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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第43話 欲を削る戦い

 戦いは、静かには始まらなかった。


 ダルガ班の戦士が一歩踏み込んだ瞬間、通常の鉄鋼ゴブリン2匹が耳を裂くような声を上げた。鉄粉のついた歯を剥き、廃材置き場の鉱石箱を蹴り倒す。箱が砕け、中から鉄鉱の欠片が床へ散らばった。


 黒錆化前個体は動かなかった。


 ただ、右肩を震わせている。赤黒い筋が脈打つたび、細かな黒錆粉が床へ落ちた。その粉を見るだけで、ナノの右腕が熱を持つ。体の中に、触れてはいけない火種があるようだった。


「ナノ、前に出るな」


 ロガが低く言った。


「分かってる」


「今の声、分かってるけど行きたい声だ」


「……分かってる」


 否定できなかった。


 黒錆化前個体の魔石が欲しい。あれを見れば、黒錆魔石への道が進む。そう思う自分がいる。同時に、近づけば飲まれるかもしれないという恐怖もある。


 欲と恐怖が、胸の中で擦れ合っていた。


 ダルガの指示が飛ぶ。


「通常個体を先に落とせ。中央はまだ触るな!」


 セリカが左へ回り、通常個体の膝裏を短刃で切る。もう1人の戦士が盾で押し込み、腹部を避けて肩を打つ。魔石を壊さない、綺麗な制圧だった。


 ナノはその動きを必死に追う。


 倒すだけではない。壊さずに取るための戦い。ダルガ班の動きには、それが染みついていた。


 通常個体の1匹が、戦士の間をすり抜けてロガへ向かってくる。


「来た!」


 ロガが小槌を構えた。


 ナノは石眼を使わずに見た。右腕の硬化は薄い。左膝に傷。勢いはあるが、踏み込みが浅い。


「ロガ、左膝が弱い!」


「分かった!」


 ロガは正面から受けず、左へ半歩ずれた。小槌が膝へ入る。鉄鋼ゴブリンが崩れ、ロガが肩を押さえ込んだ。


「ナノ、魔石位置!」


「腹部中央、少し左!」


「取れるか?」


 ナノは一瞬迷った。


 戦闘禁止ではないが、前線ではない。けれど、通常個体なら取れる。手を動かせる。何より、魔石を壊したくなかった。


「行きます!」


 ナノは低く走り、倒れたゴブリンの横へ滑り込んだ。鉄粉と獣の息が鼻を突く。生き物の熱がまだ残っている。ナイフを入れる手が、少し震えた。


 ロガが歯を食いしばりながら押さえる。


「焦るな。俺が押さえてる」


「うん……!」


 腹部中央やや左。浅く切る。硬い筋を避ける。魔石の縁を探る。指先に小さな鉄色の感触。ナノは息を止めないよう意識しながら、魔石を取り出した。


 傷は浅い。


 使える。


「取れた!」


「よし、下がれ!」


 ロガの声に従い、ナノはすぐ後ろへ下がった。以前なら、もう少し何かできると思って残ったかもしれない。だが今は違う。役割を終えたら下がる。それも戦いだ。


 その時、黒錆化前個体が動いた。


 鈍い音を立てて床を蹴る。右肩を庇うように体を傾け、左脚で踏み込んでくる。ナノが見た弱点を、まるで隠すような動きだった。


「こいつ、分かってやがる!」


 ロガが叫ぶ。


 黒錆化前個体の右腕が振られた。ダルガが盾ではなく槌で軌道を逸らす。直接受ければ粉が散る。だから触れすぎず、流す。


 セリカが左脚を狙う。


 だが、黒錆化前個体は低く唸り、左脚を引いた。代わりに右肩を壁へ叩きつける。


「まずい!」


 ナノが叫んだ。


 右肩の瘤にひびが入る。赤黒い粉が舞った。


 全員が一歩下がる。


 粉塵が灯石の光を濁らせる。ナノの右腕が熱を持った。粉を吸っていないのに、石紋が反応している。


 欲しい。


 強くなれる。


 触れろ。


 ナノの足が一歩前へ出そうになった。


 その瞬間、ロガの手が肩を掴んだ。


「行くな!」


 怒鳴り声だった。


 ナノはびくりと止まった。


 ロガの顔には怒りがあった。けれど、その奥には恐怖もあった。


「お前、今、魔物の方へ歩きかけたぞ!」


「……ごめん」


「謝るな! 戻ってこい!」


 戻ってこい。


 その言葉が、胸を打った。


 ナノは護符を握りしめた。黒脈石の冷たさが、掌の熱を抑える。自分は今、黒錆魔石に近づきたいのではない。黒錆に飲まれかけていた。


「戻る……俺は、戻る」


 ナノは小さく呟いた。


 視界が少しずつはっきりする。


 ダルガが叫ぶ。


「ナノ、まだ読めるか!」


 怖い。


 でも、ここで読まなければ、戦いが長引く。


「読みます。一瞬だけ!」


 石眼を開く。


 黒錆化前個体の体に、赤黒い線が走っている。右肩から腹部中央の魔石へ。だが、左脚の付け根に、まだ黒錆の届いていない薄い部分がある。


 ――左脚付け根、硬化薄。右肩粉塵、接触危険。魔石、腹部中央。黒錆線、未完全。


 ナノは閉じた。


「左脚の付け根! そこを落とせば倒れます! 右肩は触らないで!」


 セリカが動いた。床を蹴り、黒錆粉の薄い場所を縫うように走る。短刃が左脚の付け根へ入った。黒錆化前個体が崩れる。


 ダルガが踏み込む。


「腹を開ける。ナノ、位置だけ言え!」


「中央、少し奥! 黒い線の根元です!」


 ダルガの刃が迷いなく入った。黒錆化前個体が喉を震わせる。暴れようとする右腕を、ロガと戦士が押さえる。粉が舞わないよう、肩には触れない。


 やがて、腹部から赤黒い筋を持つ魔石が取り出された。


 黒錆化前鉄鋼魔石。


 完全な黒錆ではない。


 けれど、明らかに黒錆へ向かう石。


 ナノの右腕が強く熱を持つ。


 ロガがすぐに言った。


「見るな、ナノ」


「見たい」


「正直すぎんだろ」


「でも、今は触らない」


 ナノは震える手で護符を握った。


「今、触ったら、たぶん俺は持っていかれる」


 ロガは黙って、ナノの前に立った。


 魔石が見えないように。


 その背中に、ナノは救われた。


 欲を消すことはできない。


 だが、削ることはできる。


 今日の戦いで、ナノはそれを初めて体で覚えた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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