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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第40話 鱗硬化の共鳴

 ガルバ坑道街へ戻る頃には、ナノの服は湿った土と鉱石粉で重くなっていた。


 外縁坑道の冷たい空気から黒鉄炉の近くへ戻ると、肌にまとわりついていた湿気が一気に熱を帯びる。遠くから聞こえる槌音、炉の赤い光、行き交うドワーフたちの低い声。そのすべてが、今のナノには少しだけ懐かしく感じられた。


 戻ってきた。


 そう思える場所が、自分にもでき始めている。


 坑道ギルドでは、ラウネが待っていた。彼女はナノの記録石板を受け取ると、最初に眉を上げた。


「字が荒いわね」


 横でロガが小さく吹き出す。


「ほらな」


 ナノは顔を熱くした。


「読めますよね」


「読めるわ。でも記録は、次に読む人のためのものよ。自分が分かればいい、では半分足りない」


「……書き直します」


「内容は悪くないわ。魔石位置、部位の硬化、損傷の有無。見習いの初記録としては十分」


 その言葉に、ナノは胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます」


 セリカが小瓶を置いた。


「傷なしの石纏い蜥蜴魔石。ナノが取った」


 ラウネの目が少し変わった。


「傷なし?」


「手は震えていたけれど、刃は乱れなかった」


 ナノは俯きそうになった。褒められることに、まだ慣れていない。けれど今回は、逃げるように視線を落とさなかった。


「怖かったです。でも、雑にしたくありませんでした」


 ラウネは静かに頷いた。


「その感覚は大事にして。魔石狩りで一番失ってはいけないものだから」


 報告のあと、魔石はすぐにグレンの工房へ運ばれた。黒鉄炉の奥、精錬台の上に、石纏い蜥蜴の硬化魔石が置かれる。黒灰色の表面には、鱗のような層模様が浮いていた。


 鉄鋼魔石とは違う。


 鉄鋼魔石は、硬さをそのまま押し出すような感覚だった。真正面から固める力。対して、この魔石は薄い板を何枚も重ねるように見える。受け止めるのではなく、ずらし、散らし、衝撃を逃がす力。


 ナノは思わず呟いた。


「硬いけど、違う……」


 グレンが横で聞いた。


「どう違う」


「鉄鋼魔石は、ぐっと一箇所を固める感じでした。でもこれは、薄い鱗が重なるみたいです。真正面から受けるというより、力を流す感じがします」


 セリカが満足そうに笑った。


「いい感覚だね」


 グレンも頷く。


「鱗硬化だ。黒錆魔石へ進む前に、これは使える」


「黒錆魔石に?」


「ああ。黒錆は硬さが歪んでいる。今のお前が受けると右腕に偏る。だが鱗硬化を挟めば、硬さを層にして散らせる可能性がある」


 ナノの胸が高鳴った。


 昨日まで、右腕への偏りが課題だった。鉄鋼魔石で硬さを薄く乗せ、今度は鱗硬化でそれを散らす。黒錆魔石が、ただ遠い危険な石ではなく、積み重ねれば届く道に見えてきた。


 ミラも工房に来ていた。


「試すなら短時間よ。ナノ、嬉しそうな顔をしているけれど、体はまだ完全じゃないからね」


「はい。無理はしません」


「その言葉、前よりは信用できるようになってきたわ」


「前よりは、なんですね」


「ええ。まだ完全には信用していないわ」


 ナノは苦笑した。ミラの厳しさは痛いが、今はありがたかった。


 共鳴の準備が始まる。


 黒脈石の護符。白鈍石の粉。低級鉄鋼魔石。そして、石纏い蜥蜴の鱗硬化魔石。


 グレンはまず鉄鋼魔石を置いた。ナノの掌に、じんわりとした硬さの熱が広がる。昨日感じた、右腕に寄る重さ。


 次に、鱗硬化魔石が近づけられる。


 その瞬間、熱の質が変わった。


「……っ」


 ナノは小さく息を詰めた。


 右腕に集まりかけていた熱が、薄く広がる。手首から肘、肩へ。さらに胸の前へ、何枚もの薄い膜が重なるような感覚。痛くはない。だが気持ち悪さはある。自分の内側に、透明な鱗が一枚ずつ浮かんでくるようだった。


「どうだ」


 グレンの声。


「右腕だけじゃなくて、肩と胸にも広がってます。薄い層みたいに。少し気持ち悪いです。でも、痛くはありません」


 ミラがすぐに聞く。


「息苦しさは?」


「少し。でも、続けられます。長くは無理です」


「いい判断。自分で止め時を見ているわね」


 ナノは頷いた。


 グレンが言う。


「百錬成鋼を微弱に」


 ナノはゆっくり息を吸った。


「百錬成鋼……微」


 白い石紋が淡く光る。鉄鋼魔石の硬さ。鱗硬化魔石の層。黒脈石の護符の冷たさ。それらが、ナノの掌の中でかすかに重なった。


 右手の皮膚の下が硬くなる。


 だが、昨日のように一点へ重く沈まない。手の甲から前腕にかけて、薄い膜が張るような感覚だった。


 ナノは恐る恐る指を動かした。


 動く。


 重いが、固まってはいない。


「動きます……!」


 声に、抑えきれない喜びが混じった。


 グレンの目が細くなる。


「鱗硬化の初共鳴。成功だ」


 ナノは右手を見つめた。見た目には、肌の下がほんの少し灰色に光っただけだ。けれど自分には分かる。硬さが、一箇所に偏らず広がった。


 ロガが隣で息を吐いた。


「やったな、ナノ」


 その声は、いつもの照れ隠しのない、まっすぐな声だった。


「うん。ロガと取った魔石だから」


「……そういうの、さらっと言うなよ」


 ロガは目を逸らしたが、口元は少し緩んでいた。


 その時、ナノの胸元の黒脈石の護符が冷たく震えた。頭の奥に文字が浮かぶ。


 ――鉄鋼魔石共鳴、安定。鱗硬化魔石共鳴、初期成功。硬化偏り、軽減。黒錆魔石、二次適合試験条件、一部達成。


 ナノは息を止めた。


「グレンさん……黒錆魔石の二次適合、条件が一部達成って出ました」


 工房の空気が変わった。


 グレンは黒錆魔石の小瓶を見た。


「思ったより早いな」


 ミラがすぐに言う。


「でも、今日はここまで」


「はい」


 ナノは迷わず答えた。


 もっと試したい気持ちはある。だが、今は止める。それも成長だと、少しずつ分かってきた。


 グレンは小瓶を手に取り、静かに言った。


「次は、黒錆魔石の二次適合試験だ」


 ナノの胸が強く鳴った。


 怖い。


 けれど、ただ怖いだけではない。鉄鋼魔石、石纏い蜥蜴の鱗硬化魔石、ロガとの連携、魔石狩り班の教え。全部がそこへ続いている。


 ナノは右手をゆっくり開いた。


 まだ弱い。まだ未熟。けれど、昨日の自分より少しだけ硬く、少しだけしなやかになっていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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