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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第45話 黒錆共鳴の入口

 黒錆化前魔石の精錬は、前回の黒錆魔石よりも静かに始まった。


 精錬室の炉は青白く燃えている。火は小さいのに、部屋の中の空気は張り詰めていた。白鈍石の粉が入った皿、鉄鋼魔石の粉、鱗硬化魔石を薄く削った粉、そして黒錆化前魔石。石台に並べられた素材は、どれもナノがここ数日で関わってきたものだった。


 硬殻モグラの硬化魔石。


 鉄鋼ゴブリンの鉄鋼魔石。


 石纏い蜥蜴の鱗硬化魔石。


 黒錆化前鉄鋼魔石。


 それぞれの依頼が、単なる寄り道ではなかったのだと、ナノは今になって実感した。汚れた坑道を歩いたこと。魔物の目に迷ったこと。傷のない魔石を取り出したこと。ロガに止められたこと。その全部が、この石台の上に戻ってきている。


 グレンが黒錆化前魔石を金属の器に置いた。


「完全な黒錆魔石よりは軽い。だが油断すれば持っていかれる」


「はい」


「今日は精錬を見たあと、短い共鳴を試す」


 ナノの胸が跳ねた。


「今日、試すんですか」


「条件は揃った。だが、短い。触れるのは護符越しだ」


 ミラが横から言う。


「異常が出たら即中止。ナノ、分かっているわね」


「分かっています。続けたいと思っても、危ないと思ったら言います」


「よろしい」


 ロガは精錬室の壁際に立っていた。いつもより口数が少ない。ナノが見ると、ロガは小さく舌打ちした。


「なんだよ」


「緊張してる?」


「してるに決まってんだろ。お前がまた魔石の方へ歩き出したら、今度は蹴ってでも止める」


「蹴るのはやめてほしい」


「じゃあ頭を叩く」


「それも嫌だ」


「わがままだな」


 そのやり取りで、少しだけ肩の力が抜けた。


 精錬が始まる。


 グレンは黒錆化前魔石へ白鈍石の粉をかけた。赤黒い筋が一瞬強く光り、すぐに白い膜に抑えられる。次に鉄鋼魔石の粉。硬さの芯を整えるように、黒い光が中心へ沈む。最後に鱗硬化魔石の粉が振りかけられた時、赤黒い筋が一箇所に集まらず、薄い層へ分かれていくのが見えた。


 ナノは思わず息を呑んだ。


「……散ってる」


 グレンが手を止めずに聞く。


「何が見える」


「赤黒い線が、右腕みたいに一箇所へ伸びるんじゃなくて、薄く重なってます。鱗みたいに」


「石眼は使っていないな」


「はい。目で見えます」


 セリカが以前言った、記録の芯という言葉を思い出した。魔石はただ力を持っているだけではない。どう整えられ、どう使われるかで、進む道が変わる。


 冷却水へ魔石が落とされる。


 しゅう、と白い蒸気が上がった。水面に赤黒い光が揺れ、すぐに静まる。


 精錬後の黒錆化前魔石は、以前よりも暗くなっていた。赤黒い光は残っているが、暴れるような鋭さは薄い。表面には、細い灰色の層が浮いていた。


 グレンはそれを小皿に置き、黒脈石の護符を挟んでナノの前へ置いた。


「始める」


 ナノは両手を石台に乗せた。


 低級鉄鋼魔石が近づく。掌に硬さの熱が灯る。


 鱗硬化魔石が近づく。熱が右腕から肩、胸へ薄く広がる。


 そして、精錬済みの黒錆化前魔石が近づけられた。


 ナノの呼吸が止まりかけた。


 熱が来る。


 右腕に、赤黒い熱が流れ込もうとした。だが、前回のように一点へ突き刺さる感じではない。鉄鋼魔石の硬さが芯になり、鱗硬化の層がそれを広げる。黒錆の熱は荒い。怖い。けれど、完全には暴れていない。


 ナノは震える声で言った。


「来てます……右腕に。でも、肩にも散ってます。胸にも少し。痛いけど、前より……前より、俺の中で止まってます」


 ミラがすぐに聞く。


「続けられる?」


 欲が叫ぶ。


 もっと。


 もう少し。


 ここで押せば、黒錆が自分のものになるかもしれない。


 ナノの指が震えた。


 その時、ロガの声が飛んだ。


「ナノ。欲しいなら欲しいって言え。でも勝手に行くな」


 ナノは目を見開いた。


 欲しい。


 言っていい。


 でも従わなくていい。


「……欲しい」


 ナノは声を絞った。


「すごく欲しいです。もっと進めたい。でも、今これ以上やったら、たぶん危ない」


 グレンが黒錆化前魔石を少し遠ざけた。


「なら止める」


 熱が引く。


 ナノは大きく息を吐いた。体の中に、赤黒い余熱が残っている。だが、右腕は動く。指も開く。胸の圧迫も軽い。


 ミラが掌を確認した。


「石紋の赤みはある。でも広がりすぎていない。前よりずっと安定しているわ」


 グレンは静かに頷いた。


「黒錆共鳴の入口に立ったな」


 ナノは震える右手を見た。


「入口……」


「完全な適合ではない。吸収でもない。だが、黒錆の力に触れ、戻ってこられた」


 戻ってこられた。


 その言葉に、ナノの胸が熱くなった。


 ロガが壁にもたれたまま、ほっと息を吐いた。


「まったく……見てるこっちの胃が痛くなる」


「ごめん」


「謝るなら飯おごれ」


「報酬が入ったら」


「言ったな」


 ロガの顔に、ようやくいつもの調子が戻った。


 ナノは黒脈石の護符を握った。冷たい。けれど、その冷たさの奥に、今は赤黒い小さな熱も混じっている気がした。


 黒錆魔石はまだ遠い。


 けれど、もう触れられないだけの恐怖ではない。


 積み重ねれば近づける。


 戻ってこられる。


 その実感が、ナノの中に確かに残った。


 グレンが言った。


「次は、黒錆共鳴を戦闘で崩さず保てるかを見る」


 ナノの背筋が伸びた。


「戦闘で……」


「ああ。共鳴は座ってできても意味がない。坑道で、恐怖と欲の中で保てなければ使えん」


 ミラがすぐに釘を刺す。


「段階を踏んでからよ」


「分かっている」


 ナノは右手を握った。


 まだ弱い。まだ危うい。けれど、黒錆に触れても戻ってこられた。


 それは、今のナノにとって大きな証だった。


 第3章の魔石狩りは、次の段階へ進もうとしていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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