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無能スキル【石】と追放された俺~宝石の力で成り上がる~  作者: 海老沢大地
第2章 ドワーフ領と黒鉄の試練

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第16話 黒脈石を探せ

 黒鉄試練坑道の中は、外から見た以上に暗かった。


 壁に灯石は埋め込まれている。けれど、その光は黒い岩肌に吸われ、足元まで届く頃には薄い黄色に濁っていた。坑道の奥へ進むほど、空気は冷えていく。岩壁から滲み出た水が床を濡らし、ところどころに赤茶色の錆が浮いていた。


 ナノは足元を確かめながら歩いた。


 左足の傷は、まだ完全ではない。油断して濡れた石を踏めば、すぐに滑る。右手には小さな鉄槌。腰の袋には採取用の鑿と、黒脈石を入れるための布袋が入っている。


 先頭を歩くのはロガだった。


 彼は短い足で岩場を軽々と進む。背中に下げた小槌が歩くたびに揺れ、胸元の灰色の種族石が灯石の光を鈍く返していた。


「遅いぞ」


 ロガが振り返らずに言う。


 ナノは息を整えた。


「はっ……はい。すみ――」


 言いかけて、止める。


「……少し足場を見てました」


 ロガがちらりと振り返る。


「言い訳か?」


「違います。左側の床、水で滑りやすいです。右の壁沿いの方がまだ乾いてます」


 ロガは足元を見た。


 確かに左側の石床には薄く水が流れ、灯石の光をぬらりと反射している。ロガは鼻を鳴らした。


「ふん。目だけは使えるみたいだな」


 褒めているのか、馬鹿にしているのか分かりづらい。


 だが、神託塔の笑い声とは違った。


 ナノは小さく息を吐き、右の壁沿いを進む。


 坑道内には、黒い筋がいくつも走っていた。


 黒錬鉱。

 黒脈石。

 ただの煤けた岩。


 似ている。


 どれも黒く、硬そうで、見慣れていない者にはほとんど同じに見える。石眼を使えば、すぐに識別できるだろう。


 掌の紋様がかすかに熱を持つ。


 使え。


 そう言われている気がした。


 ナノは拳を握った。


 楽をするために使うな。


 グレンの言葉を思い出す。


 ナノは岩壁へ触れた。


 冷たい。


 表面は滑らかではなく、細かなざらつきがある。黒い筋に指を沿わせると、途中でわずかに引っかかる部分があった。


 黒錬鉱は重く、硬く、まとまりがある。


 黒脈石は、もっと細い。


 岩の中を血管のように走る。


 グレンがそう言っていた。


 ナノは指先で岩の筋を辿った。


「……これは違う」


 小さく呟く。


「ただの黒い岩に近い」


 ロガが少し離れた場所で壁を叩いていた。


 かん。


 かん。


 音を聞いている。


 ドワーフたちは、石を叩いた音で中の質を読むらしい。


 ロガは短く笑った。


「こっちは当たりだ」


 彼は鑿を当て、手際よく黒い石を削り出していく。


 ナノは焦りを感じた。


 ロガはもう採取に入っている。


 自分はまだ見つけてもいない。


 掌が熱くなる。


 石眼を使えば。


 一瞬で。


 ナノは唇を噛んだ。


 だが、使わなかった。


 焦って使えば、きっと楽を覚える。


 そうなれば、石眼がなければ何も見えない自分になる。


 ナノは別の壁へ移った。


 指で触れる。


 叩く。


 耳を澄ます。


 かん。


 低い音。


 違う。


 もう一度、別の場所を叩く。


 こん。


 少し軽い。


 さらに、上の細い筋を叩く。


 きん。


 澄んだ音が、ほんの少しだけ返ってきた。


 ナノの息が止まる。


「ここ……?」


 指で触れる。


 黒い筋は細い。表面だけではほとんど見えない。だが、岩の奥へ続いている感じがある。


 ナノは鑿を取り出した。


 慎重に当てる。


 鉄槌で軽く叩く。


 かん。


 石粉が落ちる。


 もう一度。


 かん。


 黒い筋が少しだけ顔を出した。


 その時、ロガが横から覗き込んだ。


「そこか?」


「たぶん」


「たぶんで掘るなよ。脈を壊したら失格だぞ」


「分かってる」


 思わず言い返していた。


 自分でも驚いた。


 ロガも少し驚いた顔をした。


 ナノは慌てて目を逸らしそうになったが、踏みとどまった。


「……分かってる。だから、ゆっくりやる」


 ロガはしばらくナノを見て、それから肩をすくめた。


「なら、やってみろ」


 ナノは鑿を当て直した。


 石眼は使わない。


 音を聞く。


 手の感触を見る。


 石の中にある筋を、指先と耳で追う。


 かん。


 かん。


 かん。


 黒い石が、少しずつ露出していく。


 黒脈石。


 黒錬鉱ほど塊ではない。細長く、わずかに銀色の光を含んだ黒い石だった。岩の中に走る血管のように、細く長く伸びている。


「……あった」


 ナノは息を吐いた。


 胸の中に、じわりと熱が広がる。


 石眼を使わずに見つけた。


 その事実が嬉しかった。


 だが、そこで終わりではない。


 折らずに取り出す必要がある。


 ナノは集中した。


 ロガは少し離れ、壁に背を預けて見ていた。


「お前、思ったより手つきは悪くないな」


 突然言われ、ナノの手が止まりかけた。


「え?」


「人族にしては、だ」


「……それ、褒めてますか」


「半分はな」


 ロガは目を逸らした。


「グレン親方が連れてきた理由が、少し分かっただけだ」


 ナノは何か返そうとした。


 その時、坑道の奥から音がした。


 きり。


 きり。


 細い鳴き声。


 錆鳴鼠とは違う。


 もっと硬く、乾いた音。


 ロガの顔が変わった。


「まずい」


「何ですか」


「鉄殻蟲だ」


 ナノの背筋が冷える。


 坑道の奥、黒い岩の隙間から、細長い影が這い出してきた。


 蟲。


 だが、ただの虫ではない。


 体は腕ほどの長さで、節ごとに黒い鉱石の殻がついている。脚は細い針のようで、石床を踏むたびに、ちりちりと金属を擦る音がした。頭部には小さな顎があり、岩壁の鉱石筋を削りながら進んでいる。


 鉄殻蟲。


 名前の通り、鉄の殻をまとった坑道の魔物。


 1匹なら大したことはないのかもしれない。


 だが、音は複数あった。


 きり。


 きり。


 きり。


 壁の隙間から、さらに2匹、3匹と出てくる。


 ロガが小槌を構えた。


「黒脈石に寄ってきやがった」


「どうすれば」


「殻は硬い。腹は柔らかい。でも、下から狙うのは面倒だ」


 ナノは鉄殻蟲を見る。


 石眼を使えば弱点が分かる。


 使うべきか。


 今は危険だ。


 グレンは、危ない時は使えと言った。


 ナノは一瞬だけ石眼を開いた。


 掌が熱くなる。


 視界の端が少し白く滲む。


 ――鉄殻蟲。


 ――摂食鉱物、黒脈石。


 ――背殻硬度、高。


 ――腹部節間、脆弱。


 ――音に反応。


 ナノはすぐに石眼を切った。


 頭が少し痛む。


 だが、まだ耐えられる。


「音に反応します!」


 ナノは叫んだ。


「強い音に寄るかもしれない!」


 ロガが目を見開く。


「なら、逆に使える」


 彼は壁を小槌で強く叩いた。


 かん!


 高い音が坑道に響く。


 鉄殻蟲たちが一斉にそちらへ向いた。


「今だ!」


 ロガが踏み込み、近づいてきた1匹の腹へ小槌を叩き込む。


 ナノも鉄槌を握った。


 怖い。


 蟲の動きは気味が悪い。脚の音が耳にまとわりつき、背中に冷たい汗が流れる。


 だが、相手は見えている。


 腹部の節間。


 そこを狙う。


 ナノは1匹が壁の音へ向かって動いた隙に、横から鉄槌を入れた。


 かん、ではなく、ぐしゃりという嫌な音。


 鉄殻蟲が丸まり、動かなくなる。


 ナノは息を呑んだ。


「や、やった……」


「油断するな!」


 ロガの声。


 別の鉄殻蟲がナノの足元へ迫っていた。


 ナノは慌てて後ろへ跳ぶ。


 左足が痛む。


 体勢が崩れる。


「っ……!」


 転びかけた瞬間、ロガが腕を掴んだ。


「おい、倒れるな!」


「す、すみ――」


「謝るな! 立て!」


「は、はい!」


 ロガは小槌で壁を叩き、鉄殻蟲を引き寄せる。


 ナノは呼吸を整える。


 音で誘導。


 腹を狙う。


 鉄殻蟲は怖いが、仕組みは分かった。


 ロガが音を出す。


 ナノが横から腹を叩く。


 2人の動きはぎこちない。


 だが、少しずつ噛み合っていく。


 最後の1匹を倒した時、坑道には2人の荒い息だけが残った。


「はっ……はぁ……」


 ナノは壁に手をついた。


 ロガも肩で息をしている。


「お前……」


 ロガが言った。


「石眼、使っただろ」


 ナノは正直に頷いた。


「一瞬だけ。危ないと思ったから」


「ずるいとは言わねぇよ」


 ロガは倒れた鉄殻蟲を見た。


「でも、それを使ったあと、ちゃんと動いてた。見えた情報だけで固まってなかった」


 ナノは少し驚いた。


「見てたんですか」


「見てた。人族が足引っ張るなら、文句言うつもりだったからな」


「……文句、ありますか」


 ロガはそっぽを向いた。


「今はない」


 その言い方が少しおかしくて、ナノは小さく笑った。


 ロガは気まずそうに咳払いする。


「早く黒脈石を取れ。こいつらの仲間が来る前に戻るぞ」


「はい」


 ナノは黒脈石へ向き直った。


 さっきより、手は震えていなかった。


 ロガが後ろで見張ってくれている。


 その事実が、思ったより心強い。


 ナノは鑿を当て、慎重に石を削り出した。


 最後の一打で、黒脈石が岩から外れた。


 細長く、黒く、わずかに銀の筋を含んだ石。


 ナノはそれを両手で受け止めた。


 石は冷たかった。


 だが、その冷たさの奥に、静かな重みがあった。


「取れた……」


 ナノの声には、安堵が滲んでいた。


 ロガは自分の黒脈石を見せる。


「俺も取った。戻るぞ」


「はい」


 2人は坑道の出口へ向かって歩き出した。


 その途中、ナノは一度だけ振り返った。


 暗い坑道。


 黒い壁。


 倒れた鉄殻蟲。


 そして、自分が見つけた黒脈石のあった場所。


 ここで、ナノはまたひとつ知った。


 石眼を使わずに見ること。


 必要な時だけ使うこと。


 そして、誰かと一緒に戦うこと。


 それは、今まで1人で逃げ続けてきたナノにとって、思っていた以上に大きな一歩だった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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