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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第35話 鉄鋼魔石の初共鳴

 鉄鋼魔石の初共鳴は、黒錆魔石の時ほど重々しいものではなかった。


 だが、ナノにとっては十分に緊張する試験だった。


 場所はグレンの工房奥。


 小さな石台の上に、昨日回収した低級鉄鋼魔石が3つ並んでいる。さらに、鉄鋼腕ゴブリンから取れた上位欠片が1つ。少し離れた場所には、黒錆魔石の一次精錬片が小瓶に入れられて置かれていた。


 黒錆魔石はまだ使わない。


 今日は、その前段階。


 鉄鋼魔石の力を、ナノの石紋と黒脈石の護符へ軽く共鳴させる試験だった。


 ミラは当然のように来ていた。


「痛みが出たら中止」


「はい」


「右腕だけが熱くなったら中止」


「はい」


「視界が白くなったら」


「中止です」


「よろしい」


 ロガは壁際で腕を組んでいる。


「毎回、尋問みたいだな」


 ミラがにっこり笑った。


「命に関わることだからね」


「……はい」


 ロガまで背筋を伸ばした。


 ナノは少し笑いそうになったが、すぐに表情を戻した。


 グレンが低級鉄鋼魔石を1つ手に取る。


「今日は吸収ではない。共鳴だ」


「はい」


「魔石の力を体へ入れるのではなく、石紋がどう反応するかを見る。黒脈石の護符を媒介にする」


 ナノは胸元から護符を外し、両手の上に置いた。


 不格好な涙型の黒脈石。


 中央の銀筋が、炉の光を受けてかすかに光る。


 グレンは鉄鋼魔石を護符の前に置いた。


 間には白鈍石の粉が薄く敷かれている。


 黒錆魔石の時と同じだ。


 だが、空気は少し違う。


 黒錆魔石の時は、近づくだけで血の奥を引っ張られるような感覚があった。今の鉄鋼魔石は、もっと静かだ。


 硬い。


 冷たい。


 でも、受け止められそうな熱。


 ナノの掌の石紋がじんわりと温かくなる。


「どうだ」


 グレンが聞く。


「熱いです。でも、黒錆魔石の時みたいに暴れる感じはないです」


「場所は」


「掌。少し右腕。でも、胸にも少し来てます」


 ミラが頷く。


「偏りは少ないわね」


 グレンは鉄鋼魔石を少し近づけた。


 黒脈石の護符が淡く光る。


 その光は、黒錆魔石の時のように冷たく抑え込む光ではなかった。


 むしろ、鉄鋼魔石の熱を薄く広げているように見えた。


 ナノは目を閉じた。


 石眼は使わない。


 ただ感じる。


 硬さ。


 守る力。


 曲がらない芯。


 だが、黒錆魔石のような歪んだ怒りはない。


 これは低級の硬化。


 未熟だが、扱いやすい。


「……これなら、少し馴染ませられる気がします」


 ナノが言うと、ミラがすぐに釘を刺した。


「馴染ませるだけ。吸収じゃないわよ」


「分かってます」


「本当に?」


「本当に」


 ナノは苦笑しながら答えた。


 グレンが低く言う。


「なら、次だ。百錬成鋼を微弱に発動しろ」


 ナノは息を呑んだ。


「ここで?」


「ああ。鉄鋼魔石の硬化と、お前の百錬成鋼がどう響くかを見る」


「分かりました」


 ナノは慎重に呼吸を整えた。


 百錬成鋼。


 強く発動するのではない。


 黒錬板を割った時のように、拳へ力を集めるのでもない。


 体の芯を、ほんの少しだけ硬くする。


「百錬成鋼……微」


 小さく呟いた瞬間、掌の石紋が白く光った。


 鉄鋼魔石も反応する。


 黒脈石の護符の銀筋が、細く明滅した。


 右腕に熱が流れる。


 だが、黒錆魔石の時のような鋭い痛みではない。


 じんわりとした重み。


 ナノは拳を握った。


 指の関節が少し硬くなる。


 皮膚の内側に薄い鉱石の膜が張ったような感覚。


「右手が……少し硬いです」


 ミラがすぐに手を取る。


「痛みは?」


「ないです。違和感はあります」


「動かせる?」


 ナノは指を開いた。


 少し重いが、動く。


「動きます」


 グレンの目が細くなる。


「成功だな」


 ナノは顔を上げた。


「成功……?」


「初共鳴だ。吸収ではないが、鉄鋼魔石の硬化を百錬成鋼に薄く乗せられた」


 胸が熱くなる。


 ナノは右手を見た。


 見た目はほとんど変わらない。


 だが、自分には分かる。


 ほんの少しだけ、硬さが増している。


 黒錆魔石へ届くにはまだ遠い。


 でも、今確かに一段上がった。


 ロガが壁際から言った。


「やったじゃねぇか」


 ナノは右手を見つめたまま頷いた。


「うん……」


 声が震えた。


 嬉しかった。


 けれど、同時に怖さもある。


 力が体に入ってくる感覚。


 それは甘い。


 もっと欲しくなる。


 だからこそ、止め時を覚えなければならない。


 グレンが鉄鋼魔石を遠ざけた。


 共鳴が薄れる。


 右手の重みも少し引いた。


 ナノは無意識に名残惜しさを感じた。


 グレンが言う。


「今、惜しいと思ったな」


 ナノは苦笑した。


「……はい」


「その欲を忘れるな。だが、従うな」


「はい」


 ミラが掌の石紋を確認する。


「赤みは出てない。今日はここまでなら問題ないわ」


「ここまで、ですか」


「ここまで」


「分かりました」


 今度は素直に頷けた。


 ロガが少し驚いた顔をする。


「お前、本当に分かってきたんだな」


「そうかな」


「前なら、もう少しやりたいって顔してた」


「今も少し思ってる」


「そこは正直なのかよ」


 ナノは笑った。


 グレンは鉄鋼魔石を小瓶へ戻しながら言った。


「次は、鉄鋼魔石をもう少し集める。低級で体を慣らし、上位欠片で右腕以外へ力を散らす訓練をする」


「それができれば、黒錆魔石に近づきますか」


「近づく」


 短い答えだった。


 それだけで、ナノの胸は十分に熱くなった。


「それと」


 グレンは鉄呪魔石の小瓶を持ち上げた。


「このゴブリンメイジの魔石も、いずれ使う」


「鉄呪魔石……」


「ああ。硬化だけでなく、鉄粉を動かす術式の癖がある。お前の石眼が育てば、魔石の流れを読む訓練になる」


 ナノは鉄呪魔石を見た。


 魔物の恐怖を思い出す。


 倒した相手の力。


 それを使うなら、無駄にはできない。


「ちゃんと学びます」


 ナノは言った。


 グレンは頷いた。


「なら、今日は食え。共鳴後は体が消耗する」


「はい」


 ロガが笑う。


「結局、食えで終わるんだな」


 ミラが真顔で言った。


「食べることは治療よ」


 ロガはすぐ黙った。


 ナノは右手を開いたり閉じたりした。


 ほんの少し残る硬さ。


 ほんの少しの前進。


 けれど、それは確かに自分の体に刻まれている。


 鉄鋼魔石の初共鳴。


 黒錆魔石へ至るための、小さくて大きな一歩だった。


 第3章は、まだ始まったばかりだ。


 魔石を狩り、見極め、整え、段階を作る。


 ナノはその道を、ロガと共に歩き始めていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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