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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第48話 戻ってこいの声

 黒錆粉小鬼の魔石を回収する作業は、いつも以上に慎重だった。

 背中の袋を傷つければ、残った黒錆粉が一気に舞う。セリカは袋の根元を糸で縛り、ダルガが魔石の位置を確認する。ナノは少し離れた場所で見ていた。右腕にはまだ共鳴の余熱が残っている。

 見たい。

 近づいて、魔石の状態を確かめたい。

 黒錆粉小鬼の魔石は、黒錆魔石そのものではない。だが、黒錆粉を溜め込む個体の魔石だ。きっと、黒錆への反応を知る手がかりになる。

 ナノの足が、わずかに前へ出た。

「ナノ」

 ロガの声が低く飛んだ。

 ナノは止まった。

「……ごめん。今、近づきかけた」

「知ってる。だから呼んだ」

 ロガはナノの横に立ったまま、魔石の方を見ないようにしている。いや、見ないようにしているのではない。ナノの動きを見ているのだ。

「ロガ、ずっと俺を見てると疲れない?」

「疲れる」

「即答なんだ」

「でも、見てない方がもっと疲れる。お前、危なっかしいからな」

 ナノは苦笑した。

「自分でもそう思う」

「思うなら、少しは大人しくしてろ」

「してるつもり」

「つもりで足が前に出るのが問題なんだよ」

 返す言葉がなかった。

 ダルガが回収した魔石を小瓶に入れる。小瓶の中には、黒というより赤黒い砂が固まったような魔石があった。表面はざらつき、中心に小さな黒い芯がある。

 黒錆粉小鬼の魔石。

 ナノの右腕がまた熱を持った。

 ロガが気づく。

「熱いのか」

「うん。でも、さっきよりは小さい」

「嘘じゃないな?」

「嘘じゃない」

「ならいい」

 その時、通路の奥から音がした。

 かり、かり。

 爪で石を引っ掻くような音。

 ダルガが片手を上げる。

「まだいる」

 全員が構える。

 岩陰から出てきたのは、黒錆粉小鬼ではなかった。

 小さな四足の魔物。背中に薄い鉄片のような殻を持ち、鼻先で黒錆粉を舐め取っている。目はほとんど退化しているのか、白く濁っていた。

「粉舐め鼬だ」

 セリカが低く言った。

「黒錆粉の残りを食べに来る掃除屋みたいな魔物さ。弱いけど、粉を体内に溜める」

 粉舐め鼬は、こちらを見るなり逃げようとした。

「逃がすな。坑道内に黒錆粉を運ばれる」

 ダルガの声。

 ナノは動きかけたが、ロガが止めた。

「お前は見る」

「でも」

「見る」

 強い声だった。

 ナノは歯を食いしばり、足を止めた。

 見る。

 粉舐め鼬は小さい。速い。だが背中の殻が重いせいで、曲がる時に外へ膨らむ。逃げ道は右の細い隙間。

「右の隙間に行きます! 曲がる時、外へ膨らむ!」

 セリカが投げ刃を放つ。

 刃は魔物ではなく、右の隙間の手前に刺さった。粉舐め鼬は驚いて進路を変える。

 そこへロガが踏み込んだ。

「俺が行く!」

 ロガの小槌が床を叩き、粉舐め鼬の進路を塞ぐ。ダルガが網を投げた。魔物は絡め取られ、暴れる。

 ナノは思わず一歩近づいた。

「ナノ!」

 ロガの声が飛ぶ。

 戻ってこい、という声ではなかった。だが、その響きは同じだった。

 ナノは止まった。

 右腕の熱が引く。

「……ごめん」

「謝るより、止まれたことを覚えろ」

 ロガの声は荒かった。息も上がっている。粉舐め鼬を押さえながら、それでもナノを見ていた。

 胸が痛んだ。

 自分が危ういせいで、ロガは戦いながらこちらまで見なければならない。

「ロガ、俺……」

「今言うな。あとで聞く」

 ロガはそう言って、粉舐め鼬を押さえた。

     *

 依頼を終えて戻る途中、ナノはずっと黙っていた。

 坑道の壁には灯石の光が細く伸びている。石粉が舞い、口元の布に黒い点を作っていた。

 ロガが隣を歩く。

「で、さっき何言おうとした」

 ナノは少し迷ってから言った。

「俺のせいで、ロガに負担をかけてる」

「今さらだな」

「そこは否定してほしかった」

「嘘は言わねぇ」

 ロガは前を見たまま続けた。

「でも、俺が見てるって決めた。だから、それは俺の仕事だ」

「仕事……」

「相棒の仕事だろ」

 ナノは足を止めかけた。

 ロガも自分が何を言ったか気づいたらしく、顔をしかめた。

「今のは……」

「うん」

「言い間違いじゃない」

 ロガは小さく吐き捨てるように言った。

「お前が黒錆に持ってかれそうになったら、俺が戻す。俺が突っ走ったら、お前が止めろ。それでいいだろ」

 ナノの胸の奥が熱くなった。

 黒錆の熱とは違う。

 もっと柔らかく、苦しいほど温かいものだった。

「うん。俺も、ロガを止める」

「俺はお前ほど危なっかしくねぇよ」

「でも、照れるとすぐ怒る」

「それは関係ないだろ!」

 久しぶりに、ナノは自然に笑った。

 坑道の冷たい空気の中で、その笑い声は小さく響いた。

 戻ってこいの声。

 それはナノを黒錆から引き戻す、もうひとつの護符になり始めていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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