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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第29話 黒錆適合試験

 適合試験は、黒鉄炉ではなく、グレンの工房の奥で行われた。


 朝から工房の空気は張り詰めていた。


 炉の火は弱められ、余計な音を立てる作業はすべて止められている。作業台の上には、精錬済みの黒錆魔石、白鈍石の粉、冷却水、薬草布、そしてナノの黒脈石の護符が並べられていた。


 ミラも来ていた。


 腕を組み、いつもより厳しい顔をしている。


「少しでも異常が出たら中止」


 開口一番、そう言った。


 ナノは頷く。


「はい」


「痛み、吐き気、視界の白濁、石紋の暴れ。全部すぐに言うこと」


「分かりました」


「我慢したら怒るわよ」


「……怒られたくないので、言います」


「よろしい」


 ロガも壁際にいた。


「俺、いていいのか?」


 グレンが答える。


「見習いとして見ておけ。魔石を扱う者がどう壊れかけるかを知るのも勉強だ」


「言い方が怖ぇよ」


「怖くていい」


 ナノは石台の前に座った。


 胸元から黒脈石の護符を外し、両手の上に置く。


 自分で削った不格好な護符。


 そこに精錬済みの黒錆魔石が近づけられる。


 直接触れさせるわけではない。


 2つの石の間に、薄い白鈍石の粉を敷いた小皿が置かれる。


 グレンが説明した。


「まず、護符を媒介にする。黒錆魔石の力を直接お前の石紋へ入れない。護符を通して反応を見る」


「はい」


「石眼は使うな」


「使いません」


「百錬成鋼も発動するな」


「はい」


「ただ、感じろ。痛みも、熱も、拒絶も、全部だ」


 ナノは深く息を吸った。


 黒錆魔石が近づく。


 掌の石紋が熱を持つ。


 最初は小さな熱だった。


 だが、黒錆魔石が護符の前に置かれた瞬間、その熱が一気に強まった。


「っ……」


 ナノは息を詰めた。


 ミラがすぐに言う。


「痛い?」


「熱い……です。掌が」


「続けられる?」


 ナノは少し迷った。


 無理はしない。


 でも、これはまだ耐えられる。


「続けられます」


 グレンが黒錆魔石を小皿の上に置いた。


 白鈍石の粉が、赤黒い光に触れて淡く白く輝く。


 黒脈石の護符が冷たくなった。


 熱と冷たさ。


 掌の石紋は熱いのに、護符は冷たい。


 その差が、胸の奥でぶつかる。


 ナノの呼吸が浅くなった。


 頭の奥に、文字ではない感覚が流れ込んでくる。


 硬くなりたい。

 守りたい。

 傷つきたくない。

 血を止めたい。

 砕かれたくない。

 壊したい。

 壊されたくない。


 黒錆魔石の中に残る魔物の歪みなのか、自分の欲なのか分からない。


 ナノは歯を食いしばった。


「ナノ」


 ミラの声。


「今、何を感じてる?」


「硬く……なりたいって。守りたいけど、壊したい感じもあります」


 グレンの目が鋭くなる。


「飲まれるな。言葉にできているうちは、まだお前の側にいる」


「はい……!」


 黒錆魔石が、かすかに震えた。


 黒脈石の護符の銀筋が淡く光る。


 ナノの石紋から、白い菱形の線が浮かび上がる。


 その周囲に、赤黒い細線が走ろうとした。


 ミラが即座に薬草布を構える。


「グレン」


「まだだ」


 グレンは黒錆魔石の位置を少し遠ざけた。


 熱が弱まる。


 ナノは荒く息を吐いた。


「はっ……はぁ……」


「どうだ」


 グレンが聞く。


 ナノは汗を拭わずに答えた。


「怖いです。でも……完全に拒絶されてる感じではないです」


「どこに熱が来た」


「掌と、右腕。それと胸の奥。でも右腕が一番強いです」


「やはり硬化が右腕へ寄るか」


 グレンは低く呟いた。


 ミラが眉を寄せる。


「危ないわね。偏りすぎると、石化に近い硬直が出る」


「だから今日はここまでだ」


 グレンが黒錆魔石を瓶へ戻した。


 ナノは思わず声を出した。


「えっ、もう……?」


 言った瞬間、自分でも欲が出たことに気づいた。


 もっと試したい。


 もう少しで何か掴めそうだった。


 その感覚が危ない。


 ナノは口を閉じた。


 グレンが見ていた。


「続きを欲しがったな」


「……はい」


「その時点で今日は終わりだ」


 厳しいが、正しい。


 ナノは深く息を吐いた。


「分かりました」


 ミラが掌を確認する。


 赤黒い線は消えてはいないが、広がってもいない。


「ぎりぎりね。今日は安静」


「はい」


「本当に分かってる?」


「分かってます。続きをやりたい気持ちはあります。でも、今やったら危ないと思います」


 ミラは少しだけ表情を緩めた。


「それを自分で言えるなら、少し安心」


 ロガが壁際から口を挟む。


「なぁ、それって適合したのか? してないのか?」


 グレンが答えた。


「部分適合だ」


「部分?」


「黒錆魔石はナノを完全には拒んでいない。だが、今の体で吸収すれば右腕に偏る。つまり、吸えるが壊れる可能性が高い」


 ロガは顔をしかめた。


「最悪じゃねぇか」


「いや」


 グレンはナノを見た。


「道があると分かった」


 ナノの胸が静かに震えた。


 道がある。


 まだ吸えない。


 でも、完全に閉ざされてはいない。


 鍛えれば、いつか届く。


「何を鍛えればいいですか」


 ナノは聞いた。


 グレンは即答した。


「右腕だけではなく、全身の耐久。血流。呼吸。百錬成鋼の安定。そして、欲を抑える意思」


 最後の言葉が一番重かった。


 ナノは黒脈石の護符を握った。


「分かりました」


「次の段階は、魔石狩りだ」


 グレンが言う。


「低級の硬化系魔石を集める。黒錆魔石の前に、体へ段階を作る」


「低級の硬化系……」


「鉱山ギルドに依頼が出ている。相手は硬殻モグラと、鉄鋼ゴブリンの小群れだ」


 ロガがうげっと顔をしかめた。


「鉄鋼ゴブリンかよ」


 ナノは顔を上げた。


 ゴブリン。


 以前なら、ただの低級魔物として聞き流していたかもしれない。


 だが、このドワーフ領では違う。


 鉄鋼ゴブリンは、黒錬鉱や鉄鉱を喰い、体の一部を硬化させる魔物。


 黒錆魔石へ至る前段階として、必要な魔石を持つ可能性がある。


「行きます」


 ナノは答えた。


 ミラがすぐに睨む。


「今日は行かない」


「はい。今日は寝ます」


「よろしい」


 ナノは黒脈石の護符を胸元へ戻した。


 部分適合。


 まだ遠い。


 でも、道はある。


 黒錆魔石を吸収するために、ナノは次の魔石狩りへ進むことになった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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