第34話 相棒と呼ばれた日
北鉱道から戻る道で、ナノとロガはしばらく無言だった。
腰袋には、鉄鋼魔石が3つ。
鉄鋼腕ゴブリンから取れた上位欠片が1つ。
ゴブリンメイジから回収した鉄呪魔石が1つ。
さらに、ひびの入った杖先端の鉄鋼魔石加工片。
依頼としては十分すぎる成果だった。
それなのに、ナノの胸は重かった。
ゴブリンメイジの目が、頭から離れない。
恐怖。
怒り。
生きようとする反応。
魔物なのだから倒す。
それは分かっている。
自分たちが倒さなければ、坑道街の誰かが襲われる。資材置き場を荒らされ、鉱道の支柱が壊され、もっと大きな被害が出る。
分かっている。
それでも、魔石を取り出す瞬間の感触が、指先に残っていた。
「ナノ」
ロガが声をかけた。
「はい」
「返事が暗い」
「……考えてました」
「ゴブリンメイジのことか」
ナノは頷いた。
「俺、魔石狩りを軽く考えてたかもしれません。素材を集める、強くなる、そのために倒すって。でも、相手も生きていて……」
「お前、本当に変なところで考え込むな」
「そうかな」
「そうだ。でも、悪くはない」
ロガは頭の後ろを掻いた。
「俺たちドワーフも、魔物を倒して魔石を取る。鍛冶に使う。売る。食っていく。でも、だからって何も感じないわけじゃない」
「ロガも?」
「当たり前だろ。初めて魔物から魔石を取った時、俺は吐いた」
ナノは驚いてロガを見た。
「ロガが?」
「悪いかよ」
「いや……意外で」
「意外ってなんだよ」
ロガは少し不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、すぐに真面目な顔へ戻った。
「でも、親父に言われた。吐くなら吐け。だけど、取った魔石を粗末にするなって」
「粗末にしない……」
「ああ。倒したなら使う。使うなら無駄にしない。それが坑道のやり方だ」
その言葉は、ナノの胸に深く落ちた。
倒すことを軽くしない。
でも、倒したものを無駄にしない。
魔石狩りとは、そういう仕事なのかもしれない。
ナノは腰袋の小瓶に触れた。
「この魔石も、ちゃんと使える形にします」
「グレン親方がな」
「俺も学ぶ」
「じゃあ、俺も見る」
「うん」
その短いやり取りが、少しだけナノの胸を軽くした。
*
坑道ギルドへ戻ると、ラウネがすぐに魔石を確認した。
彼女は小瓶を1つずつ開け、鉄鋼魔石の表面を見て、記録板に書き込んでいく。
「状態はかなりいいわ。魔石の損傷が少ない。鉄鋼腕ゴブリンの上位欠片も綺麗に取れている」
ナノはほっと息を吐いた。
「よかった……」
「それと、これは?」
ラウネが鉄呪魔石を持ち上げる。
内部に黒い細紋が走る、小さな魔石。
ナノが答える。
「ゴブリンメイジがいました。杖で鉄粉を操って、足止めのような魔法を使っていました」
ラウネの表情が変わる。
「ゴブリンメイジ?」
ロガが頷く。
「資材置き場の奥に隠れてた。たぶん群れをまとめてたんだと思う」
「なるほど。鉄鋼ゴブリンの小群れにしては、資材置き場の荒らし方が少し組織的だと思ったのよ」
ラウネは鉄呪魔石を別の小瓶へ入れた。
「これは通常の鉄鋼魔石とは別扱いね。危険というほどではないけど、術式の癖がある。グレンに回すわ」
「黒錆魔石の適合に使えますか?」
ナノが聞くと、ラウネは少し考えた。
「直接は難しいわね。でも、鉄粉操作や硬化補助の研究にはなる。あなたの石眼と組み合わせれば、将来的に魔石構造を読む訓練に使えるかもしれない」
将来的に。
その言葉に、ナノの胸が少し高鳴った。
今すぐ使えるわけではない。
でも、無駄ではない。
ロガが横で言った。
「ナノ、途中で固まったけどな」
ラウネが目を向ける。
「固まった?」
ナノは正直に話した。
「ゴブリンメイジの魔石を取る時、一瞬、相手が怖がっているように見えて……手が止まりました」
ラウネはしばらく黙った。
怒られるかもしれない。
そう思ったが、ラウネは静かに言った。
「それを覚えておきなさい」
「え?」
「魔物を倒すことに何も感じなくなる必要はないわ。ただ、感じた上で判断できるようになりなさい」
ミラと少し似た言い方だった。
ナノは頷いた。
「はい」
「ロガは?」
ラウネが聞く。
ロガは腕を組んだ。
「声をかけた。そしたら動いた」
「なら、組としては悪くないわね」
ロガが少し得意げにする。
「まぁな」
「調子に乗らない」
「……はい」
ナノは小さく笑った。
その笑いは、以前より自然に出た。
ギルドの報酬を受け取り、依頼完了の印をもらう。
小銀貨と素材報酬。
そして、魔石狩りの経験。
どれも今のナノには大きかった。
*
その夜、黒鉄炉の隅で、グレンが回収した魔石を見ていた。
ナノとロガも横にいる。
鉄鋼魔石。
上位欠片。
鉄呪魔石。
グレンは1つずつ確認し、短く頷いた。
「壊さずに取れている」
ナノは胸を撫で下ろした。
「よかったです」
「特にこの上位欠片は使える。黒錆魔石の前段階としては悪くない」
「じゃあ、適合訓練に」
「使う。ただし、すぐ吸うわけではない」
「分かってます」
グレンはナノを見た。
「本当に分かっている顔になってきたな」
その言葉に、ナノは少し驚いた。
ロガが横でにやりと笑う。
「珍しく褒められてんじゃん」
「褒めているわけではない」
グレンが言う。
ロガは肩をすくめる。
「親方のそれは褒めてる時だろ」
ナノは少し笑った。
グレンは鉄呪魔石をつまみ上げる。
「これは別だ。術式の癖がある。ナノ、お前の石眼なら、いずれこの魔石の流れを読めるようになるかもしれん」
「読めるようになると、何ができるんですか」
「魔石の力を、ただ吸うのではなく、形を選んで使える可能性がある」
ナノは息を呑んだ。
形を選ぶ。
それは、これまでの吸収とは違う。
魔石の力をそのまま体に入れるのではなく、必要な形へ整えて使う。
もしそれができれば、黒錆魔石の危険も減らせるかもしれない。
グレンは続けた。
「だが、それはまだ先だ」
「はい」
「今は、鉄鋼魔石で体を慣らす」
ナノは頷いた。
その時、ロガが小さく言った。
「まぁ、相棒ならそのくらいできるようになるだろ」
ナノはロガを見た。
「今、相棒って言った?」
「言ってない」
「言った」
「聞き間違いだ」
「でも」
「しつこいぞ、人族」
ロガは顔を赤くしてそっぽを向いた。
ナノは笑った。
相棒。
その言葉が、胸の奥に温かく残った。
谷底に落ちた時、ナノは1人だった。
地底湖で目覚めた時も、1人だった。
けれど今は、隣にロガがいる。
厳しいグレンがいる。
治してくれるミラがいる。
記録してくれるラウネがいる。
ナノは、少しずつこの坑道街の中に居場所を作り始めていた。
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