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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第3章 鉱山ギルドと魔石狩り

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第28話 黒錆魔石の精錬

 黒錆魔石の精錬は、黒鉄炉では行われなかった。


 グレンがナノたちを連れて行ったのは、黒鉄炉のさらに奥にある小さな精錬室だった。工房というより、岩壁を削って作られた密閉された部屋に近い。


 中には小型の炉が1つ。


 その周囲に、細い管、冷却用の水槽、鉱石粉を混ぜる石皿、そして何本もの金属棒が並んでいる。壁には黒い煤がこびりつき、床には赤茶色の粉が薄く積もっていた。


 空気が重い。


 黒鉄炉の熱気とは違う。


 ここには、魔石の匂いがこもっていた。


 甘くもあり、鉄臭くもあり、どこか血のようでもある。


 ナノは入った瞬間、胸元の護符を握った。


 掌の石紋が反応している。


 黒錆魔石が近いからだ。


 グレンはそれを見て言った。


「近づきすぎるな」


「はい」


「今のお前は、匂いだけでも引っ張られる」


「匂いでも……?」


「魔石と適合しやすい者は、視覚だけで反応するわけではない。匂い、熱、音、手触り。全部が引き金になる」


 ナノは喉を鳴らした。


 それほど危ないのか。


 力を欲しがる自分が、少し怖くなる。


 ロガは精錬室の入口近くで腕を組んでいた。


「俺は近づいても平気だけどな」


 グレンが短く答える。


「お前は黒錆との適合が低い」


「それはそれで、なんか悔しいな」


「悔しがることではない。合わない石を欲しがる者ほど早く壊れる」


 ロガは黙った。


 グレンは黒錆魔石の欠片を金属皿に置いた。


 赤黒い欠片。


 小さいのに、部屋の空気を変えるほどの存在感がある。


 ナノは目を離せなかった。


 グレンが小瓶から白い粉を出す。


「これは白鈍石の粉だ」


「白鈍石……」


 ナノは自分が磨いていた石を思い出した。


「白剛石に近いけど、不純物が多い石ですよね」


「そうだ。強さはないが、乱れを抑える性質がある。黒錆魔石の歪みを抜く時に使う」


 次に、黒い粉を出す。


「黒錬鉱の粉」


 さらに、赤茶色の粉。


「赤錆鉱の粉。ただし、これは少量でいい。入れすぎると黒錆の凶暴性が戻る」


 ナノは真剣に見ていた。


 魔石は、ただ吸うものではない。


 整えるもの。


 鍛えるもの。


 混ぜるもの。


 抜くもの。


 その考えが、少しずつ体に入ってくる。


 グレンは炉に火を入れた。


 炎は小さい。


 だが、黒鉄炉のような赤ではなく、青白い光を帯びている。


「魔石は鉄と違う。強火で焼けばいいわけではない。熱を入れすぎれば、中の魔力が暴れる」


「じゃあ、どうやって」


「鳴きを聞く」


 グレンは黒錆魔石を火にかざした。


 しばらくすると、魔石から小さな音がした。


 きん。


 きん。


 金属ではない。


 石の中で何かが軋むような音。


 ナノの掌が熱くなる。


 その音が、自分を呼んでいるように感じた。


 欲しい。


 吸収したい。


 今なら、少しだけなら。


 そう思った瞬間、胸元の黒脈石の護符が冷たく光った。


 ナノははっと息を吸った。


 危ない。


 今、引き寄せられていた。


「気づいたか」


 グレンが言った。


「はい……今、少し」


「その感覚を覚えろ。魔石の誘惑だ」


「誘惑……」


「力は意思を持たない。だが、欲しがる者の弱さに入り込む」


 グレンは白鈍石の粉を少しずつ黒錆魔石へかけた。


 じゅ、と小さな音がする。


 赤黒い光がわずかに弱まり、代わりに白い膜のようなものが表面に浮かぶ。


「白鈍石で暴れを抑える」


 次に黒錬鉱の粉。


「黒錬鉱で硬化の性質を整える」


 最後に、ごく少量の赤錆鉱。


「赤錆鉱は残す。すべて抜けば、黒錆魔石ではなくなる。危険を消すのではなく、扱える形に削る」


 ナノはその言葉に胸を打たれた。


 危険を消すのではなく、扱える形に削る。


 自分の恐怖も、欲も、怒りも同じなのかもしれない。


 全部消せるわけではない。


 だが、飲まれない形に整えることはできる。


 グレンは魔石を冷却水に落とした。


 しゅう、と白い蒸気が上がる。


 ナノは思わず一歩前へ出そうになった。


 ロガが肩を掴む。


「おい」


 ナノは止まった。


「……ありがとう」


「本当に危なっかしいな、お前」


「自分でも思う」


 ロガは呆れたように息を吐いた。


 冷却を終えた黒錆魔石は、最初とは少し違っていた。


 赤黒い光は残っている。


 だが、暴れるような濁りは薄くなり、内部の黒い筋が整って見えた。表面には白い細線が入り、黒脈石の護符と少しだけ響き合っているようにも見える。


 グレンはそれを小さな台座に置いた。


「これが一次精錬だ」


「これなら、吸収できるんですか」


 ナノが聞くと、グレンは首を振った。


「まだだ」


 ナノは少し肩を落とした。


「まだ……」


「一次精錬で危険は減った。だが、お前の体が受け止められるかは別だ。次は適合試験をする」


「適合試験?」


「ああ。直接吸うのではなく、黒錆魔石の欠片を護符と共鳴させる。お前の石紋がどこまで耐えるかを見る」


 ナノは胸元の黒脈石の護符に触れた。


 護符が少し冷たい。


「もし、耐えられなかったら」


「吸収は延期だ」


「……はい」


 悔しい。


 だが、以前ほど焦りに飲まれない。


 ここまで来るだけでも、いくつもの工程が必要だった。


 魔石を仕分ける。

 危険を読む。

 精錬する。

 適合を見る。


 強くなるとは、ただ倒して吸うことではない。


 ナノはそれを少しずつ理解していた。


 グレンは精錬済みの黒錆魔石を見つめた。


「明日、試す」


 ナノの胸が跳ねた。


「明日……」


「怖いか」


 グレンが聞く。


 ナノは正直に頷いた。


「怖いです。でも、逃げたくはないです」


 グレンはわずかに口元を動かした。


「なら、今日は食って寝ろ」


「はい」


「それが一番大事な準備だ」


 ロガが横で笑う。


「結局そこなんだな」


 グレンは真顔で答えた。


「食わん者は鍛えられん」


 ナノは黒錆魔石をもう一度見た。


 赤黒い力は、まだそこにある。


 だが、少しだけ静かになっていた。


 まるで、ナノ自身が少しずつ自分の内側の焦りを整えているように。


 明日、黒錆魔石との適合試験が始まる。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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