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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第37話 魔石狩り班の値踏み

 坑道ギルドの広間に入ると、いつもより視線が多かった。


 朝の広間は騒がしい。依頼板の前では冒険者たちが札を見比べ、受付ではラウネが記録板を何枚も重ねている。奥の机には昨日の鉄鋼魔石が並べられ、小瓶の中で鈍い銀色の光を返していた。硬い石の光を見るたび、ナノの右腕の奥がじんと熱くなる。


 ナノは無意識に胸元の黒脈石の護符を握った。


「熱いのか」


 隣でロガが小声で聞く。


「少しだけ。昨日の共鳴が残ってる」


「無理するなよ」


「うん」


「……本当に分かってる顔だな。前なら『大丈夫』って言ってた」


「ミラさんに怒られるから」


「そこから学ぶのかよ」


 ロガは呆れたように言ったが、その声には少し安堵が混じっていた。


 ラウネがカウンターから手招きした。


「ナノ、ロガ。こっちよ」


 近づくと、数人のドワーフがナノを待っていた。白い髭を胸まで垂らした男、片目に傷のある女、背中に採掘槌を背負った若い戦士、腰に小瓶を何本も下げた細身の男。全員がこちらを見ていた。珍しいものを見る目ではない。使えるか、危ないか、足手まといか。そんなものを静かに測る目だった。


 ナノの喉が乾いた。


 王都で浴びた嘲笑とは違う。けれど、値踏みされる緊張は変わらない。逃げ出したいほどではないが、背筋に細い汗が伝った。


 白髭のドワーフが一歩前へ出た。


「儂はダルガ。魔石狩り班の班長だ」


 声は低く、岩の奥から響いてくるようだった。


「ナ、ナノです。よろしくお願いします」


 言葉の頭が少し詰まった。恥ずかしさで顔が熱くなる。けれど、ダルガは笑わなかった。


「緊張しているな」


「……はい。かなりしています」


「隠さないのは悪くない。緊張を隠す見習いは、坑道でよく転ぶ」


 ロガが横で小さく呟く。


「分かる。こいつ、緊張すると肩まで石になるからな」


「うるさいな」


「事実だろ」


 ダルガの口元がわずかに動いた。


「その鉄鋼魔石を取ったのは、お前たちか」


 机の上には、昨日の魔石が並んでいた。鉄鋼魔石が3つ。鉄鋼腕ゴブリンの上位欠片が1つ。ゴブリンメイジから取った鉄呪魔石が1つ。ナノは瓶を見つめ、昨日の資材置き場の匂いを思い出した。鉄粉、獣の息、ゴブリンメイジの濁った目。


「はい。ロガと一緒に取りました」


「壊さずに取れている。腹を叩き潰した跡もない。見習いにしては、ずいぶん丁寧だ」


 褒められたのだと分かった瞬間、ナノはどう答えればいいのか分からなくなった。胸の奥が熱くなり、同時に右腕も少し重くなる。


「あ、ありがとうございます。でも、俺だけじゃ無理でした。ロガが押さえてくれなかったら、たぶん焦って魔石を傷つけていたと思います」


 ロガが目を丸くした。


「おい、そこで俺の名前出すなよ」


「本当のことだから」


「……変なやつだな」


 片目に傷のある女ドワーフが、鉄呪魔石の瓶を手に取った。


「こっちはゴブリンメイジかい」


「はい」


「倒す時、迷った?」


 ナノは息を止めた。


 あの一瞬を見られていたわけではない。けれど、魔石を見れば分かるのだろうか。喉下から取り出した時の刃の遅れ、迷い、指先の震え。全部が小さな石に残っているような気がした。


「……迷いました」


 広間のざわめきが少し遠くなる。


「魔物なのに、怖がっているように見えて。手が止まりました。でも、ロガが声をかけてくれて……それで、戻れました」


 女ドワーフはナノをじっと見た。笑わない。責めもしない。ただ、ナノの言葉が逃げではないかを確かめるように見ていた。


「止まったあと、戻れたならいい」


「いいんですか」


「何も感じなくなることが強さじゃないよ。感じたまま、仕事に戻る。それができるなら、魔石狩りとしてはまだ見込みがある」


 ナノの胸に、その言葉が落ちた。


 魔物を倒して、何も感じない人間にならなくていい。けれど、感じたまま止まり続けてもいけない。戻る。仕事に戻る。そのために隣にロガがいた。


 ダルガが言った。


「魔石狩りは、殺して奪う仕事ではない。倒し、見極め、無駄にしない仕事だ。そこを間違えた者は、魔石ではなく欲だけを持ち帰る」


 欲だけ。


 ナノは黒錆魔石の赤黒い光を思い出した。欲しい。強くなりたい。守りたい。その欲は消えない。けれど、欲だけを持ち帰れば、自分は壊れる。


「……覚えておきます」


 ナノの声は自然と低くなった。


 ダルガは頷いた。


「明日、魔石狩り班の実地任務に同行しろ。戦闘役ではない。見極め役だ」


「俺が、ですか」


「お前の石眼は危うい。だが、魔石を壊さない目は育てる価値がある」


 心臓が強く鳴った。怖い。期待されるのは嬉しい。でも、その期待を裏切るのが怖い。


 ロガが一歩前に出た。


「俺も行く」


 ナノが振り向くより早く、ロガは少し不機嫌そうに続けた。


「こいつ、無理するとすぐ顔に出るくせに、自分では止まらない時がある。俺が見てた方がいい」


「ロガ……」


「勘違いすんなよ。お前が倒れたら、こっちが面倒なだけだ」


 女ドワーフが笑った。


「いい相棒じゃないか」


「相棒って言うな!」


 ロガの耳が赤くなった。けれど、否定の声は以前ほど強くなかった。


 ラウネが依頼札を差し出した。


「明日の任務は、外縁坑道の魔石採取。対象は石纏い蜥蜴。危険度E中位。鱗に低級硬化魔石を宿す魔物よ」


 石纏い蜥蜴。


 その名を聞いた瞬間、ナノの掌がわずかに熱を持った。


 黒錆魔石へ近づくための、新しい段階。


 ナノは護符を握り、ゆっくり息を吸った。


「……行きます。怖いです。でも、逃げたくはありません」


 ダルガは満足そうに頷いた。


「その怖さを持ってこい。怖がれる者の方が、坑道では長く生きる」

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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