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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第2章 ドワーフ領と黒鉄の試練

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第19話 灰鳴き坑道

 灰鳴き坑道は、ガルバ坑道街の西側にある古い補助坑道だった。


 黒鉄炉のある中心部から離れるほど、岩壁の色は変わっていく。黒錬鉱の筋が減り、代わりに灰色の粉をまぶしたような石肌が増えていった。灯石の光も弱く、道の先は常に薄い霞に包まれている。


 空気が乾いていた。


 地底の坑道なのに、水気が少ない。


 歩くたびに、足元の灰色の粉がふわりと舞い上がる。鼻の奥にざらつく匂いが残り、喉が渇いた。


 ナノは胸元の黒脈石の護符を指で押さえた。


 ひんやりとした石の感触が、心臓の鼓動を少しだけ落ち着かせてくれる。


 隣にはロガがいた。


 今日はグレンはいない。


 遠くで見張っている可能性はあるが、少なくとも一緒には歩いていない。ミラもいない。ナノとロガ、見習い2人だけの依頼だった。


 依頼内容は、灰鳴き坑道の異音調査。


 最近、この坑道の奥から「石が泣くような音」がするという。魔物の可能性もあるが、鉱脈の劣化や落石前兆の可能性もある。見習い向けの調査依頼として、ギルドから出されたものだった。


「なぁ、人族」


 ロガが言った。


 ナノは横を見る。


「ナノでいいよ」


「……ナノ」


 ロガは少し言いづらそうに名前を呼んだ。


「お前、昨日の護符、ちゃんと持ってきたんだな」


「うん」


「見せびらかすなよ。まだ不格好なんだから」


「見せびらかしてないよ」


「胸元で握ってただろ」


「あれは……落ち着くから」


 ナノが正直に言うと、ロガは少し黙った。


 それから、小さく鼻を鳴らした。


「まぁ、初めて作った石ならそんなもんか」


「ロガの槌飾りは?」


「持ってる」


 ロガは腰の小袋を軽く叩いた。


「見せないけどな」


「なんで」


「見せたら、お前が変なこと言いそうだから」


「言わないよ」


「人族はすぐ素直な顔で変なことを言う」


「それ、偏見じゃない?」


「たぶんな」


 ロガは少しだけ笑った。


 その笑い方は、最初に会った時よりも刺々しくなかった。


 ナノは少しだけ肩の力を抜いた。


 だが、その瞬間。


 坑道の奥から、音が聞こえた。


 きぃぃん。


 細く、高い音だった。


 鉄を叩いた音ではない。


 石が擦れ合う音でもない。


 もっと不安定で、耳の奥に残る音。


 まるで、遠くの暗闇で、誰かが細い金属を爪で引っ掻いているようだった。


 ナノは足を止めた。


「今の……」


 ロガも表情を変える。


「鳴ったな」


「これが、灰鳴き?」


「たぶん」


 2人は顔を見合わせた。


 ロガは小槌を握り、ナノは鉄槌を構える。


 音のした方へ、ゆっくり進む。


 坑道の壁には、灰色の細い鉱脈が走っていた。表面は脆そうで、少し触れるだけで粉が落ちる。ナノは指先で触れてみた。


 ざらり。


 乾いた感触。


 石眼を使いたくなる。


 だが、まずは普通に見る。


 灰色の鉱脈は、ところどころ膨らんでいる。


 まるで内部から圧力がかかっているようだった。


「ロガ、これって普通?」


「普通じゃない」


 ロガは壁に耳を当てた。


 しばらく目を閉じる。


「中で空洞ができてるかもな。灰鳴き石は、湿気と熱で中が割れることがある。割れる前に鳴る」


「じゃあ、落石?」


「その可能性もある」


 その時、また音がした。


 きぃぃん。


 今度は近い。


 ナノの掌が熱くなる。


 危険だ。


 そう感じた。


「ロガ、下がった方が」


 言い終わる前に、壁の一部が膨らんだ。


 灰色の石肌がひび割れる。


 中から、小さな黒い脚が覗いた。


 ナノの背筋に冷たいものが走る。


「魔物……!」


 壁を破って出てきたのは、蟲だった。


 ただし、鉄殻蟲とは違う。


 体は薄く、扁平で、灰色の石片を何枚も重ねたような殻をしている。脚は細く長く、動くたびに灰色の粉を撒いた。頭部には小さな顎があり、壁の灰鳴き石を削っている。


 ロガが舌打ちした。


「灰殻蟲だ。こいつらが中を喰って鳴らしてたのか」


 灰殻蟲。


 一般的な魔物名ではない。


 この坑道特有の呼び名なのだろう。


 ナノは一瞬だけ石眼を使った。


 視界の端が白く揺れる。


 ――灰殻蟲。


 ――摂食鉱物、灰鳴き石。


 ――殻、脆いが粉塵散布あり。


 ――弱点、腹部中央。


 ――大音に反応し、壁内個体を呼ぶ。


 ナノはすぐに石眼を閉じた。


 頭が少し熱い。


「大きな音を出すと、壁の中の仲間を呼びます!」


「じゃあ小槌で叩けねぇじゃんか」


 ロガが顔をしかめる。


「粉も出ます。吸うと危ないかも」


「面倒くせぇ……」


 灰殻蟲が壁から這い出してくる。


 1匹。


 2匹。


 3匹。


 ナノは口元の布を強く結び直した。


「腹を狙えばいい。でも、大きな音はダメ」


「静かに潰せってか」


「たぶん」


「試練にしては陰湿すぎるだろ」


 ロガは小槌を短く持ち直した。


 ナノも鉄槌の柄を握り直す。


 正面から叩けば音が出る。


 なら、押さえる。


 転がす。


 腹を狙う。


 灰殻蟲が低く跳んだ。


 ナノは横へ避け、鉄槌の柄で上から押さえつけた。


 殻がきしむ。


 きぃ、と鳴き声が漏れた。


 ナノは歯を食いしばる。


「ロガ!」


「分かってる!」


 ロガが小さく踏み込み、灰殻蟲の腹部へ短槌をねじ込むように当てた。


 大きな音は出ない。


 ぐしゃり、と鈍い音がして、灰殻蟲が動かなくなる。


 1匹。


 次の個体が粉を撒いた。


 灰色の粉が空気に広がる。


「吸うな!」


 ロガが叫ぶ。


 ナノは腕で口元を覆った。


 粉が目に入り、少し涙が滲む。


 視界がぼやける。


 だが、ここで石眼を使い続けるのは危険だ。


 ナノは音を聞いた。


 脚の擦れる音。


 粉の落ちる音。


 ロガの息遣い。


 灰殻蟲は壁の近くを好む。


 広い場所には出てこない。


「壁から離しましょう!」


 ナノが叫ぶ。


「広いところに誘導すれば、壁の中の仲間を呼びにくい!」


「どうやって!」


 ナノは足元の小石を拾った。


 大きな音を出さないよう、壁ではなく床の奥へ軽く転がす。


 ころころ、と乾いた音。


 灰殻蟲の1匹がそちらへ向く。


 音に反応する。


 強すぎる音は仲間を呼ぶが、小さな音なら誘導できる。


「小石です! 叩かずに転がして!」


「なるほどな!」


 ロガも小石を転がす。


 灰殻蟲たちが壁から少し離れる。


 その隙に、2人は左右から挟んだ。


 大きく叩かない。


 押さえる。


 転がす。


 腹を狙う。


 動きは不格好だった。


 何度も粉を浴びかけた。


 ナノは足を滑らせ、膝を打った。


 ロガも腕をかすられた。


 それでも、1匹ずつ倒していく。


 最後の灰殻蟲が逃げようとした時、ナノは胸元の護符を握った。


 焦るな。


 中心を折るな。


 ナノは鉄槌を投げず、足元の石を静かに転がした。


 灰殻蟲が一瞬だけ振り向く。


 そこへロガが回り込み、腹部を打った。


 最後の1匹が動かなくなる。


 坑道に、静寂が戻った。


 ナノは肩で息をした。


「はっ……はぁ……」


 ロガも汗を拭った。


「地味な戦いだったな」


「でも、生きてます」


「それは大事だな」


 ロガは壁を見た。


 灰殻蟲が出てきた穴から、灰色の粉が少しずつ落ちている。


「この奥、かなり喰われてる」


「崩れますか」


「すぐじゃない。でも放っておくと、坑道の一部が落ちる」


 ナノは灰殻蟲の死骸を見た。


「これ、依頼としては異音調査でしたよね」


「ああ」


「でも、原因は魔物で、落石の危険もある。ギルドに戻って報告した方がいい」


 ロガは頷いた。


「同感だ。深入りはやめる」


 その判断に、ナノは少し驚いた。


「ロガなら、もっと奥へ行くって言うかと思いました」


「俺だって馬鹿じゃねぇよ」


「ごめん」


「謝るな。今のは俺も少しそう思った」


 ロガは照れ隠しのように鼻を鳴らした。


 2人は灰殻蟲の一部を証拠として回収し、坑道を戻り始めた。


 戻る途中、ナノは何度か振り返った。


 灰鳴き坑道の奥は、まだ暗い。


 今回倒した灰殻蟲がすべてではない。


 壁の奥には、もっといるかもしれない。


 そして、なぜ急に灰殻蟲が増えたのかも分からない。


 胸元の黒脈石の護符が、かすかに冷たかった。


 まるで、何かがまだ終わっていないと告げているようだった。


     *


 ギルドへ戻ると、ラウネは2人の報告を黙って聞いた。


 灰殻蟲の殻片を見た瞬間、彼女の表情が変わった。


「灰殻蟲……この数が出たの?」


 ロガが頷く。


「少なくとも5匹。壁の中にはもっといるかもな」


 ナノも続けた。


「坑道の壁が内側から喰われてました。灰鳴き石の脈が膨らんでいて、落石の前兆かもしれません」


 ラウネはすぐに記録板へ書き込み始めた。


「これは見習い依頼から外すわ。調査隊を出す必要がある」


 ナノは息を呑んだ。


 自分たちの報告が、次の行動につながっている。


 それは小さなことではなかった。


 ラウネは顔を上げた。


「2人とも、よく戻ったわね。奥へ行かなかった判断も正しい」


 ロガが少し得意げに笑う。


「まぁな」


 ナノは少しだけ頭を下げた。


「ありがとうございます」


 今度の言葉は、自然に出た。


 その時、ギルドの奥から慌ただしい足音が聞こえた。


 1人の坑道夫が駆け込んでくる。


「ラウネ! 灰鳴き坑道のさらに奥、第4支道で崩落音だ!」


 広間がざわつく。


 坑道夫は息を切らしながら続けた。


「それだけじゃない。崩れた奥から、妙な足跡が出てる。灰殻蟲じゃねぇ。もっとでかい」


 ラウネの顔が険しくなる。


「何の足跡?」


 坑道夫は震える声で言った。


「灰鋼オークだ。たぶん、坑道の奥に入り込んでる」


 ロガの顔から余裕が消えた。


 ナノの掌が、冷たく汗ばんだ。


 灰鋼オーク。


 また、新しい名前。


 だが、その響きだけで分かった。


 今までの錆鳴鼠や灰殻蟲とは違う。


 もっと大きく、もっと危険な何かが、灰鳴き坑道の奥にいる。


 ナノは胸元の護符を握った。


 黒脈石は冷たいままだった。


 だが、その冷たさは、これから来る試練を静かに告げているようだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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