第31話 鉄鋼ゴブリンの群れ
硬殻モグラの小依頼を終えた翌朝、ナノは黒鉄炉の隅で硬化魔石を見つめていた。
小さな茶黒い魔石が3つ。
昨日、旧西坑道で駆除した硬殻モグラから回収したものだ。黒錆魔石のような強い誘惑はない。灰鋼魔石のような圧迫感もない。けれど、掌を近づけると、石紋の奥がじんわりと熱を帯びた。
強すぎない。
けれど、確かに硬くなる力がある。
ナノはその熱を確かめるように、指先を魔石の近くへ置いた。
「吸うなよ」
背後から声がした。
ロガだった。
ナノは振り返る。
「吸わないよ」
「昨日もそう言って、顔だけは吸いそうだった」
「今日は本当に見てるだけ」
「その言い方が一番怪しいんだよ」
ロガはそう言いながら、ナノの隣に腰を下ろした。
手には小さな布袋を持っている。中から出てきたのは、昨日の硬殻モグラの殻片だった。
「グレン親方が言ってた。これも使えるって」
「殻片も?」
「ああ。魔石だけじゃなく、殻にも硬化の癖が残ってる。粉にして混ぜれば、適合訓練の補助材になるらしい」
ナノは殻片を見た。
地味な素材だ。
強い魔物の魔石でも、宝石でもない。
けれど、黒錆魔石に至るためには、こういう小さな段階が必要なのだろう。
グレンが工房の奥から出てきた。
手には1枚の依頼札。
「次の依頼だ」
ナノは背筋を伸ばした。
「硬化系ですか」
「ああ。鉄鋼ゴブリンの小群れが、北鉱道の資材置き場に入り込んだ」
ロガが顔をしかめる。
「鉄鋼ゴブリンか。面倒だな」
ナノは依頼札を受け取った。
北鉱道資材置き場、鉄鋼ゴブリン駆除。
危険度、E下位。
推奨人数、2名以上。
追加報酬、低級鉄鋼魔石、鉄鋼爪、損傷の少ない鉱石嚢。
「E下位……」
ナノは小さく呟いた。
これまでのF上位より、少し上だ。
グレンが言う。
「今のお前には早い。だが、ロガと組むなら行ける」
「俺が面倒見る前提かよ」
ロガが不満そうに言う。
グレンは即答した。
「お前も面倒を見られる側だ」
「……分かってるよ」
ナノは依頼札を握った。
鉄鋼ゴブリン。
名前は単純だが、今後の魔石狩りには重要な魔物だ。黒錬鉱や鉄鉱を喰い、腕や爪、肩に硬い鉱石質の瘤を作る。低級ながら、硬化系魔石を持つ可能性が高い。
黒錆魔石へ向かうための段階。
ナノは胸元の黒脈石の護符に触れた。
「行きます」
グレンはナノの目を見た。
「石眼は必要な時だけだ」
「はい」
「魔石を壊すな。今回は倒すだけではない。使える状態で回収することが目的だ」
「分かりました」
「分かりました、だけで済むなら誰も苦労しない」
グレンは鉄槌を1本差し出した。
いつもの見習い用より、少し柄が短く、先端が平たい。
「これは?」
「打ち砕く槌ではない。押し潰し、ずらし、関節を止めるための槌だ。魔石狩り用に使え」
ナノは両手で受け取った。
重い。
けれど、持てないほどではない。
硬殻モグラの時より、少しだけ腕が慣れてきている。
「ありがとうございます」
グレンは頷く。
「戻ったら、鉄鋼魔石の状態を見る。いい素材を持ってこい」
*
北鉱道は、黒鉄炉の北側に伸びる資材運搬用の坑道だった。
壁は黒く、所々に鉄鉱の筋が走っている。床には荷車の跡が深く刻まれ、脇には使い古した支柱や鉱石箱が積まれていた。
空気は乾いているが、灰鳴き坑道ほど粉っぽくはない。
鉄と油の匂いが強かった。
ナノとロガは、資材置き場の手前で足を止めた。
奥から、金属をかじるような音が聞こえる。
がり。
がり。
がりっ。
ナノの背筋が強張る。
ロガが小声で言った。
「いるな」
「何匹くらい?」
「音だけなら、3匹か4匹」
ナノは耳を澄ませた。
がり。
がり。
少し高い音。
別の場所から、低い音。
たしかに複数いる。
「石眼、使う?」
ロガが聞いた。
ナノは首を横に振った。
「まだ使わない。まず見ます」
「よし」
2人は資材箱の影から、そっと中を覗いた。
鉄鋼ゴブリンがいた。
身長は人族の子どもほど。だが、体は筋張っていて、腕や肩に鉄色の瘤がついている。皮膚は灰緑色で、爪は黒く硬化していた。口元には鉄粉がこびりつき、鉱石箱の角をがりがりと削っている。
3匹。
いや、奥にもう1匹いる。
合計4匹。
そのうち1匹だけ、右腕の鉱石瘤が大きかった。
「右奥の個体、少し硬そう」
ナノが言う。
ロガが頷く。
「たぶん小群れのまとめ役だな。あいつを先に暴れさせると面倒だ」
「どうしますか」
「まず手前の2匹を静かに倒す。奥の2匹に気づかれる前に」
ナノは魔石狩り用の槌を握った。
倒す。
でも、魔石を壊さない。
相手の胸や腹を無闇に叩かない。
足を止め、腕を潰し、体勢を崩してから魔石位置を狙う。
一瞬だけ、石眼を開く。
――鉄鋼ゴブリン。
――摂食鉱物、鉄鉱、黒錬鉱微量。
――魔石位置、腹部中央やや左。
――腕部硬化、低。
ナノはすぐに閉じた。
「手前の2匹は、腹の少し左に魔石。腕の硬化は弱いです」
「十分」
ロガが低く構えた。
ナノも頷く。
最初の一歩を踏み出した瞬間、胸元の護符が冷たく揺れた。
怖い。
でも、止まらない。
魔石狩りとしての本当の依頼が、ここから始まった。
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