、最初に作った時の歪みがまだ残っている。完全な形ではない。けれど、その歪みすら今は自分らしいと思えた。
ロガが隣に座る。
「まだ磨いてんのか」
「うん。今日はこれを磨きたかった」
「なんで」
「黒錆粉小鬼の魔石を見て、全部を欲しがらなくていいって思ったから。だから、自分の石をちゃんと見直したくなった」
ロガは少し黙った。
「変なこと言うけど、分からなくはない」
「ロガも変なこと言うんだね」
「うるさい」
ナノは笑った。
黒脈石の護符が、灯石の光を受けてわずかに光る。
強くなることは、何でも取り込むことではない。
選ぶこと。
止まること。
戻ること。
今日の依頼は、それを教えてくれた。
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