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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第2章 ドワーフ領と黒鉄の試練

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第17話 折れない石ころ

 黒鉄試練坑道の出口が見えた時、ナノはようやく自分が強く息を詰めていたことに気づいた。


 灯石の明かりが、入口の向こうから差し込んでいる。


 外と呼べる空はない。


 それでも、坑道の闇から抜け出す光は、地上の朝と同じくらい眩しく感じられた。


 ナノは両手で黒脈石を抱えていた。


 細長く、黒く、ところどころに銀の筋が走る石。見た目は派手ではない。宝石のような透明感もない。だが、石の中には鍛えられる前の硬さが眠っているようだった。


 まるで、今の自分だ。


 そう思った。


 まだ磨かれていない。


 まだ形も定まっていない。


 けれど、捨てるだけの石ではない。


「遅ぇぞ」


 出口の前で待っていたグレンが言った。


 腕を組み、壁に背を預けている。いつもの無表情に近い顔だが、目だけはナノとロガの持つ石を見ていた。


 ナノは慌てて姿勢を正す。


「す、すみ……じゃなくて、鉄殻蟲が出ました」


「見れば分かる。服に蟲の体液がついている」


 ナノは自分の袖を見た。


 黒っぽい液体がこびりついている。


 少し嫌な匂いがした。


「う……」


 ロガが横で笑う。


「人族、戦い終わったあとに自分の汚れに気づくのかよ」


「ロガもついてるよ」


「は?」


 ロガが自分の肩を見る。


 そこにも鉄殻蟲の体液がついていた。


「うわっ、最悪だ」


 ナノは思わず笑いそうになった。


 ロガが睨む。


「笑うな」


「わ、笑ってない」


「口元が笑ってる」


「……少しだけ」


「正直かよ」


 そのやり取りを、グレンは黙って見ていた。


 やがて、低く言う。


「石を見せろ」


 ナノとロガはそれぞれ黒脈石を差し出した。


 グレンはまずロガの石を見た。


 指で表面を撫で、軽く叩く。


 きん、と澄んだ音がした。


「悪くない。脈も折れていない。合格だ」


 ロガは得意げに胸を張った。


「当然だろ」


「油断すると次で落ちるぞ」


「……分かってるよ」


 次にグレンはナノの黒脈石を手に取った。


 ナノの胸が強く鳴る。


 指先が冷える。


 もし質が悪かったら。


 もし壊していたら。


 もし、やはり人族には無理だと言われたら。


 ナノは無意識に息を止めていた。


 グレンは石を見つめ、表面を撫で、軽く叩いた。


 音は、ロガのものより少し低かった。


 ナノの心臓も沈む。


「……表面処理は粗い」


 グレンが言った。


 ナノの肩が落ちかける。


「採取の角度も甘い。端に余計な岩が残っている。見習いとしても、まだ手際は悪い」


「……はい」


 胸が痛む。


 やはり、そう簡単にはいかない。


 だが、グレンは続けた。


「だが、脈は折れていない」


 ナノは顔を上げた。


「え……?」


「黒脈石の中心を残している。無理に削らず、石の流れを追った証拠だ」


 グレンは石をナノへ返した。


「合格だ」


 その言葉を聞いた瞬間、体の力が抜けそうになった。


「ご、合格……」


「聞こえなかったか」


「聞こえました。聞こえましたけど……」


 ナノは黒脈石を抱え直した。


 石が胸に当たる。


 硬い。


 冷たい。


 でも、その冷たさが嬉しかった。


「俺、石眼をずっと使ったわけじゃありません」


 ナノは思わず言った。


「最初は使わずに探しました。鉄殻蟲が出た時だけ、一瞬使って……でも、その後は音とか動きで見て……ロガにも助けてもらって」


 言いながら、言葉が少し乱れた。


 嬉しさと安堵が混ざって、うまく説明できない。


 グレンは静かに聞いていた。


「そうか」


 短い一言。


 だが、今のナノには十分だった。


 ロガが横から言う。


「こいつ、途中で倒れかけたけどな」


「え」


 ナノが振り向く。


 ロガはにやりと笑った。


「でも、立て直した。鉄殻蟲の腹もちゃんと叩いた。まぁ、足は遅いけど」


「そ、それは怪我が……」


「言い訳か?」


「違う。事実」


 ロガは少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。


「言い返すようになったじゃねぇか」


 ナノは自分でも少し驚いていた。


 前なら謝っていた。


 すみませんと口にして、相手の言葉を全部飲み込んでいた。


 でも今は、少しだけ違う。


 まだ怖い。


 相手の顔色も見てしまう。


 だが、全部を自分のせいにはしなくなってきた。


 その変化が、黒脈石の重みと一緒に胸の中へ沈んでいった。


     *


 試練坑道から戻った見習いたちは、長老の前に集められた。


 岩壁に囲まれた広場には、鍛冶場の火が遠くから赤く届いている。見習いたちの手には、それぞれ採取した黒脈石があった。


 折れている者。

 濁りが強い者。

 余計な岩ごと削り出した者。

 綺麗に脈を残した者。


 石の状態は、そのまま見習いの癖を表しているようだった。


 長老は1人ずつ石を見ていった。


 厳しい言葉もあった。


「力任せだ」

「脈を見ずに削ったな」

「速さだけなら採掘ではなく破壊だ」

「悪くない。だが、石を急かすな」


 ナノの番が来る。


 長老は黒脈石を受け取った。


 片目でじっと見る。


 ナノは背筋を伸ばした。


 心臓がうるさい。


 長老の手が、石の端に残った余計な岩を撫でた。


「粗い」


「……はい」


「だが、中心は残した」


 長老の目がナノに向く。


「石眼は使ったか」


 ナノは一瞬迷った。


 でも、隠す理由はなかった。


「使いました。鉄殻蟲が出た時に、一瞬だけ」


「黒脈石を探す時は」


「使っていません」


「なぜだ」


「使えば早いと思いました。でも……それだと、石を見るんじゃなくて、答えだけを見ることになる気がして」


 自分で言いながら、ナノは少し恥ずかしくなった。


 偉そうに聞こえるかもしれない。


 だが、長老は笑わなかった。


「グレン」


 長老が言った。


「悪くない」


 グレンは腕を組んだまま頷いた。


「まだ雑ですが」


「雑でない見習いなど、見習いではない」


 長老は黒脈石をナノへ返した。


「ナノ。今日の試練は合格とする」


 ナノは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 声が少し震えた。


 だが、逃げるような声ではなかった。


 長老は続ける。


「その黒脈石は、お前のものだ」


「え?」


「試練で採った石は、見習いが最初に自分の手で得る鍛錬石となる。鍛冶師はそれを使って最初の道具を作る。戦士はそれを護符にする。坑道夫は灯石の台座にする」


 ナノは黒脈石を見た。


「俺は……どうすれば」


「それを決めるのも試練だ」


 長老はそう言った。


 ナノは黒脈石を抱えた。


 何にするか。


 武器。

 護符。

 道具。


 すぐには決められない。


 でも、自分で決められる。


 それが嬉しかった。


     *


 夜、ナノは黒鉄炉の隅で黒脈石を見つめていた。


 炉の火が石の表面を赤く照らす。


 黒いはずの石の奥に、細い銀の筋が浮かび上がっている。昼間に見た時よりも、少しだけ綺麗に見えた。


 グレンが隣に座る。


「決めたか」


「まだです」


「そうか」


「グレンさんなら、何にしますか」


「俺なら槌の芯にする」


「槌……」


「だが、それは俺の答えだ」


 グレンはナノを見た。


「お前の石だ。お前が決めろ」


 ナノは黒脈石を撫でた。


 表面は粗い。


 端には余計な岩も残っている。


 でも、中心は折れていない。


 まるで、今の自分だと思った。


 傷だらけで、未熟で、余計な恐怖や後悔をたくさん抱えている。


 それでも、中心だけは折らずにいたい。


「護符に……したいです」


 ナノは言った。


 グレンが黙って続きを待つ。


「父さんと母さんがくれた命を、忘れないように。俺が弱くても、逃げたくなっても、中心だけは折らないように」


 言葉にして、胸が痛くなった。


 でも、その痛みから逃げたくはなかった。


 グレンは静かに頷いた。


「なら、明日から護符作りを教える」


「俺が作るんですか」


「当たり前だ」


「失敗したら」


「また作れ」


「黒脈石は1つしかないです」


「なら、失敗しないように考えろ」


 ナノは少し笑った。


「厳しいですね」


「優しいだけの鍛冶師は、使えない刃物を作る」


 グレンらしい言葉だった。


 ナノは黒脈石を胸に抱いた。


 炉の火が、彼の影を岩壁に映す。


 その影はまだ細い。


 頼りなく、少し歪んでいる。


 だが、以前より少しだけまっすぐ立っていた。


 その時、ナノの掌の紋様が微かに光った。


 頭の奥に文字が浮かぶ。


 ――黒脈石の採取に成功。


 ――石眼の制限使用を確認。


 ――百錬成鋼、微弱安定。


 ――称号補助、更新。


 ――折れない石ころ。


 ナノはその文字を見て、小さく息を吐いた。


 石ころ。


 まだ宝石ではない。


 まだ鋼でもない。


 けれど、折れていない。


 今はそれでいい。


 ナノは黒脈石を見つめ、心の中で父と母に告げた。


 俺、今日も生きました。


 そして、少しだけ前に進みました。


 黒鉄炉の火は、夜が深くなっても燃え続けていた。


 その火の前で、無能と呼ばれた少年は、自分だけの護符を作る決意をした。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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