第2話 学園
レイラたちが住む国の名はケレント帝国。
国境の向こうには、人間を襲う魔族の領域が広がっている。
鬼、悪魔、巨人……魔物の種類は様々だ。
その中でも、知能を持ち、人の姿で人を襲う存在を総じて「魔族」と呼ぶ。
奴らは人間をはるかに凌ぐ力を持っている。そのため、魔族に対抗する術を身につけさせるために建てられた学園がこの国には三つ存在する。
一つは剣士育成学園。
その名のとおり、剣や斧、槍といった近接戦闘に特化した人間を育成する学園。この国の兵士や騎士のほとんどが剣士育成学園の卒業者で、多くの男性がこの学園に入学する。
一つは魔術士育成学園。
その名のとおり、魔術に特化した人間を育成する学園。学園は女性が大半を占めるが、中には剣士が向かないという理由で魔術士になる男性もいる。
そして三つ目が、使役士育成学園。
ここでは「使い魔」と呼ばれる魔物を従え、その力を借りて戦う技能を学ぶ。
使役者自身も使い魔を援護できるよう、初級魔術の習得が義務付けられている。
レイラはこの『使役士育成学園』に通う生徒の1人。テトはその使い魔として学園に通っている。
三年前、この国と魔族との間で大規模な戦争が起こった。
レイラの兄は魔王討伐隊の一員として戦い、そして見事に魔王を討ち取った。
その後、魔族の中から新たな魔王が現れ、この国の王と和平を結んだことで戦争は終結した。
こうして、この国には平和な時代が訪れた。
それでも、この平和がいつ終わるか分からないという事から、今でも学園は存続し続けている。
時間ギリギリに登校したおかげで、校門まで同じ学園の生徒に出会うことはなかった。
しかし、それはレイラにとっての話だ。
テトは落ち着きなく周囲を見回し、どこか怪訝そうな顔をしている。
大方、周囲に生徒が見当たらない事を気にしているんだろうが、どうせ教室へ入れば否が応でも視線が集中する。
外にいる間くらい楽な気分で居させて欲しいとレイラは静かに嘆息した。
「ほら、いつまでもキョロキョロしてないで、中入るわよ」
「あ! えっと、もうちょっとだけなのです。どこか周りの様子が変だと思うです」
「生徒がいないって言うんでしょ? 私たちが最後なの。いいから行くよ」
テトの腕を掴んで歩いて行くと、テトは恨めしそうな表情で背後を見つめていた。
そんなにもテトは友達を作って欲しいのだろうか。
学園生活は三年間しかない。
そのうち、もう二年の夏までぼっちで過ごしてしまった。
今さら友達を作ったところで、すぐに卒業だ。
どうせ別れる相手なら、最初から作らない方が楽だ。
そんなことを思いながら足早に教室へ向かった。
テトは手を引っ張られながら、しばらくキョロキョロと周囲を見渡していた。
しかし教室の前に着くころには、大人しくなっており、レイラは小さく息を吐く。
夏休みが明けて、休みボケしてるのか知らないが、まるで初めて学園に来た時みたいにソワソワされるとこっちの気が滅入ってしまう。
まだ授業は始まってもいないのに、ストレスの蓄積はなるべく軽減させていきたい。
教室内から聞こえる生徒たちの喧騒を耳に入れながら、引き戸を開けてレイラは中へと入る。
一瞬だけ、教室の空気が凍りついた気がした。
その瞬間、それまでの騒がしさが嘘のようにピタリと静まり返った。
生徒たちの視線が一気にレイラとテトへと向けられる。
勢いよく開けたわけでもない。
かといって、音を立てないよう気を遣ったわけでもない。
ただ普通に開けただけだ。
それでも教室の視線が一斉にレイラへ向く。
最後に教室へ入ってきたから──それもあるだろう。
だが、本当の理由はレイラ自身がよく分かっていた。
この学園では、入学して最初に使い魔の召喚を行う。
生徒はそれぞれ理想の魔物を思い描き、それを呼び出す。
だが、使役できるのは基本的に魔物だけだ。
そして魔物の中に人型の種族はいない。
──普通なら。
レイラの使い魔、テトは魔物だ。
しかし普段は人の姿をして生活している。
つまり。
この学園で人型の使い魔を連れているのはレイラだけだった。
注目される理由としては、十分すぎる。
その結果がどうなったかは簡単だ。
レイラが孤立するまで、そう長い時間はかからなかった。
二年生になり、夏休みが明けた今でも、
妬みや軽蔑の視線は消えていない。
久しぶりのその感覚に、レイラの足が止まる。
まるで魔術で身体を縛られたかのように、
教室の入口から一歩も動けない。
昨年より慣れたと思っていたのに。
どうやら夏休みで少し気が緩みすぎたらしい。
その時だった。
「おはよーございますです!」
教室に元気な声が響いた。
「ちょっと! いきなり恥ずかしいことしないでよ」
レイラの前に出たテトが、大きな声で挨拶していた。
思わず小声で止める。
子どもじゃないんだからやめてほしい。
そう言いかけて、レイラは思い出す。
──テトは、まだ子どもだった。
実際の年齢は分からない。
だが見た目はどう見ても十歳くらいだ。
「なぜです? あいさつはとっても大事な作法なのです」
「いいから! 今は黙ってて」
これ以上視線を集めたくない。
レイラはテトの手を引き、窓側の列の一番後ろの席へ向かう。
そこがレイラの定位置だった。
席は自由だ。
だが一度座った席を変えにくいのが人間というものだ。
もっとも──
レイラの場合は少し事情が違う。
その席は、いつも空いている。
誰も座らないからだ。
それをありがたいと思うべきなのか、それとも悲しむべきなのか。
少なくとも。
いじめが無いだけマシだと、レイラは思うことにしていた。
席に着くと、レイラは頬杖をついて窓の外を眺めた。
しばらくして、静かだった教室に少しずつ話し声が戻ってくる。
クラスメイトたちはレイラに興味を失ったように、それぞれの会話へ戻っていった。
「はぁ……」
教師が来るまで、こうして外を眺める。
それがレイラのいつものルーティンだった。
だが。
「あれあれ? 人気者のレイラちゃんはどこか体調が悪いのかなー?」
「別にどこも悪くないわよ。そもそも人気者ってな…………え?」
反射的に答えてから、レイラは固まった。
今の声はテトじゃない。
ゆっくりと隣を見る。
そこには見知らぬ少女が座っていた。
長い髪を背中に流し、頭の上で二つのお団子にまとめている。
赤い瞳が、面白そうにレイラを見つめていた。
「誰よ、あんた」
少なくとも、レイラが席に来た時にはいなかった。
「あれあれぇ? いつも隣に座る生徒の顔も名前も知らないの? 心外だなぁ。傷ついちゃうなぁ」
「いつもはあんたじゃないし、この学園の生徒でもないでしょ?」
レイラは生徒の顔くらい把握している。
少なくとも、この少女に見覚えはない。
「えぇ? あたしはずっとこの学園の生徒だよ? ほらほら、あたしが部外者なら、この教室の人たちが怪しむんじゃなーい?」
少女はくるりと周囲を示した。
確かに。
他の生徒たちは、この少女の存在を気にも留めていない。
違和感を覚えているのは、どうやら自分だけのようだった。
「…………分かった。私が知らないのは謝るわ。だから名前を教えて。名前が分からないと話しづらいから」
そう言った瞬間だった。
ぐい、と服の裾を引っ張られた。
振り返ると、テトが立っていた。
「どうしたの?」
「………………」
テトの手が震えている。
視線はまっすぐ、目の前の少女へ向けられていた。
警戒。
恐怖。
不安。
そのすべてが混ざった表情だった。
「あたしの名前が知りたいの?」
少女はくすりと笑う。
「あたしの名前はシェディム」
そして楽しそうに続けた。
「この国が敵視している魔族の一人よ」
その言葉だけが、妙にはっきりとレイラの耳に届く。
教室の喧騒が、遠くに感じられた。
次回から、週1 投稿になります。




