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妹々は追いつけない  作者: 戴勝
第1章 起
2/14

第1話 朝のあいさつ

この作品は、前作「亜人娘が得たものは」の第2部になります。

第1部を読まなくても分かるようになってはいます、おそらく……。

カーテンの隙間から差し込む朝日と、室内にこもった熱気でレイラ・ユーザスは目を覚ました。


「……最悪」


体を起こした瞬間、全身がじっとりとした寝汗で濡れていることに気づく。

季節は夏。寝汗をかくこと自体は珍しくない。

だが今回の汗の量は、さすがに尋常ではなかった。

どうやら酷く嫌な夢を見ていたらしい。

けれど肝心の夢の内容は、もう思い出せなかった。

眠い目を擦りながら、レイラは重い体をベッドから起こす。

軽く背伸びをしてから時計を見ると、時刻は朝の六時を少し回ったところだった。

学園へ向かうには、まだ少し早い。

レイラは汗で湿った寝巻きを乱雑に脱ぎ捨てると、そのまま浴室へ向かった。

軽くシャワーで汗を流し、浴室を出る。

すると台所の方から、脱衣所にいるレイラのところまで、香ばしい朝食の匂いが漂ってきた。


「すんすん……なるほど。今日の朝はベーコンエッグか」


濡れた髪をタオルで軽く拭き、適当に結い上げる。

ショーツを履き、ブラを着け、キャミソールを身につける。

そのままの格好で、いそいそとリビングへ向かった。


「おはよー」


リビングへ入ると、すでにテーブルの上には朝食が並んでいた。


「あ、おはようなのです、レイラ!」


台所から銀髪の少女が、エプロン姿のままひょっこり顔を出して挨拶してくる。

名前はテト。

見た目は人間の少女だが、正体は魔物だ。

フォウリア族という大型鳥の魔物で、あらゆる生命体へと姿を変える能力を持っている。

今の姿は、二年前までこの家で一緒に暮らしていたレイラの実兄──そしてその妻である義姉の姿を真似たものだった。

とはいえ、テトは義姉の姿を完全に再現しているわけではない。

なぜか少し幼い姿に変身している。

もっともレイラにとっては、二人の違いはすぐに分かるため、その理由を深く気にしたことはなかった。


「もぉ、レイラってば。またそんな格好なのです?」


レイラの向かいの席に座ったテトが、眉をひそめてため息まじりに言う。


「いいでしょ別に。この家には私とテトしかいないんだから」

「ダメなのです。いつご主人様が帰ってくるか分からないのですよ?」

「は、はぁ!? に、兄さんが帰ってくるから何だってのよ。兄妹なんだし、見られても平気だから! 全く! これっぽっちも恥ずかしくなんて思わないし!」


思わず声が大きくなり、レイラは誤魔化すようにコホンと咳払いをした。

そんな様子を見て、テトは訝しむように目を細める。

テトはまだ子どもだ。

ここ数年で人間の恋愛や異性関係の知識を覚え始めてはいるが、さすがに気づくにはまだ早い年頃。

自分が兄に抱いている感情が、家族としてのものではないなど──

きっと、これっぽっちも思っていないはずだ。

レイラはそう自分に言い聞かせ、テトの視線から逃れるように朝食へ目を向けた。

パンをかじり、紅茶を口に含む。


「はぁ……まぁいいのです。テトはレイラが破廉恥さんにならないか心配していたのですが……」


一拍置き、


「お家の中だけなら、破廉恥さんでも許しますです」

「ブフゥッ!?」


唐突な爆弾発言に、レイラは飲みかけていた紅茶を盛大に吹き出した。

飲み込もうとした紅茶が気管に入り、レイラは激しく咳き込んだ。


「けほっ、けほっ……は、破廉恥って何よ。あんた、私が外でもこんな格好すると思ってるわけ!?」

「テトはそう思わないように努力するのです……」


テトは両手で顔を覆う。レイラが外でもこんな格好をしていても、見て見ぬふりをするつもりなのだろう。


「ば、ばっかじゃないの!? 何年一緒に居ると思ってるのよ。そんな事する私じゃない事くらい分かってるでしょ」


そんな変態趣味があったのなら、今頃レイラの人生は暗闇の中だろう。

その時、今朝の夢の断片が脳裏にフラッシュバックした。


落ちていく感覚。

光のない暗闇。

そして──


「兄、さん……」


自分の声が、どこか遠くで響いた気がした。


くらっと目眩がしてテーブルに肘をついて額を押さえる。

なぜ今思い出したのか分からない。普段、夢の内容など良い夢であれ悪い夢であれ、気にしたことなどなかったのに。

だが夢の全てを思い出したわけではなく、思い出そうとしてもどこか暗い景色であった事くらいしか今は分からなかった。


「レイラ? レイラ? 大丈夫なのです?」

「え……? あー、うん。大丈夫大丈夫。えっと、何の話してたっけ」


夢は夢でしかない。ズルズル引きずっていても仕方がないと思うことにしたレイラは疑念を振り払うように朝食をそそくさと口に運ぶ。


「レイラがとってもツンデレさんだと言う話をしていたです」

「絶対嘘!!」


思わず椅子から立ち上がってレイラは叫んだ。

しかし、テトは気にした様子もなく、壁に備え付けられた時計に目をやり、眉を上げる。


「あ! もう時間がないのです! 朝の挨拶はこれくらいにして学園に向かう準備をするのです」

「すっごくストレスが溜まる朝の挨拶ありがとう!!」

「どういたしましてなのです。これで学園でも他の人たちと楽しい会話ができるですね」

「できるわけないでしょ!? 会話のネタがズレてるのよ!」

「そうです? レイラはもっと自分をアピールした方がいいのです。じゃないと友達はいつまでもできないままなのです」

「誰がそんな自己紹介するのよ! 逆に引かれるわ!」


訳あって学園では1年の時から孤立してしまっている。

しかし、レイラは友達なんていなくても良いと思っている。

学ぶ上で友達という存在は邪魔でしかなく、遊ぶために学園に通っているわけではない。


「……? レイラは変態さんだと自覚しているのです?」

「……んぁああもう! ちっがうわよ!! 良い加減にそのお喋りな口を閉じなさい!! 私支度してくるから後よろしく!」


そう言ってレイラは逃げるように自室へと駆け込んで行く。

髪を乾かし、制服に袖を通す。

今日は夏休み明け、最初の通学日だ。昨年の夏は兄と過ごしたが、今年はテトと二人で決して静かではなかったが、落ち着いた生活を過ごせた気がしていた。勉強もこの休日期間でかなり行い、二学期に向けての予習は完璧だった。

鏡の前でトレードマークのカチューシャを着けると服装チェックを行う。


「よし、今日も可愛いぞ私」


レイラは強く可愛い戦士になれるよう日々努力を重ねている。

初めはカッコイイ方が良いと思ってもいたが、レイラも女である。男子には少しでも可愛いと思ってもらいたい気持ちは大いにあった。

友達がいない以上、恋愛的イベントなど起こりようがないのは重々承知していたが、だからと言って見た目を疎かにするのは好きな人も遠くへ行きかねないので、その辺は気をつけている。

最も、その大好きな人にあっては現在、別の国へ出張中だったりするため、本末転倒ではある。

そうして準備を終えると、学園の紋章が刻まれたバックを肩に担ぎ、部屋を出る。


「テトー! 準備できたー?」


玄関先で声をかけると、程なくして二階からとてとてと忙しなく階段を降りてくるテトの姿が見えた。


「お待たせしましたのです!」

「よし、じゃあ今日から二学期、張り切って行こうか」

「はいなのです!」


元気よく返事をするテトに笑みを向け、扉を開け放つ。

夏の日差しが一気に押し寄せてくるが、負けじと足を前に踏み出していく。

誰よりも強くなるため、大切な人を守るため、今日もレイラは使役士育成学園へと向かう。


まだ知らない。

この日から──

自分の運命が大きく変わってしまうことを。


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