第3話 ホームルーム
「あれぇ……?」
教室に入っていつもの席へと向かったレイラだが、そこにシェディムの姿がなかった事に目を丸くする。
「どうしたのです?」
「あ、いや、何でもない」
てっきり先に座っているものだと思っていたが故に拍子抜けだった。
だがシェディムは本来の生徒ではないため、まじめに授業を受ける必要がないのかと気がついてしまう。
そうした場合、サボれる場所といえば屋上か、その場所と似た人気のない場所。あるいはシェディムがここに来た本来の目的を遂行しているのか。
「もしそうだとしたら探した方が良いんだよなぁ……」
こんなところで呑気に授業を受けてる場合ではない。国の危機だったらどうするのか。
そう思い席から立ち上がる。
「レイラ? いきなり立ちあがってどうしたのです?」
担当教諭が来ていない今のうちに探しに行くべきだと内心が訴えてくる。
二日連続でサボる事になるが、今回に限っては優先順位が遥かに違いすぎた。
「テト、私やっぱりシェディムが心配……」
「ほーい、全員席に着けー」
テトを連れて出て行くつもりが少しだけ遅かった。
担当教諭が教卓の前に立ち、この場にいる生徒たちをゆっくりと見渡す。
「ん? どうしたレイラ・ユーザス。早く座れ」
「あ、えっと……」
鼓動が僅かに早くなるのを感じた。
落ち着け、トイレとか体調不良とか言って教室を出て行くだけだと自分を鼓舞する。
だがしかし、教師によって名指しされた瞬間、着席しているすべての生徒の視線が一気にレイラへと向けられた。
嫌悪や非難の思想が視線に乗ってレイラに突き刺さり、言うべき言葉が出てこなくなる。
「…………すみませ……ん」
崩れるように力なく椅子に座ったレイラを見て、教師は出席簿を見ながら生徒たちを確認していく。
「あれ、シェディム・カトレア・マギアンヌは今日も休みなのか? 最近、校内で風邪が流行っているみたいだからな、今日来てるお前らも十分気を付けるんだぞ」
その言葉を聞いて肩を落としていたレイラは顔を上げる。
たしかにいつもより生徒数が少ない気がした。
昨日にあっては朝の時点で保健室行きだったため、教室内の状況など全く把握していなかった。
「ということで、休んでる者には悪いが、今日はお前らの大好きな模擬戦をするぞ」
その言葉を聞いた瞬間、教室の空気が一気に変わった。
教室内に歓喜の声が響き渡る。
模擬戦については、レイラも好きな授業だから嬉しかった。
今のところ、他の生徒より一足先に戦いを経験しているため、模擬戦でテトが負けたことはない。
だが、それだけで自分は魔族と戦えると思い上がってはダメだということは十分に理解している。
数を重ねれば、テトの戦闘技術が低いことは、いずれ徐々に露呈していくだろう。
「これから転移魔術の準備をするから、お前らも各々で準備しとけよ。対戦相手を決めとくとかその辺な」
模擬戦はこの学園から少し離れた森の中で行われる。半径一キロメートル程は結界で覆われているため、野生の魔物に襲われる心配はない。
教室の床に取り付けられた魔法陣によってこの場にいる生徒全てが同時に転移する事を可能にしているが、レイラからするとどうしても古臭くて好きになれなかった。
魔法陣なので魔力を通せば誰でも使える。
それ自体は良いのだが、消費する魔力量が馬鹿げている。
この教室にいる生徒たちの実力であれば三人がかりでやっと動かせるくらいだろう。
現に教師も魔力を陣に通す片手間に魔力を回復させる薬でブーストしている。
当時これを考えた偉人は他人が使うことを考慮していなかったのか、それとも考慮する必要もないほどに馬鹿げた魔力タンク持ち者だったのか。
手元にある教科書を見ても分かるものは何もなかった。
ちなみに、転移や結界と言った魔術を総じて「空間魔術」と言う。
この国には以前まで、空間魔術を得意としている最強の魔術士がいたという話をレイラは聞いた事があった。
なんでも、三年ほど前に亡くなったばかりだと教科書には書いてあったが、シェディムの事もあるため、それが真実かどうかは不明なところだった。
「ねえ……」
「え?」
ふと、思考を現実へ引き戻す。
気がつけば、レイラの目の前に一人の少女が立っていた。
薄いブロンドの髪を肩口で綺麗に切り揃えた、眼鏡の少女だった。
お淑やかで物静かな雰囲気をまとっているが、その瞳だけは鋭く、強い自信を宿していた。
「あ、えーっと、コーリー……」
「コーリー・エウレカ・エレヴニティスよ」
「ご、ごめん」
同学年で、もう二年も経つ。
名前も覚えていないと思われたかもしれない。
そう考えたレイラは、内心で焦りを覚えた。
しっかりと顔と名前が一致するように調べてはいたが、フルネームまでは頭に入れていなかった。
せっかくシェディム以外の人に声をかけられたというのに、第一印象が最悪になってしまった。
「いいわ。私の席は一番前だし、後ろ姿だけで覚えろというのも無理な話よね。周りの子たちは私をEEと呼んだりするけれど、あなたには呼んでほしくないから、そこのところよろしく」
そんなコーリーの発言にレイラの眉が苛立たし気にピクッと動く。
初対面の人間相手にキレかけるのは初めてだと内心の憤りを必死に抑える。
印象を気にして落ち込んだ自分が馬鹿らしくなるくらいには、こんな女と友達になるのはこっちから願い下げだった。
さっさと用件を聞いて追っ払うのが吉だと判断したレイラはシャーッと猫のように、コーリーを睨みつける。
「で? 私に何の用なの? こんな遅すぎる自己紹介をするためだけにわざわざ私の前に来たわけじゃないでしょ?」
「ええそうね。話が早くて助かるわ。あなたには私の対戦相手になってもらおうと思って来たのよ」
レイラの威嚇など全く意に介していない様子で、コーリーは端的に用件を口にする。
「そう。別に構わないけど、何で私なの? 私を選ぶ明確な理由があるはずよね?」
コーリーには愛称で呼ばれるくらいの友達がいるというのにレイラを選ぶ理由が分からなかった。
「ただの好奇心っていうのはダメかしら」
「ダメ。好奇心なら1年の時にあった模擬戦で来てるはず。私は今である理由が知りたいの」
「なら、準備が整ったっていうのが理由ね」
「準備?」
「ええ。あなたを倒すための準備よ」
コーリーは一切迷いのない瞳でそう言い切った。
「……分かったわ。そこまで言うなら戦うわ。テト、準備はいい?」
「はいなのです!」
気合の入った声で答えながら、元気よく立ち上がるテト。
それとほぼ同時に、床に仕込まれた魔法陣が淡く光りだした。
「よし! お前ら準備はいいか?? 転移を開始するぞ」
教師の声に合わせて、生徒たちは席から立ち上がる。
レイラもゆっくりと立ち上がり、目の前の眼鏡の少女と対面する。
思った以上にコーリーは背が低かったようで、立ち上がったレイラの頭一つ分は小さい。
先程までの視線とは逆に、今度はレイラがコーリーを見下ろす形になった。
「一つ、今回の模擬戦での条件を出すわ」
「何よ条件って、言っとくけど手加減はしないから」
「勿論よ。あなたには本気で来てもらわないと困るのよ」
魔法陣の光りが一際強くなり、視界が白く染められる寸前、コーリーはその条件を口にした。
「私が勝ったら、あなたの使い魔をもらうわ」
「……なっ!?」
決して聞き間違いではない。
コーリーはレイラの耳に確実に届くように、はっきり、そしてゆっくりとした口調でそう言葉にした。




