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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第2章 ドワーフ領と黒鉄の試練

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第18話 黒脈石の護符

 黒鉄炉の火は、朝から荒々しく燃えていた。


 炉の奥で白に近い炎が揺れ、岩壁に赤い光を跳ね返している。熱気は厚い布のように空間へ垂れこめ、息を吸うたびに肺の奥まで鉄の匂いが入り込んだ。


 ナノは炉の隅にある小さな作業台の前に立っていた。


 目の前には、昨日の試練で採った黒脈石が置かれている。


 細長く、黒く、ところどころに銀色の筋が走る石。派手な宝石ではない。ダイヤモンドのように澄んだ輝きもない。けれど、炉の火に照らされると、その奥に細い命脈のような光が浮かんだ。


 ナノはそれを見つめたまま、しばらく動けなかった。


 父と母の声が、まだ胸の奥に残っている。


 生きろ。


 生きて。


 あの言葉は、呪いのようでもあり、祈りのようでもあった。


 自分だけが生き残った。


 その事実は、何度思い返しても軽くならない。


 けれど、昨日手にした黒脈石は、ナノに別のことも教えていた。


 自分はまだ折れていない。


 傷だらけで、未熟で、粗くて、余計な岩もたくさんまとわりついている。だが、中心だけは折らずにいる。


 その石を、護符にする。


 ナノはそう決めた。


「手が止まっているぞ」


 背後からグレンの声がした。


 ナノはびくりと肩を揺らした。


「はっ、はい。すみ……じゃなくて、考えてました」


「何を」


「どう削ればいいのかを」


「それなら考える前に触れ」


 グレンは作業台の横に立ち、黒脈石を指で叩いた。


 きん、と低く澄んだ音がした。


「石は頭の中で形を変えん。触って、重さを知って、削って、初めて変わる」


「……はい」


「ただし、削りすぎるな。護符は武器ではない。持ち主が折れそうな時に、中心を思い出すための石だ」


 ナノは黒脈石を両手で持ち上げた。


 冷たい。


 だが、ただ冷たいだけではない。


 昨日、坑道の奥で感じた重みがまだ残っている。鉄殻蟲の気配、ロガと並んで戦った緊張、黒い岩壁に走る細い脈を見つけた時の息苦しい喜び。


 それらが石の中に沈んでいるようだった。


「石眼は使うなよ」


 グレンが言った。


 ナノの掌がわずかに熱くなった。


 見透かされたようで、ナノは小さく息を詰める。


「……使おうとしてました」


「だろうな」


「すぐに分かるから、使いたくなります」


「便利なものは、人を甘やかす」


 グレンは小さな鑿と細い磨き棒を並べた。


「今日は、手で見る。音で見る。削った粉で見る。火にかざして見る。それだけだ」


 ナノは頷いた。


「分かりました」


「分かりました、だけでは足りん。やれ」


 厳しい。


 だが、グレンの言葉には無駄がない。


 ナノは黒脈石を作業台に置き、鑿を当てた。


 最初の一打。


 かん。


 思ったより強く入ってしまった。


 石の端がわずかに欠ける。


「あっ……」


 ナノの顔が青ざめた。


 グレンが眉を寄せる。


「焦るな」


「は、はい……でも、今」


「端が欠けただけだ。中心は折れていない」


 ナノは息を吐いた。


 その言葉に、妙に救われた。


 中心は折れていない。


 石だけではなく、自分に言われているようだった。


 ナノはもう一度鑿を当てた。


 今度は浅く。


 かん。


 かん。


 黒い石粉が少しずつ落ちる。


 削るたびに、石の中の銀筋が見え隠れした。だが、手を急がせると筋を切ってしまいそうになる。ナノは何度も手を止め、指で表面を確かめた。


 熱い。


 炉の熱で指先が汗ばむ。


 黒脈石は冷たいままなのに、握る手だけが火照っていく。


 何度目かの一打で、鑿がわずかに滑った。


「っ!」


 ナノの指先に小さな傷ができる。


 血が滲む。


 黒脈石の表面に、赤い点が落ちた。


 その瞬間、掌の石紋が強く熱を持った。


 黒脈石がわずかに光る。


 ナノは反射的に手を引いた。


「グレンさん、今……!」


「落ち着け」


 グレンは黒脈石を見た。


 赤い血の点は、石の表面に残っている。だが、染み込むように消えたわけではない。


「吸収ではない。お前の石紋が、黒脈石に反応しただけだ」


「反応……」


「護符は持ち主の血や魔力に馴染ませることがある。だが、今のお前がやると石紋が暴れる。血は拭け」


「はっ、はい」


 ナノは布で血を拭いた。


 指先の傷がじんじん痛む。


 それでも、さっきの反応は忘れられなかった。


 黒脈石が、自分に応えようとした。


 そんな感覚があった。


     *


 作業は長く続いた。


 ナノは何度も失敗しかけた。


 角を削りすぎそうになり、グレンに止められた。石の筋を切りかけ、炉にかざしてようやく気づいた。力を入れすぎて鑿が跳ね、額に石粉が飛んだ。


 ロガならもっと早く仕上げるだろう。


 そう思うと、焦りが胸に生まれる。


 だが、そのたびにグレンが言った。


「石を急かすな」


 ナノは何度も深く息を吸った。


 急がない。


 見栄を張らない。


 早く強くなりたい気持ちは消えない。


 でも、焦って削れば中心を折る。


 それは、黒脈石だけではなく、自分も同じなのかもしれなかった。


 やがて、黒脈石は手のひらに収まる大きさになった。


 完全な円でも、綺麗な菱形でもない。


 少し歪んだ涙型。


 表面にはまだ細かな傷が残り、端の一部も欠けている。だが、中央には銀の筋がまっすぐ残っていた。


 ナノはそれを持ち上げた。


「……できた」


 声が掠れた。


 思っていたよりも、胸が熱かった。


 グレンが石を受け取り、じっと見る。


 ナノは息を止める。


「粗い」


「……はい」


「形も歪んでいる」


「はい」


「磨きも甘い。市場に出せば二束三文だ」


 ナノの肩が少し落ちる。


 だが、グレンは続けた。


「だが、護符としては悪くない」


 ナノは顔を上げた。


「本当ですか」


「中心を残している。お前が何を残したかったかは分かる」


 グレンは革紐を取り出し、黒脈石に通した。


 護符として首に掛けられる形になる。


 ナノは両手で受け取った。


 黒脈石は、胸元に当たるとひんやり冷たかった。


 その冷たさが、心臓の熱を少しだけ落ち着かせる。


「父さん、母さん……」


 ナノは小さく呟いた。


 声は炉の音に紛れた。


 だが、自分には聞こえた。


「俺、これを持って進むよ」


 掌の石紋が淡く光った。


 頭の奥に文字が浮かぶ。


 ――黒脈石の護符を作成。


 ――自己鍛錬補助、微弱。


 ――精神安定補助、微弱。


 ――百錬成鋼との相性、良。


 ナノは息を呑んだ。


「グレンさん、これ……」


「何か出たか」


「精神安定補助、微弱。百錬成鋼との相性、良って」


 グレンは目を細めた。


「いい護符になったな」


 その一言で、ナノの喉が詰まった。


 褒められた。


 大げさな言葉ではない。


 だが、グレンのその一言は、どんな賞賛より重かった。


 ナノは黒脈石の護符を握った。


 少し歪で、粗くて、未完成。


 でも、自分の手で作った。


 自分の過去と、これからを繋ぐ石。


 その時、工房の入口からロガの声がした。


「おい、人族。まだ終わってないのかよ」


 ナノが振り返ると、ロガが立っていた。


 手には自分で作ったらしい小さな槌飾りを持っている。


 ナノの胸元の護符を見ると、ロガは少しだけ目を丸くした。


「……へぇ」


「何?」


「いや。思ったより悪くない」


 ナノは少しだけ笑った。


「それ、半分褒めてる?」


「3割くらいだ」


「少ないな」


「人族にしては多い方だろ」


 ロガは照れ隠しのようにそっぽを向いた。


 グレンが低く言う。


「明日から、お前たちは組で動け」


 ナノとロガは同時に声を上げた。


「えっ?」


「はぁ?」


 グレンは表情を変えなかった。


「見習い依頼は、単独より組の方が学ぶことが多い」


 ロガが顔をしかめる。


「なんで俺が人族と」


 ナノも少し戸惑った。


「あの、俺もロガの足を引っ張るかもしれません」


「自覚があるならましだ」


 グレンは言った。


「明日は小依頼を2人で受けろ。場所は灰鳴き坑道だ」


 ロガの顔が変わった。


「灰鳴き坑道? あそこ、最近変な音がするって」


「ああ。だから行く」


 ナノは胸元の護符を握った。


 灰鳴き坑道。


 聞いたことのない名前だ。


 だが、その響きには、どこか不吉なものがあった。


 ロガが小さく舌打ちした。


「最初から面倒なところに行かせるなよ……」


 グレンは短く言った。


「生きた坑道は、だいたい面倒だ」


 ナノは黒脈石の護符を握りしめた。


 胸元で冷たい石が、静かに存在を主張している。


 明日から、また新しい試練が始まる。


 だが今日は、この護符がある。


 折れない石ころ。


 その小さな証を胸に、ナノは初めて、自分で作ったものの重みを感じていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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