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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第42話 黒錆化の前兆

 黒錆化しかけた鉄鋼ゴブリン。


 その名前は、坑道ギルドの依頼板でも異様に目立っていた。


 札そのものは古い木札だった。けれど、依頼名の横に赤い線が引かれ、危険度の欄にはE上位と書かれている。推奨人数は3名以上。場所は北鉱道奥、廃材置き場付近。追加報酬は、黒錆化前の鉄鋼魔石、黒錆粉、変異爪。


 ナノは依頼札の文字を見つめたまま、無意識に右腕を押さえていた。


 昨日の二次適合の熱は、まだ完全には消えていない。痛みはない。けれど、黒錆という文字を見ただけで、右腕の奥に小さな火種が灯る。


 ロガが隣で腕を組んだ。


「行きたい顔してるな」


 ナノは目を逸らさずに答えた。


「行きたい。怖いけど」


「怖いって言うなら、まだいい。『大丈夫です』って言い出したら、俺はお前を椅子に縛る」


「そこまで?」


「そこまでだ」


 ロガの声は冗談のようで、半分本気だった。


 ラウネがカウンターから依頼札を外し、2人の前に置いた。


「これは見習いだけでは受けられないわ。ダルガ班の補助として同行。ナノは見極め役、ロガは補助戦闘とナノの監視」


「監視って言い方、完全に俺の仕事が増えてるんだけど」


「増えているわよ」


 ロガはげんなりした顔をしたが、拒まなかった。


 ラウネはナノを見た。


「黒錆化前の個体は危険よ。完全な黒錆ゴブリンほどではないけれど、普通の鉄鋼ゴブリンよりずっと不安定。魔石が歪みかけているから、倒し方を間違えると粉を撒く」


「粉を吸うと?」


「血流が乱れる。軽ければ痺れ、重ければ腕や足が一時的に硬直する。あなたは特に反応しやすいはず」


 ナノは喉を鳴らした。


 右腕が硬直する想像が浮かぶ。自分の腕が自分のものではなくなり、指が石のように固まる。昨日の怖さが、また胸に戻ってきた。


「……分かりました。粉には近づきません。石眼も、必要な時だけ使います」


 ラウネは少しだけ目を細めた。


「前より、言葉に重さが出たわね」


「怖いので」


「怖さを言えるなら大丈夫。隠したら危ない」


 その時、ダルガが広間へ入ってきた。セリカと、若いドワーフ戦士が2人。全員、灰色の布を口元に巻いている。


「準備はできているか」


 ナノは頷いた。


「はい。……緊張しています」


 ダルガは低く笑った。


「なら良い。緊張しない者より、緊張を持って歩ける者の方が使える」


 セリカがナノの右腕を見た。


「昨日の共鳴の反動は?」


「少し重いです。でも、動きます」


「少し重い、ね。無理をしたらすぐ分かるからね」


「はい」


 セリカの目は優しいが、見逃さない目だった。


 北鉱道へ向かう道は、以前より暗く感じた。


 前にも鉄鋼ゴブリンを倒した場所だ。だが、今日は空気が違う。鉄と油の匂いの中に、赤錆びた血のような匂いが混じっている。坑道の壁に走る黒い鉱脈が、灯石の光を吸い込んでいるように見えた。


 ナノは足元を見ながら歩いた。


 濡れた場所はない。けれど、床の隙間に赤黒い粉が溜まっている。普通の鉄粉よりも色が深い。


「これ……」


 ナノがしゃがみ込む前に、セリカが止めた。


「素手で触らない」


「はい」


 セリカは金属の細い棒で粉をすくい、小瓶に入れた。


「黒錆粉だね。まだ薄いけれど、間違いない」


 ダルガが坑道の奥を見た。


「近いな」


 その言葉の直後、奥から音がした。


 がり。


 がり。


 がりっ。


 鉱石をかじる音。だが、普通の鉄鋼ゴブリンの音よりも乱れていた。途中で爪を立てるような、壁を引っ掻くような音が混じる。


 ナノの右腕が熱を帯びる。


 欲ではない。


 警戒だ。


 ロガが小声で言った。


「ナノ、顔」


「分かってる。今、引かれかけた」


「引かれるな。見るだけだ」


「うん」


 岩陰から覗くと、廃材置き場に3匹の鉄鋼ゴブリンがいた。


 うち2匹は通常個体。だが中央の1匹だけが異様だった。右肩から腕にかけて、赤黒い筋が走っている。鉄色の瘤の隙間に、血管のような黒錆の線。爪の先からは、細かな赤黒い粉がこぼれていた。


 黒錆化前個体。


 完全な黒錆ではない。


 けれど、普通でもない。


 ナノの掌がじりじりと熱くなる。


 ダルガが囁いた。


「ナノ、見るか」


 ナノは息を吸った。


「見ます。でも、一瞬だけ」


 石眼を開く。


 視界が白く揺れる。


 ――鉄鋼ゴブリン黒錆化前個体。右腕、黒錆侵食初期。魔石位置、腹部中央。黒錆線、右肩から魔石へ伸長。右肩破壊時、粉塵散布。左脚、硬化薄。


 ナノはすぐ閉じた。


 頭に熱が刺す。


「右肩は壊さないでください! 粉が出ます! 左脚が薄いです。先に足を止めて、魔石は腹部中央!」


 ダルガが頷いた。


「聞いたな。右肩に触るな。左脚を落として腹を取る」


 戦闘班が動く。


 だが、黒錆化前個体の黄色い目が、まっすぐナノを見た。


 ナノの息が止まる。


 魔物がこちらを見ている。


 いや、正確には、ナノの石紋を見ているようだった。


 黒錆化前個体が、喉の奥で笑うような音を出した。


 ぎ、ぎぎ。


 右腕の奥が、熱く疼いた。


 欲しいだろう。


 そう言われた気がした。


 ナノは護符を握った。


「……欲しい。でも、今は飲まれない」


 小さな呟きだった。


 ロガだけがそれを聞いていた。


「なら、俺が隣で見てる」


 その声に、ナノは踏みとどまった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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