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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第46話 黒錆共鳴の実地訓練

 黒錆共鳴を戦闘で保つ。

 グレンがそう告げた翌朝、ナノは黒鉄炉の前で右手を何度も開いたり閉じたりしていた。

 炉の火はまだ朝の低い温度だった。赤というより、黒い炭の奥でじっと息を潜めるような色をしている。岩壁には薄い煤が積もり、鍛冶場の空気には鉄粉と灰の匂いが混じっていた。いつもならその匂いは落ち着く。けれど今日は、胸の奥がざらついていた。

 右手の中に、昨日の黒錆化前魔石の熱がまだ残っている気がする。

 痛みではない。だが、忘れようとすると、逆に思い出す。赤黒い熱。硬くなりたいという衝動。触れたい、取り込みたい、もっと先へ進みたいという欲。

 ナノは胸元の黒脈石の護符を握った。

「怖い顔してんな」

 横からロガの声がした。

 ナノは振り向いた。ロガは小槌を腰に下げ、腕を組んで立っていた。いつものように少し不機嫌そうな顔をしているが、目はナノの右手から離れていない。

「怖いよ」

 ナノは正直に答えた。

「昨日は座ってたから、止められた。でも戦いながら同じことができるか分からない」

「分からないなら、分からないって顔でいろ。できるふりするより百倍ましだ」

「ロガって、たまにちゃんといいこと言うよね」

「たまにってなんだよ」

 ロガは眉を寄せたが、怒ってはいなかった。

 そこへグレンが現れた。手には黒い布に包まれた小瓶を持っている。瓶の中身は見えない。それでもナノの右腕がじり、と熱を持った。

 黒錆化前魔石。

 精錬済みの、まだ完全ではない黒錆の力。

「今日の訓練は、実地と言っても討伐ではない」

 グレンは布包みを石台に置いた。

「廃坑の浅層で、黒錆共鳴を短く発動し、硬化を保ったまま移動する。敵は出ても低級だ。目的は倒すことではない。共鳴に飲まれず、戻ることだ」

「戻ること……」

 ナノは小さく繰り返した。

 ミラも来ていた。薬草袋を腰に下げ、ナノを見る目はいつも以上に厳しい。

「ナノ、今日は少しでも右腕が動かしにくくなったら中止よ。『まだいけます』は禁止」

「はい。……言いそうになったら、先に言います。たぶん、言いたくなってますって」

 ミラは一瞬だけ目を丸くしたあと、少し笑った。

「いいわね。それなら止めやすい」

 ロガが横から言う。

「じゃあ俺は、こいつが変な目になったら止める」

「変な目って?」

「魔石を食いそうな目」

「そんな目してる?」

「してる時ある」

 ナノは否定できなかった。

 グレンは小瓶を持ち上げる。

「黒錆共鳴は、力を借りるだけだ。奪うな。吸うな。自分のものにしようとするな」

「借りるだけ……」

「そうだ。欲を出せば、黒錆は右腕へ偏る。恐怖で逃げれば、共鳴は崩れる。欲と恐怖の間に立て」

 言葉は短いが、重かった。

 欲と恐怖の間。

 今の自分は、まさにそこに立っている。

     *

 訓練場所は、ガルバ坑道街の外れにある浅い廃坑だった。

 使われなくなった採掘道で、壁には古い鑿の跡が残っている。灯石の明かりは少なく、通路は薄い灰色の闇に沈んでいた。足元には乾いた石粉が積もり、歩くたびに小さく舞い上がる。

 ナノは石台の上に置かれた小瓶を見た。

 瓶越しに、赤黒い光がかすかに揺れている。

 グレンが言う。

「鉄鋼魔石、鱗硬化魔石、黒錆化前魔石。この順で共鳴させる。時間は十数えるまで」

 ナノは頷いた。

 右手を石台に置く。

 鉄鋼魔石の熱が来る。硬さの芯。

 鱗硬化魔石の冷たい層が重なる。硬さが右腕だけに沈まず、肩へ、胸へ、薄く広がる。

 そして黒錆化前魔石。

「っ……」

 赤黒い熱が右腕に噛みついた。

 ナノは歯を食いしばる。欲が湧く。もっと強く。もっと硬く。今すぐ掴め。今すぐ自分のものにしろ。

 だが同時に、怖さも来る。腕が自分ではなくなる感覚。黒錆に引きずられる感覚。

「ナノ」

 ロガの声。

「戻ってこいよ」

 その声で、ナノは息を吸った。

「……戻る」

 小さく答え、百錬成鋼を微弱に発動する。

「百錬成鋼……微」

 右手の皮膚の下が、薄く硬くなった。灰色の膜が張るような感覚。赤黒い熱が、その膜の奥で暴れようとする。

 グレンが数える。

「一」

 ナノは立ち上がった。

「二」

 一歩進む。右腕が重い。だが動く。

「三」

 足元の石粉が舞う。鼻の奥が乾く。

「四」

 右手を開く。指は動く。

「五」

 欲が囁く。もう少し強くできる。

「六」

 ナノは護符を握った。

「七」

 胸が苦しい。

「八」

「ナノ、顔!」

 ロガの声が飛ぶ。

 ナノははっとした。右腕に熱を集めすぎていた。

「……危ない、です」

 自分で言えた。

 グレンが即座に黒錆化前魔石を遠ざけた。

 熱が引く。右腕にだるさが残る。ナノは膝をつきそうになったが、ロガが肩を支えた。

「おい、今の分かったか」

「うん……もっと強くできるって思った」

「それが危ねぇんだよ」

「分かってる。でも……言えた」

 ナノの声は震えていた。

 ミラが掌を確認する。

「赤みはある。でも暴走していないわ」

 グレンが短く頷いた。

「今日は成功だ」

「成功、なんですか。途中で危なかったのに」

「危ないと分かり、止められた。戦闘で最初に必要なのはそれだ」

 ナノは荒い息のまま右手を見た。

 まだ黒錆を使えたとは言えない。

 だが、黒錆に触れ、危うくなり、そして戻れた。

 小さな成功。

 けれど、今のナノには確かな一歩だった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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