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第五幕 ウナギ保護計画

旅行サークル。

活動日は不定期、参加人数およそ20人。


メンバーが行きたい場所を提示し、それに他のメンバーが投票を行う。

実に民主主義的な組織である。


私は民主主義というものを信用していない。

高校の文化祭において、多数決の結果として我がクラスは「お化け屋敷」を選択した。

しかし蓋を開けてみれば、お化け役をやりたい者は皆無であり、最終的にお化け屋敷らしき何かが完成した。

結局のところ、人間とは自由人である。

無計画で自堕落、それでいて謎の計画性というものだけが備わった不完全な動物。

私が動物園に紹介文を寄稿するならそんなところであろう。


そんな民主主義が採用されたサークルの会議に私はウナギと共に参加していた。

河川敷での一件からたった一夜が過ぎた程度で、私は旅行サークルの会議室にいたのである。


「あの、私も旅行に参加して良いんですか?」


私が言うと、ピンクの髪色の男が答えた。


「そりゃあもちろん!

費用自体は自費だからね。

ウェルカムだよ」


こいつは何者であるのか。

このピンク髪の男が私がこの場にいる正当性を担保できるのか。


「君は行きたい場所ある?」


「ありません」


「即答だなぁ」


私は改めてサークルのメンバーを見回した。

我が大学には似つかない派手な人間がいれば、案外普通のおとなしそうな者もいる。

薔薇色とは断言できないが、天文部よりは明らかに華やかである。

そして、中にはカップルのような男女もおり、手を繋ぎながら会議に加わっている。


私とウナギは会議中も終始無言を貫いていた。

私に関して途中参加ということもあり、積極的に話すというのは難しい。

しかし、ウナギに関しては違うはずだ。

ウナギは何か問われればYESかNOで解答をするのみで、自発的な発言は皆無である。


会議はまるでお遊びの様子である。

私が望むようなディベートというものはなく、

温泉が良いだの、やっぱり海が良いだの、離島へ行こうだの様々な案が飛び交う。

そして誰かが「あー、それも良いね」

なんて肯定をする。

誰も旅行計画を決める気などないのではないか?

そう思うほど話は脱線し続けている。


「おい、ウナギ。

何か提案してみろよ」


私が話しかけるとそれまで硬直状態だったウナギが微かに息を取り戻した。


「何も言うことなんてないだろう」


「このままじゃ一生終わらないぞ。

脱線に続く脱線。

こんなの会議というより連想ゲームだ。」


「そうは言ってもなあ……」


ウナギの様子はやはり弱っている。

誰かに噛み付くこともなく、会話の合間で頷くのみである。

普段私と居る時は生き生きとヌルヌルとした様子であるのが別の生き物のようだ。


私はため息をついた。

ここは私がやるしかないだろう。


「はい!皆さん彼が海に行きたいらしいです」


「海?良いねえどこの海?」


「熱海らしいです!」

私は咄嗟に思いついた海の見える観光地を言った。


「おい、お前なんで俺が言ったことにした」


「そりゃあお前のためだろう」


「いや、別に海へ行きたいわけじゃ……」


「じゃあどこへ行きたい」


「……」


「ほら見ろ」




「熱海かぁ」


「熱海良いじゃん!」


「温泉もあるしね」


「海鮮も美味しいよ」


「決まりじゃない?」


それまでの観光地連想ゲームが嘘のように議論はスムーズに進んだ。


「じゃあ、皆さん!

今回の行き先は熱海です。

しおりは後で送るので今日は解散!」


旅行のしおりは翌日の夜に送られてきた。

ホテルの住所は書かれている。

集合時間も集合場所も書かれている。

しかし肝心の観光予定は存在しない。


一日目

12時〜20時 自由時間


二日目

10時〜18時 自由時間


私は旅行のしおりというより放任主義宣言書を読まされている気分になった。


私は適当なリュックサックに最低限の服を詰め、ただ無心で駅へ向かった。

何故であろうか。

私には何もわからなかった。

私の求めた薔薇色の男女入り混じるサークルのはずだったが、何故だか心が寒かった。


移動の間もウナギと私はずっと一緒に無心に過ごすだけであった。




気づけばホテルのフロントに着き、

サークル長は何か説明を始めた。

「まぁ、皆さんわかってると思いますから、説明は最低限にします。

まず、部屋は男女別だけど部屋移動とかは自由でーす。

みんなあんまり大きな声出さないようにね。

あとは……」


何か違和感がある。

私は周囲を見渡した。

女子の肩に手をかける男子。

手を繋ぎながらどこかへ歩いていく男女。

これは……


「おい、ウナギ」

私は小さな声でウナギを小突いた。


「これはいわゆるアレではないか」


「アレ?」


「アレだよ。

原始的、人間的本能を抑えることもなく、ありのままの姿で男女が密会する。

そして、閨房に男が忍びこむまでの破廉恥行為までもが常とされるアレだ!」


私がそう言ってもウナギの釈然としない様子であった。

こうなれば私も意を決して言うしかない。


「つまるところ、ヤリサーではないか!」


「……ヤリサーってなんだ?」


そうであった。

高校の頃からこいつはそうだった。

冗談は通じない。

遠回しな表現も通じない。

しかし、誰も彼を嫌わなかった。

ウナギが何故こんな愛称を付けられるほどなのか。

ただの気難しい人間であれば、ただ除け者にされるだけであるが、彼には愛称がつけられた。

それはウナギという男が、かけがえのないクラスの1人であることを表していたのだ。

そして私は今更になって気づいた。

こいつは本当に何も知らないのだ。


もはや私には説教をする気も失せていた。


「ウナギ……お前ってやつは」


私は思わずウナギの肩を掴んだ。

その肩にヌメリなどなく、ただ普通体型の男の肩である。

そして私は悟った。

こいつは本当に何も知らない。


母性というようなものが私にもあったのか。

「あばばばば」で芥川が書いたような母の心が私にも巣食っているのか。


だが、そんなことは問題ではない。

私はこいつを守らなければならない。


「ウナギ、一緒に逃げるぞ」

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