第3話 魔族
「…………魔族? ふーん」
レイラは興味なさげに視線を逸らす。
ここは学園なのだ。
敷地内に魔族の魔力反応があれば、防犯魔術が作動する。
そんなことも知らないのだろうか。
机に肘を突き、手に顎を乗せる。
どうせ久しぶりの登校で、自分のキャラ作りにでも励んでいるのだろう。
レイラは彼女のような厄介な子とは関わらない方がいいと判断し、静かに窓の外へ視線を向けた。
「ちょっと! なんで急に窓の方を見るのよ! 良いのかなぁ? あたしは魔族なのよ? 隣にいるあんたを殺すくらい造作もないのよ?」
「じゃあやれば?」
「……え?」
「やりなさいよ。ほら、魔族なんでしょ? 今ここで殺して見せてよ」
彼女が本当に魔族なら、魔法を放とうとした瞬間に防犯魔術が反応する。
そうなれば周囲の生徒や教師が黙ってはいない。
後は自分がその魔法を凌げばいい。
この学園で鍛えてきた力が、本物かどうか試す良い機会でもある。
だが結局のところ、それは彼女が本当に魔族だった場合の話だ。
事実、目の前の少女──シェディムは、レイラの言葉に目を泳がせている。
「……えぇと、それはちょっと無理か、なぁ」
「あっそ、ならこの話はお終い」
レイラは肩をすくめた。
「あんた……えぇっと、シェディムさん? あまりそういう冗談は言わない方がいいと思うわ。ボッチになりたくなかったら普通を演じてた方が得よ」
「…………じょう、だん」
その言葉に思うところがあるのか、シェディムは押し黙る。
友人作りに失敗した自分が言うのも何だが、人との関係は最初が肝心だ。
どれだけ良い印象を相手に与えられるかが重要になる。
そう考えると、今回の彼女の選択はお世辞にも賢いとは言えない。
「ていうか、あんたはいつまで私の服を握ってるのよ」
服がシワになるほど強く掴まれていたため、レイラはテトの手を取って少し強引に引き剥がす。
テトの手は、まだ小さく震えていた。
やっぱり少しおかしい。
「テト……?」
「レイラ……こ、この子は……人ではない、です」
「は……?」
レイラは言葉の意味を理解できなかった。
脳が、テトの言葉をうまく受け入れられない。
人ではないって事はシェディムは使い魔か何かなのだろうか。
「えっと、つまりシェディムはテトと同じで人に化けることができる魔物ってこと?」
そうテトに質問すると、当人の口より先にシェディムが苛立ちを含んだ大きなため息を吐き出した。
「あーうっざ。何でこんなに呑み込みが悪いかなぁ。あんたのお兄ちゃんの方が3倍は頭の回転速かったんだけどなぁ」
「……っ! 兄さ……兄を知ってるの?」
「そうそう! あたしはお兄ちゃんを知ってるし、彼の使い魔のことも知ってるの。正直言ってあの使い魔の強さは異常だよねぇ。それでも魔王様の方が強いけど」
シェディムはクスクスと笑みを浮かべている。とても冗談を言っているようには見えなかった。
それ以上に、どうしてシェディムが兄であるアヒトのことを知っているのかが分からなかった。
3年前の魔王討伐隊メンバーの名前は公にされていない。理由は分からないが、この国が平和であり続けるためには必要なことだとアヒトは言っていた。
もしかして本当に魔族なのだろうか。それが真実なら、次の質問に対する答えによって決まるはず。
そう思い、恐る恐るレイラは言葉にする。
「まるで見て来たような口ぶりね」
「えぇえぇ、その通り。あたしは3年前の魔族との戦争の終結を目の前で見て来たの。前代の魔王がどうやって死に、それと戦った彼らがどうなったのかも。教えて欲しい?」
自信満々にそう言葉にしたシェディム。
嘘をついているようには見えない。シェディムは本当に魔界にいたのだろう。だけどそれはありえないことでもあった。
そのため、レイラは席から立ち上がり、テトの手を引いてシェディムから少しだけ距離をとる。
「あれあれ? ようやく気がついた? 遅いなぁ。もしあたしが本気だったらあんた100回死んでるよ?」
「黙って! 私は一応あんたを警戒しているだけ。ただのからかいって言うなら今すぐ謝ればここで許してあげる」
「え、まだ信じてないの!? 隣の使い魔ですら震えてるのに? 頭の中どんだけお花畑なのよ」
普通なら魔界に入った人間が生きて帰れるはずがない。
魔族の群れに襲われて終わりだ。
それなのに、この女は「見てきた」と言った。
信じたくはなかった。真横に座る存在が魔族である事に気がつけない自分が未熟すぎて、穴があったら入りたかった。
シェディムの言うとおり、ここが戦場なら真っ先に死んでいても不思議ではなかった。
故にこれはせめてもの抵抗だった。
シェディムが魔族ならレイラは今すぐに腰の杖剣を抜かなければならない。
「だったら証拠を見せて! あんたが魔族である証拠を!」
そう言うと、シェディムはその言葉を待っていたかのようにニヤリと笑みを浮かべてレイラの方へと距離を詰めて来た。
「な、なに?」
「証拠を見せてあげる。間接的だとこの学園にバレちゃうから、直接あたしの魔力を送ってあげる♡」
そう言うと、シェディムはレイラの手を掴んだ。
次の瞬間、どんよりとした何かが全身を駆け巡る。
動悸が激しくなる。
体温が上がる。
視界が揺れ、体がふらついた。
「レイラ!」
テトが体を支えようとする。
だがそれより早く、シェディムが動いた。
軽く腕を振るだけでテトを突き飛ばす。
「何するです! レイラに何したですか!」
「はいはい邪魔ですよー。どれだけ真似てもイレギュラーには遠く及ばないんだから、雛鳥はさっさと巣に帰ったら?」
「なっ……!?」
驚愕するテトをよそに、シェディムはレイラの頭を抱えるようにして胸に引き寄せた。
甘い香りが漂う。
その香りが、レイラの思考をゆっくりと霞ませていく。
「なに……これ……頭が変になる」
「大丈夫大丈夫。ゆっくり深呼吸しようね」
シェディムの声だけが、妙にはっきりと耳に届く。
「死ぬような魔法じゃないから」
雑音が聞こえなくなり、テトの声も遠くなる。
何かがおかしい。おかしいと理解できるのに原因が分からない。
──ああ、そうか。
きっとこの香りのせいだ。
深呼吸すればいい。
シェディムがそう言っている。
身体は言われるまま、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
「そうそう。ゆっくり、ゆっくり。私に身を任せて」
「……シェ……ディム……」
激しかった動悸が、ゆっくりと落ち着いていく。
そして視界は、静かに暗闇へ沈んでいった。
──また、暗闇。
レイラの脳裏に、夢で見たあの暗闇の光景がよぎる。
遠くでテトの声が聞こえた気がした。
けれどもうどうでもよかった。
甘い香りと、温かな抱擁。
それだけを感じながら、レイラの意識は静かに途切れた。




