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第二幕 薔薇色不法侵入

第二幕


観測体験会の後、私は居酒屋へと連れられた。

「今日は奢りだ、好きにしてくれ」

と言われたものの、早く学生証を返せと思うだけである。


しかし、私も半ば自暴自棄であった。

言わばこれは最後の晩餐である。

私は日本国自由市民という称号を失い、天文部という星を信仰する宗教家達の集まった国家へと所属したのだ。

どうせ奢りで私の為の会だ。

たらふく飲んで、たらふく食ってやる。


私は即座にハイボールを注文した。

これこそがアルコールの正統な使い道であろう。

恨み、辛み、悲しみ、あらゆる感情をアルコールの雨で洗い落とすのだ。


そうであれば良かったものを、やはり納得がいかない。

あの時の男女は……


私はやはり諦めきれなかったのだ。

今いる天文部のメンバーは氷山の一角に過ぎないのではないか。

次の観測会になれば明るい未来が待っているのだ。


「橋本先輩!

一つ私は疑問がある」


「おお、なんだい?」


「天文部には女子はいますか。」


「いやぁ、生憎いないんだよ。

こちらも頑張ってはいるんだけどね。

インカレサークルの方に取られてしまっていけないね。」


インカレサークル?

あぁ、インカレサークルか……

いや、インカレサークルか。

あぁ!

私は気づいてしまった。

しかし、今まだ淡い期待を求め、最後の解へと近づいた。


「少し前に大学で男女が天体観測をしているのを見たんですが……」


「ああ、あれがインカレサークルだ。

天文部なんて名前ではなく、よくわからないカタカナの名前でやっているよ」


「星の観察がメインの活動ではないだろう。

飲みサーという話もある。

おそらく、気まぐれで活動しているんだろうね。」


橋本先輩の言葉に、私は一抹の怒りを抱いていた。

気まぐれの天体観測などなんたる狼藉か。


「にしてもなぁ、法律学科か! 頼もしいな。」


私の陰鬱なる精神を切り裂くかの如く、橋本先輩は嬉々とした表情で言った。


「そうだ!これからの夜間観測、何か問題が起きた時は君に任せるとしよう。」


「ん?問題とは?」


私が聞き返すと、橋本先輩は酔いの勢いを忘れたような様子で答えた。


「その場に応じてさ」


私も少し酔っていたのだ。

記憶は曖昧であった。

確かなのは、飲みの席が終わった後、奪われた学生証はきちんと返還されたということだ。

写真撮影という魚拓を取られたうえで。


「では、運搬係として次からはよろしく頼むよ。」


去り際にゴリラが言った。

運搬係? 望遠鏡を運べば良いのか。

いや、それより


「あなたはなんて名前だ?」


「俺は山口龍也だ。文学部史学科の1年だよ。」


何⁉︎

このゴリラ男は私と同回生か。

あれほどの熱量を持っていたというのに、せいぜい一ヵ月の活動歴でしかないではないか。

それに加えて、文学部かつ史学科だと?

とは思ったが今のご時世、彼がどこで学ぼうが自由である。

私は山口と連絡先を交換した。

同じ1年、同じ文系。

たったそれだけではあるが、彼とは友人になれるのかもしれない。

今思えば、私は彼の筋肉に魅入られていた節もあったのであろう。




翌週木曜日、橋本先輩からマップの写真が送られてきた。

観測地点であろう場所に赤い丸が付けられている。


私は大学へと向かい、皆と合流した。

大学の側には「わ」ナンバーの車が停めてあった。


私は星よりも先にこのレンタカーに思いを馳せてしまった。

知らない誰かはどう使ったのだろうか。

我々は天体観測に使うこの乗り物は、これまでどうやって過ごしてきたのだろうか。


そんな思いを引き裂くように山口はレンタカーにガチャガチャとダンボールを乗せた。


「山に行ったらお前が運ぶんだぞ?」


「おい、やけに大きくないか。

中身も多すぎる。」


「そりゃあ天体観測だけなわけないだろう。

テントにコンロ、色々あるぞ。

カップラーメンはサービスで君にあげよう。」


幸せな恋人たちのドライブデートか、あるいは賑やかな家族旅行か。そんな他人のささやかな日常の記憶が染み付いたシートに、私は今、重苦しい身体を沈めている。

左にダンボール、右に山口。

山口の筋肉に恨みを抱いたのはこれが初めてだろう。

脂肪分であればまだクッションになるが、筋肉というのはいかんせん良くない。

満員電車に於いては非常識であろう。


車は都会の街灯を離れ、ひたすら暗闇のグラデーションが濃くなっていく地方の山道へと吸い込まれていく。


やがて、車が道なき道の入り口に停まった。

ライトを消した瞬間、世界は完全なる漆黒に包まれる。

私は巨大なダンボールを抱え、天文部一団の後に続いた。

巨大なダンボールで前が見にくい上に足元もおぼつかない。


「橋本先輩、なんでこんな整備されていない道なんですか。

他にマシな道があるでしょう。」


「いや、道はどれも整備されていないよ。

この山は私有地だからさ」

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