第4話 使い魔
教室にいた生徒たちは全員、模擬戦の会場となる森の中へと無事に転移した。
それぞれが対戦相手と共に森の奥深くへと入って行く。
戦いが楽しみでキャッキャと騒いでいる生徒がほとんどで、誰一人として、レイラたちの張り詰めた雰囲気に気づく者はいなかった。
レイラとテト、そしてコーリーも同じく森の奥へと入って行くが、先程のコーリーの言葉がどうしても気になってしまい、途中で足を止める。
「ねえ、コーリーさん。転移する直前に言った条件、もう一回聞かせてくれる?」
「あら、聞こえなかったの? 私が勝ったらあなたの使い魔をもらうと言ったのよ」
やはり聞き間違いではなかった。
コーリーの目的はテトを手に入れること。
「どうしてテトをあげなきゃいけないの? あんたの使い魔は?」
使役士が使役できる魔物の数は一体のみ。そのため、コーリーがレイラの使い魔を得たところで使役なんてできないはず。
「あーあれ。もういないわ」
素っ気なく返したコーリーは止めていた足を動かし、再度歩き出す。
そのためレイラとテトもその背中を追うように歩き出した。
「いない? どういうこと?」
「1年の時に習ったの覚えているかしら。使い魔に同一の能力を複数回与え続けると、その能力を会得する場合があるって」
「うん……覚えているけど、それが?」
成功したという話はあまり聞かない。
そもそも自分の使い魔を実験動物のように扱う人間がいるという話だけで驚きだ。
「私、去年の秋に試したのよ。何度も、何度も能力を与えてね。それで──私の使い魔は死んだの」
「は!? あんた何やってんのよ!」
思わずレイラは彼女の肩を掴んでいた。
使い魔がいなくては勝負にすらならない。
というよりも、使い魔を実験動物のように扱って失敗したにも関わらず、表情一つ変える事なく平然としていられるコーリーに憤りを覚えてしまっていた。
「大丈夫よ。今回の模擬戦はちゃんと考えてあるから」
「そういう話じゃ……!」
コーリーは鬱陶しそうに私の手を払うと、先程よりも早いペースで歩きだした事から、慌てて追いかける。
そして、一際開けた場所に来たことで、コーリーは足を止めてレイラと向かい合った。
「この辺りで良いわよね。早速始めるわよ」
「ちょ、ちょっと! 使い魔がいないんでしょ!? どうするのよ」
レイラの言葉を無視して、コーリーは右手をかざす。
中指に嵌められた指輪がキラリと光ると、地面に魔法陣が浮かび上がる。
「くっ!!」
レイラはテトを連れて大きくその場から退避する。
あれは遠くにいる自分の使い魔を呼び出す魔道具。
だが、コーリーには使い魔がいないはず。それとも既に新しい魔物と契約したとでもいうのだろうか。
しかし、魔法陣から溢れる魔力を感じた瞬間、テトは目を見開き、顔を強張らせた。
「れ、レイラ。あれは……おかしいです。変なのです!」
テトの声は、明らかに震えていた。
「何が変なのよ! 確かに異様な魔力だけど……」
魔物が放つにしては濃密すぎる。
まるで魔獣、あるいは魔族を呼び出しているみたいな感じだった。
そう思っていた矢先に魔法陣がさらに強く光り出し、そこからコーリーが使役するであろう存在の姿が現れ始める。
「そうじゃないのですレイラ。この魔力を持つ人をコーリーが使役できるはずがないのです!」
「何を言って……」
人。確かにテトはそう言った。
つまりコーリーが呼び出す存在は魔物でも魔獣でもないことになる。
そして、完全にこの場に出現し終えた時、光り輝く魔法陣が緩やかに終息し、見えなかった存在の姿が視界に映し出された。
「そんな……!?」
「…………っ」
ありえない。そんなはずはない。テトの言うとおり、目の前にいる存在は、決してコーリーが使役できるはずのない者だ。
冷や汗が全身を一気に伝い、口の中が一瞬でカラカラに渇いてしまう。
空色混じりの白髪に猫の耳、そしてふわふわとした狼の尻尾を持った亜人の少女。
目や顔の一部を鋼の部品で覆ってはいるが間違いない。見間違えるはずがない。どうして彼女がここにいるのか、どうしてコーリーが呼び出すのか。
レイラは動揺と混乱で背中に冷たい汗が流れる。
「ティア、お姉ちゃん……」
テトは震える声で小さくそう呟いた。
ティア──本名はベスティア・ユーザス。テトの義姉であり、レイラが慕う兄の使い魔……。
それまで俯いていた亜人の少女は、テトの声を聞いて、まるで機械のようにカチリと静かにこちらへと顔を持ち上げた。
「ふふっ、よく見るがいい、そして慄くといい! これが私の使い魔。かつてイレギュラーと呼ばれた異世界の魔族、その遺伝子を使って生み出した完璧な複製体!! 私はこの子を『ミメシス』と名付けた。そして今日、私はレイラ・ユーザスを倒し、彼女を超えるのよ!」
コーリーはミメシスと呼ばれたベスティアの複製体、その後方に立ち、ニヤリと口角を持ち上げた。
「……は、はったりよ。あんた1人でこんな大それた事できっこないわよ。そもそもどうやってベスティアさんの遺伝子なんて手に入れたの?」
「あーそこ気になっちゃうのね。いいわ、特別に教えてあげる。確かにミメシスは私1人で作ったわけじゃない。私の父が作ったの」
「コーリーの、お父さん?」
「そ。私の父は3年前まで王家の下で働く研究者の1人だったの。知ってる? 今では伝説である最強の亜人ベスティアは、かつて、当時の王ボレヒスによって捕えられていた時があったの」
知っている。
忘れるはずがない。
何せあの時、レイラはすぐそばにいたからだ。
黒ずくめの男たちにベスティアが連れて行かれ、絶望した兄の顔を今でも覚えている。
そしてしばらくの間、兄は家に引きこもってしまったのだが、その後何があったのかはレイラにはわからない。
レイラが次に兄にあった時には、既に元の兄に戻っており、いつの間にか戻ってきていたベスティアといきなり結婚すると伝えられた。
当時のレイラは混乱するしかなかった。
「父は彼女の血液を採取することに成功したのだけど、当時は別の目的で彼女を研究していた。でも成果が上げられなかったことでみんな殺された。だけど父だけは、偶然あの時別の場所にいた事で逃げることができたの。そして手に入れた血液からミメシスを作り上げた」
どう? 理解した? と言ったふうに目を細めるコーリーに対し、レイラは懐から杖剣を取り出す。
目の前にいる相手はかつてのベスティアの姿をした人形だ。
彼女が今ではなく、かつて、つまりボレヒスに捕らわれていた時のベスティアを模倣するのなら、勝機はテトにもまだある。
「テト、あんたを信じるわよ。何も怯えることはないわ。全力で模倣していきなさい!」
「了解なのです!」
テトはレイラよりも数歩分前に躍り出る。
そして、テトが腰を低く落とした瞬間、僅かだが、テトの姿が大きくなる。
お尻からはふわふわの尻尾が生え、溢れ出した魔力によってゆらゆらと揺れている。
テトは自身の能力『変身』を使い、ベスティアへと姿を変えたのだ。
元からベスティアに似た姿をしてはいたが、あの姿は彼女の幼い頃の姿、すでに成人している彼女の姿は少しだけ大きい。
「やる気があって良いわね。周りは『即死不可』とかいうチンケな魔術で死ぬことを防ぐみたいだけど、私たちには不要よね? そんな事をしたら楽しめないもの」
そう言ってコーリーも懐から杖剣を取り出して構える。
「さあ、始めましょう。偽物同士、どちらが本物に近いか勝負よ!」
その声と同時に、テトは地面を強く蹴った。
砂が弾け、次の瞬間にはミメシスへと一直線に駆け出していた。




