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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第2章 ドワーフ領と黒鉄の試練

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第24話 灰鋼討伐作戦

 討伐班は、灰鳴き坑道へ静かに入った。


 先頭はバルド。


 鉄の義腕に鳴石を固定し、腰には短槌を下げている。義腕の関節に埋め込まれた魔石が、薄い青の光を放っていた。


 その後ろに軽装のドワーフ戦士が2人。


 さらに獣族の斥候、ミラ、ラウネの補助係。


 ナノとロガは、後方の記録係の横についた。


 本来なら見習いが討伐班に同行すること自体が異例だった。だが、今回は2人が坑道内の状況を最もよく知っている。案内と情報補助という条件で、同行が許された。


 ただし、戦闘は禁止。


 グレンにも、ミラにも、ラウネにも、バルドにも念を押された。


 ナノは鉄槌を持っていない。


 腰には小さな採取用ナイフだけ。


 それも、戦うためではなく、非常時に布や紐を切るためのものだ。


 手が空いていることが、逆に落ち着かなかった。


 何かを握っていないと不安になる。


 ナノは胸元の黒脈石の護符に触れた。


 冷たい。


 呼吸を整える。


 戦えないのではない。


 今日は戦わない役割だ。


 そう自分に言い聞かせる。


「ナノ」


 ロガが小声で呼んだ。


「顔、また硬い」


「ロガに言われるとは思わなかった」


「俺だって分かる時は分かる」


「……緊張してる」


「俺もしてる」


 ロガは前を見たまま言った。


「グレン親方が戻ってこなかったら、嫌だからな」


 その言葉は、ナノの胸に静かに落ちた。


 ロガも怖いのだ。


 ただ、怖がり方が違うだけで。


「うん」


 ナノは頷いた。


「絶対、戻ってもらう」


 2人はそれ以上話さなかった。


 灰鳴き坑道の奥へ進むほど、空気は重くなった。


 灰色の粉が漂っている。


 壁には新しいひびが走っていた。


 ナノが逃げた時よりも、ひびは広がっているように見える。天井から落ちた石片も増えていた。足元に積もった灰鋼粉が、靴底でざりざりと鳴った。


 バルドが低く言った。


「ここから先、声を落とせ」


 全員が頷く。


 ナノは地図を思い出す。


 第2補強坑道。


 そこから灰鉱溜まりへ抜ける。


 そこを戦闘場所にする。


 灰鋼オークを音で誘導する。


 問題は、グレンがそこまで持ちこたえているかどうか。


 胸が苦しくなる。


 その時、遠くで音がした。


 ごうん。


 戦槌の音。


 ナノは顔を上げた。


「グレンさん……!」


 まだ戦っている。


 その事実に、足から力が抜けそうになった。


 バルドが短く言う。


「生きてるな」


 ミラが表情を引き締める。


「急ぎましょう。でも走らない。粉を巻き上げると呼吸が悪くなる」


 討伐班は足を速めた。


 補強坑道を抜けると、灰鉱溜まりに出た。


 そこは、灰鳴き坑道の中では珍しく広い空間だった。


 天井は高く、壁の一部が人工的に削られている。床には古い採掘跡が残り、灰色の石粉が厚く積もっていた。奥には崩れかけた支柱が何本もあり、使われなくなって長いことが分かる。


 バルドが周囲を確認する。


「ここなら戦える」


 ラウネの補助係が地図に印をつける。


 ミラは薬草水を準備する。


 ナノは灰鉱溜まりの壁を見た。


 灰鳴き石の脈がある。


 音を出せば、きっと響く。


 だが、強すぎればこの空間も崩れるかもしれない。


「バルドさん」


 ナノは声を抑えて言った。


「音、強すぎると危ないです。壁の上の方、ひびが入ってます」


 バルドは壁を見た。


「どの辺りだ」


 ナノは指差す。


「あそこです。灰色が濃いところ。たぶん中が空いてます」


 バルドは頷いた。


「分かった。鳴らす位置を低くする」


 義腕につけた鳴石を、床に近い岩へ当てる。


 まだ鳴らさない。


 全員が配置についた。


 バルドが鳴石役。


 ドワーフ戦士2人が左右から抑える。


 獣族の斥候が背後の逃げ道を確保。


 ミラは後方治療。


 ナノとロガはさらに後ろで情報補助。


 準備が整った時、奥の通路から重い足音が近づいてきた。


 どん。


 どん。


 どん。


 その間に、グレンの戦槌の音が混じる。


 ごうん。


 灰色の粉塵の向こうに影が見えた。


 まず現れたのは、グレンだった。


 肩で息をしている。


 作業着は破れ、腕には灰色の粉がこびりついていた。額から血が流れている。それでも、戦槌は握ったままだった。


「グレン!」


 ミラが叫びかけたが、すぐに口を閉じた。


 グレンの後ろから、灰鋼オークが現れた。


 巨大だった。


 さっき見た時よりも、さらに恐ろしく見えた。


 灰色の皮膚。

 肥大した右腕。

 胸元にこびりついた灰鋼粉。

 唇の端から漏れる荒い息。


 その目は怒りで濁っていた。


 グレンが灰鉱溜まりへ飛び込む。


「来たぞ!」


 バルドが鳴石を叩いた。


 ぎぃん。


 灰鳴き石に似た高い音が広がる。


 灰鋼オークの動きが止まった。


 頭が音の方へ向く。


「反応した!」


 ロガが叫ぶ。


 バルドがもう一度鳴らす。


 ぎぃん。


 灰鋼オークがバルドへ向かって突進した。


「来い、灰まみれの豚野郎!」


 バルドが義腕を構える。


 灰鋼オークの右腕が振り下ろされた。


 バルドは正面から受けない。


 義腕で軌道をずらし、横へ流す。


 衝撃で床が割れる。


 左右のドワーフ戦士が一斉に踏み込んだ。


 斧が灰鋼オークの脚を狙う。


 だが、刃は浅く弾かれた。


「硬ぇ!」


 戦士の1人が叫ぶ。


 グレンが横から戦槌を叩き込む。


「白剛震槌!」


 灰鋼オークの左肩が砕けかける。


 だが、右腕はまだ健在。


 灰鋼オークは怒り狂ったように唸り、右腕を振り回した。


 灰鋼粉が舞う。


 ミラが叫ぶ。


「粉を吸わないで!」


 ナノは口元の布を押さえる。


 その時、石眼を使いたくなる衝動が走った。


 魔石位置。


 弱点。


 右腕の構造。


 見たい。


 だが、許可なく使うなと言われている。


 ナノは奥歯を噛んだ。


 目だけで見る。


 灰鋼オークの動き。


 右腕が重い。


 振るたびに、体がわずかに左へ傾く。


 右腕の付け根。


 灰鋼の瘤が何層にも重なっている。


 でも、その下の脇腹は?


 ナノは息を詰めた。


 灰鋼オークが右腕を振り上げる瞬間、脇腹の灰粉が剥がれた。


 そこに、赤黒い線が見えた。


 魔石ではないかもしれない。


 だが、灰鋼粉の層が薄い。


「右腕の付け根の下!」


 ナノは叫んだ。


 バルドが一瞬こちらを見る。


「見えたのか!」


「石眼じゃない! 普通に見えました! 振り上げる時だけ、脇腹が薄い!」


 グレンが反応した。


「バルド、鳴らせ!」


 バルドが鳴石を叩く。


 ぎぃん。


 灰鋼オークが右腕を振り上げる。


 その瞬間、グレンとドワーフ戦士が同時に踏み込んだ。


 グレンの戦槌が右腕を受け止める。


 ドワーフ戦士の斧が脇腹の薄い部分へ入った。


 灰鋼オークが初めて痛みに叫んだ。


 地鳴りのような咆哮。


 ナノの胸が震える。


 効いた。


 しかし次の瞬間、灰鋼オークは怒りで暴れた。


 右腕が床を叩く。


 灰鉱溜まりの床にひびが走る。


 天井から灰が降る。


「まずい!」


 ロガが叫ぶ。


 ナノの掌が熱くなる。


 今は、使うべき時だ。


「石眼、使います!」


 ナノは叫んでから、石眼を開いた。


 視界が白く弾ける。


 ひび。

 空洞。

 崩落線。

 灰鋼オークの右腕。

 脇腹の赤黒い反応。


 頭が焼けるように痛い。


 だが、見えた。


 ――灰鋼オーク。

 ――右腕、灰鋼粉過剰硬化。

 ――魔石位置、右脇腹奥。

 ――灰鋼腕と魔石が連結。

 ――右腕破壊後、魔石露出。


 ナノは叫んだ。


「右腕を砕けば、魔石が出ます! でも床が先に崩れる! 奥へ押し込まないで、左側の岩壁へ寄せてください!」


 バルドが即座に動く。


「聞いたな! 左へ寄せろ!」


 討伐班が灰鋼オークの位置を変える。


 音で誘導し、盾で押し、グレンが右腕を弾く。


 ナノは膝をつきそうになった。


 ロガが支える。


「おい、もう見るな!」


「見えた……もう大丈夫……」


「顔色が大丈夫じゃねぇ!」


 ナノは石眼を閉じた。


 視界が揺れる。


 だが、情報は伝えた。


 あとは、前にいる者たちの仕事だ。


 グレンが戦槌を構える。


 白剛石が強く光る。


 バルドの鳴石が最後に高く響いた。


 ぎぃぃん。


 灰鋼オークが右腕を振り上げる。


 グレンが叫んだ。


「白剛震槌、二重打ち!」


 一撃目が右腕の表面を砕く。


 二撃目が、その奥の連結部を打ち抜いた。


 灰鋼オークの右腕が、ついに砕けた。


 灰色の破片が宙を舞う。


 その奥、右脇腹に赤黒い魔石が露出した。


 バルドが踏み込む。


 義腕の短槌が、魔石へ叩き込まれた。


 鈍い音。


 灰鋼オークの咆哮が途切れた。


 魔石にひびが入る。


 グレンが最後の一撃を入れる。


 戦槌が魔石を砕いた。


 灰鋼オークの巨体が、ゆっくり傾いた。


 そして、灰鉱溜まりの床へ倒れ込んだ。


 重い音が坑道に響いた。


 灰色の粉が舞い上がる。


 誰もすぐには声を出さなかった。


 ナノはロガに支えられながら、荒い息を吐いていた。


 討伐は終わった。


 だが、その代償のように、頭の奥が熱く脈打っていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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