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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第44話 黒錆化前魔石

 坑道ギルドへ戻るまで、ナノはほとんど黒錆化前魔石を見なかった。


 見ないようにしていた、と言った方が正しい。


 魔石はダルガが専用の小瓶に入れ、さらに白鈍石の粉を詰めた革袋で包んでいた。それでも、腰袋の奥から赤黒い気配が滲み出してくるような気がした。ナノの右腕は、時々思い出したように熱を持つ。そのたびに黒脈石の護符を握り、ロガが横目で確認した。


「熱いのか」


「少し」


「歩けるか」


「歩ける」


「嘘なら担ぐぞ」


「それは嫌だから、本当に歩ける」


 ロガは鼻を鳴らした。


「ならいい」


 その短いやり取りが、ナノにはありがたかった。余計な励ましではなく、ただ隣で状態を確認してくれる。それだけで、黒錆に引かれる感覚から少し離れられた。


 ギルドへ着くと、ラウネがすぐに記録室を開けた。


 通常の報告カウンターではない。危険魔石を扱う時に使う、石壁に囲まれた小部屋だった。室内には冷却用の水槽、白鈍石の粉、魔石封じの金属箱が並んでいる。空気はひんやりしていて、外の広間のざわめきが厚い壁に遮られていた。


 ダルガが革袋を石台に置く。


「黒錆化前鉄鋼魔石。状態は良い。粉塵散布は最小限で抑えた」


 ラウネは慎重に袋を開いた。白鈍石の粉の中から、小瓶が現れる。瓶越しでも、赤黒い筋が見えた。


 ナノは無意識に一歩前へ出そうになった。


 ロガが肘で止める。


「近い」


「……ありがとう」


「礼はいい。目が怖いぞ」


 ナノは息を吐き、半歩下がった。


 ラウネは魔石を見ながら記録する。


「黒錆線は未完全。鉄鋼魔石の芯は残存。右肩硬化との連結あり。黒錆粉は少量。危険度は中。精錬すれば、黒錆魔石二次適合の橋渡しになる可能性あり」


「橋渡し……」


 ナノは小さく繰り返した。


 完全な黒錆魔石はまだ重すぎる。だが、この黒錆化前魔石なら、段階として使えるかもしれない。右腕が熱くなる。今度は欲だけではなく、期待もあった。


 グレンが記録室へ入ってきた。


 工房から直接来たのか、作業着には煤が残っている。彼は魔石を見ると、眉を少しだけ動かした。


「良い状態だ」


 ダルガが頷く。


「ナノの読みが効いた。右肩を割らずに済んだ」


 グレンの視線がナノへ向く。


「引かれたか」


 短い問い。


 ナノは誤魔化さなかった。


「かなり。戦っている途中で、魔物の方へ歩きかけました」


 室内の空気が少し重くなった。


 ミラも遅れて入ってきて、その言葉に眉を寄せる。


「歩きかけた?」


「はい。でも、ロガが止めてくれました。戻ってこいって言われて……それで戻れました」


 ロガが気まずそうに顔を逸らす。


「別に、大げさなことじゃねぇよ」


 ミラはロガを見た。


「大げさよ。よく止めたわ」


「……どうも」


 ロガの耳が赤くなった。


 グレンはナノの右腕を見た。


「黒錆に引かれるのは避けられん。お前の【石】は、あれを欲しがる」


「やっぱり、そうなんですね」


「ああ。だが、欲しがることと、従うことは違う」


 ナノは胸元の護符を握った。


「今日は、従いかけました」


「そして戻った」


「ロガがいたからです」


「なら、それもお前の力だ」


 ナノは驚いて顔を上げた。


「俺の力、ですか」


「1人で立つだけが強さではない。戻してくれる相手を持ち、その声を聞けることも強さだ」


 ナノの胸に、ゆっくり熱が広がった。


 父と母に逃がされた時、自分は1人だった。谷底で目を覚ました時も、1人だった。けれど今は、戻れと言ってくれる声がある。その声を聞いて戻れる自分がいる。


 ラウネが記録板に印を押した。


「この魔石はグレン管理で精錬。ナノ本人の直接接触は禁止。二次適合試験に使う場合は、ミラ立ち会い必須」


「当然ね」


 ミラは即答した。


 ナノは苦笑した。


「逃げ場がないですね」


「逃げ場を作ったら、あなたはそっちに走るでしょう」


「否定できません」


 ロガが小さく笑った。


「自覚出てきたな」


「うん。嫌だけど」


 グレンは黒錆化前魔石を金属箱に入れた。


「明日は精錬だ。お前は見学だけ」


「はい」


「触れるな」


「触れません」


「欲しくなったら言え」


 ナノは少し迷ってから頷いた。


「分かりました。欲しくなったら、言います」


 その言葉を口にした瞬間、ナノは少しだけ楽になった。


 欲を隠さなくていい。


 けれど、欲に従わなくていい。


 黒錆化前魔石は、金属箱の中で静かに眠っていた。赤黒い光は見えなくなった。それでもナノの右腕には、まだその熱の記憶が残っていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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