第32話 壊さずに倒す
ナノとロガは、資材箱の影から同時に飛び出した。
最初に動いたのはロガだった。
小柄な体を低く沈め、手前の鉄鋼ゴブリンの足元へ一気に踏み込む。手にした小槌が、ゴブリンの膝裏を正確に打った。
ごき、と鈍い音。
鉄鋼ゴブリンが前のめりに崩れる。
だが、ロガは頭も胸も叩かなかった。
魔石を壊さないためだ。
「ナノ!」
「はい!」
ナノはもう1匹へ向かった。
鉄鋼ゴブリンが気づき、黒い爪を振る。
横薙ぎ。
速い。
ナノは反射的に受けようとしたが、正面から受ければ腕が持っていかれる。
グレンの言葉を思い出す。
押し潰し、ずらし、関節を止める。
ナノは槌を斜めに当て、爪の軌道を横へ逸らした。
火花が散る。
腕に衝撃が走る。
「っ……!」
だが、受け止めきらない。
流す。
鉄鋼ゴブリンの体がわずかに開いた。
ナノは膝を狙った。
振り下ろすのではなく、横から押し込むように打つ。
鉄鋼ゴブリンの足が崩れる。
転倒。
ロガがすぐ横から飛び込み、背中を踏みつけた。
「魔石を抜くぞ!」
「はい!」
ナノは息を整えた。
腹部中央やや左。
そこに魔石がある。
だが、強く叩けば壊れる。
ナノは短いナイフを抜き、ロガに押さえられた鉄鋼ゴブリンの腹部へ慎重に刃を入れた。
嫌な感触がした。
肉と鉱石が混ざったような硬さ。
胃が少し揺れる。
でも、手を止めない。
これは魔石狩りだ。
倒すだけでは終わらない。
魔石を壊さずに取り出すまでが仕事。
ナノは呼吸を細くし、魔石の周囲を少しずつ切り分けた。
小さな鉄色の魔石が出てくる。
低級鉄鋼魔石。
表面に黒い粒が混じり、内部には鈍い金属光沢がある。
ナノの掌が少し熱くなった。
だが、黒錆魔石のような激しい誘惑ではない。
受け止められそうな熱。
それでも、吸収はしない。
ナノは魔石を小瓶に入れた。
「1つ目、回収」
ロガが頷く。
「いい状態だ」
その時、奥の鉄鋼ゴブリンたちがこちらに気づいた。
「ギィィッ!」
甲高い叫び。
奥の2匹が一斉に動く。
右腕の大きい個体が、鉱石箱を蹴り飛ばした。
箱が転がり、鉄鉱の欠片が床へ散らばる。
「来るぞ!」
ロガが叫ぶ。
ナノは魔石瓶を腰袋へしまい、槌を構えた。
通常個体が先に飛び込んでくる。
その後ろから、右腕の大きい個体がゆっくり歩いてくる。
ただの鉄鋼ゴブリンではない。
鉄鋼腕ゴブリン。
この坑道内での呼び方なら、そう呼ぶのが近い気がした。
ナノは石眼を使いたくなった。
だが、まずは目で見る。
通常個体の腕は細い。
硬化は爪だけ。
鉄鋼腕ゴブリンは右腕全体が硬い。
動きは遅いが、一撃が重い。
「ロガ、手前は俺が止めます!」
「無理すんな!」
「止めるだけです!」
ナノは通常個体の前へ出た。
怖い。
鉄鋼ゴブリンの歯が見える。
唾と鉄粉が飛ぶ。
だが、動きは見える。
爪が上から来る。
ナノは横へ入る。
槌の柄で手首を押さえ、足元へ体をずらす。
鉄鋼ゴブリンが体勢を崩す。
ナノは膝を打つ。
倒れた。
倒したのではない。
止めた。
それでいい。
「ロガ!」
「任せろ!」
ロガが飛び込み、腹部を避けて肩を打つ。
鉄鋼ゴブリンは完全に動きを止めた。
だが、その瞬間、鉄鋼腕ゴブリンが迫っていた。
右腕が振り上げられる。
ナノの背筋が冷えた。
これは受けられない。
避けるしかない。
「下がれ!」
ロガの声。
ナノは横へ跳ぶ。
鉄鋼腕ゴブリンの右腕が床を叩いた。
石床が砕ける。
破片が飛び、ナノの頬を切った。
「っ!」
血が滲む。
鉄鋼腕ゴブリンが唸る。
右腕の鉱石瘤が黒く光っていた。
ナノは一瞬だけ石眼を開いた。
――鉄鋼腕ゴブリン。
――鉄鋼ゴブリン変異小個体。
――右腕硬化、中。
――魔石位置、胸部中央。
――右腕瘤と魔石が半連結。
――右肘内側、硬化薄。
閉じる。
頭が少し熱い。
だが、見えた。
「右肘の内側が薄い! そこを止めれば腕が落ちます!」
ナノが叫ぶ。
ロガが目を細める。
「肘の内側だな!」
鉄鋼腕ゴブリンが再び右腕を振る。
ロガが正面から小槌を構えた。
だが、受けるつもりではない。
振り下ろされる瞬間、ロガは横へ転がり、右肘内側へ小槌を叩き込んだ。
鈍い音。
硬い層にひびが入る。
ナノはその隙に踏み込んだ。
魔石狩り用の槌を両手で握る。
百錬成鋼を使いたくなる。
だが、使いすぎれば魔石を壊すかもしれない。
使わない。
体重を乗せる。
石の薄い場所へ、正しく入れる。
「はぁっ!」
ナノの一打が、右肘のひびへ重なった。
鉄鋼腕ゴブリンの右腕がだらりと下がる。
「今!」
ロガが体当たりでゴブリンを倒した。
ナノは胸部中央を見た。
魔石がある。
でも、ここで叩けば壊れる。
ナノはナイフを抜いた。
息を整え、胸部の硬化していない隙間へ刃を入れる。
鉄鋼腕ゴブリンが暴れる。
ロガが必死に押さえる。
「早くしろ!」
「分かってる……!」
指先が震える。
焦れば魔石を傷つける。
落ち着け。
黒脈石の護符が冷たい。
中心を折るな。
ナノは刃を少しずつ進めた。
胸部の奥から、鉄色に黒を混ぜた魔石が現れる。
通常個体より大きい。
低級鉄鋼魔石の上位欠片。
ナノはそれを慎重に取り出し、小瓶へ入れた。
鉄鋼腕ゴブリンの体から力が抜けた。
資材置き場に静寂が戻る。
ナノは床に座り込み、荒く息を吐いた。
「壊さずに……取れた」
ロガも肩で息をしていた。
「やるじゃねぇか」
「ロガが押さえてくれたから」
「まぁな」
ロガは照れ隠しのように鼻を鳴らす。
ナノは小瓶を見た。
中には、鉄鋼魔石が3つ。
そして、少し大きい上位欠片が1つ。
黒錆魔石へ進むための段階。
それを、自分たちの手で壊さずに回収できた。
その時だった。
資材置き場の奥、崩れた鉱石箱の陰から、小さな音がした。
かつん。
かつん。
杖が石床を叩くような音。
ロガの顔が変わる。
「まだいる」
ナノは槌を握り直した。
奥の影から、もう1匹のゴブリンが姿を現した。
他の鉄鋼ゴブリンより細い。
腕の硬化は弱い。
だが、手には黒い杖のような鉱石片を持っていた。
頭には、鉄粉で描かれたような奇妙な模様。
ロガが低く呟く。
「ゴブリンメイジ……」
ナノの掌が、嫌な熱を持った。
ただの鉄鋼ゴブリンではない。
魔法を使う個体。
戦いは、まだ終わっていなかった。
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