第2話 通学路
朝の変態魔族による奇襲をなんとかやり過ごし、なぜかその変態も一緒に朝食を食べ、そしてレイラたちは忙しなく家から出た。
「もう、シェディムのせいでゆっくりできなかったじゃない」
「またまたぁ、そうやってすぐ他人のせいにするのは感心しないなー。拒絶しようと思えばいくらでもできたと思うぞー?」
「してたわよずっと!」
「口だけねー。体はほとんど抵抗せずにあたしに身を委ねてたね」
「……ばっかじゃないの」
そもそも上から押さえつけられていたのだ。抵抗しようにも何もできなかった。
確かに、あっさり布団の中に連れ込まれたのはレイラの油断だ。
だが相手は魔族で、筋力値、魔力値ともに人間より優れているため、自分が肉弾戦でシェディムに勝てるとは思えない。
そこでふとレイラはシェディムへと視線を向ける。
レイラより華奢で小柄なシェディム相手であればもしかしたら勝てる可能性があるのではと思えてきてしまう。
今度隙を見て試してみるか。
そう思って視線を外すと、今度はシェディムがこれでもかと怪訝な表情をレイラへと向けてきていた。
「ねぇねぇ、何か変なこと企んでなーい?」
「……別に」
相変わらず人の考えてることに敏感なシェディムにレイラは不機嫌な顔で答える。
おそらくシェディムは心を読めているわけではない。
相手の表情を見て、それまでの会話の流れから何を思考しているのかを予想しているだけに過ぎない。
それだけでも十分すごいことだが、今回にあっては、自分が考えている内容を当てる事はできないだろうと自負するレイラ。
だがしかし……
「言っとくけど、あたしに勝とうなんて10年早いからね?」
とシェディムはレイラの思考をあっさりと読み取ってきた。
「…………」
話の流れから予想なんてできる内容じゃなかったとレイラは不貞腐れたように口を尖らせる。
「あはは、レイラちゃんって本当に面白いね。もっと弄りたくなっちゃう♡」
また考えていることが顔にでも出ていたのか、シェディムは肩を震わせて笑い続ける。
「やめてよね。私はあんたの玩具じゃないの」
「はいはい。そうだよねぇ、レイラちゃんはレイラちゃんだもんねー」
シェディムの言い回しにレイラはイラッとして額に青筋を浮かべる。
言葉の節々で堪えきれていない笑いが漏れてるところにムカムカし、思わず奥歯を噛み締める。
「シェディムシェディム! テトは! テトは、シェディムに勝てるです!?」
瞳をキラキラさせてシェディムに聞くテトだが、本来それは敵である者に聞く内容ではない。
完全に警戒を解いてしまってるあたり、やはりテトはまだまだ子どもだと言わざるを得なかった。
「んー? そもそもぉ、テトちゃまはあたしに勝てると思ってるわけぇ??」
表情は笑顔なのに目が笑っていない。
いったいテトのどこが気に食わないのだろうかとレイラは首を傾げる。
さっきまで機嫌よく笑っていたはずなのに、今のシェディムはどこか子供じみて見えた。
「勝てるのです!! テトもティアお姉ちゃんみたいにしゅばばってこてんぱんにするです!」
テトの言葉にシェディムの額に青筋が浮かぶ。
「あんたは100億年経ってもあたしには勝てませぇーん!!」
シェディムはテトの両頬を掴んで上下左右に引っ張り上げる。
百億などどんなに長命種でも普通に寿命が尽きる。
おそらく比喩なのだろうが、それでもシェディムの声からは本気が伝わってくる。
「あたた!? はひふるへふ!? ほうよくはんはいはほへふ!!」
「どの口が……!!」
だがふとそこで、レイラはひとつの疑念に辿り着く。
別に深い疑念ではなかったが、少しだけ気になったためシェディムへと質問する。
「ねえシェディム。今気になったんだけど、テトは100億年経っても無理でも私なら10年で勝てるの?」
「へ……?」
予想すらしていなかった質問だったのか、シェディムはレイラの顔を見つめながら固まった。
「あー、えっとぉ、そうそう! 比喩表現ってやつね! 100億年も10年もあたしにとっては似たようなものよ。別に舐められたくないから見栄を張って言ったわけじゃないから!」
すごい早口でまくし立てたシェディムの視線はこれでもかと泳ぎまくっていた。
それによりレイラは確信を得る。
シェディムは嘘が下手だ、と。
だがそれも演技である可能性を考慮し、レイラは一応確かめるべく、一歩、シェディムとの距離を詰める。
すると、シェディムは素早く三歩ほど後退り、レイラとの距離を大きく開けた。
「………………テト」
「はいなのです!」
レイラの指示でテトは素早くシェディムの背後に回り、片腕を掴み取る。
「え、ちょっ!?」
その隙にレイラもシェディムとの距離を詰め、もう片方の腕を掴んで後ろに回し、膝裏を蹴って地面に跪かせる。
「いいい痛い痛い! ごめんなさいごめんなさい嘘つきました! だから許してぇええ!!」
結論から言うと、シェディム自身の戦闘能力はほぼ皆無という事が判明した。
というより、あまりにもあっさり制圧できたため、レイラとテトの方が少し戸惑ったほどだった。
おそらくシェディムは能力頼りの戦い方なのだろう。
昨日は魔物を使役するような戦い方も見れたことから、レイラたちのような魔物や魔獣を従わせる能力の魔族なのだろうか。
「んで? 見栄を張った結果10年ってなったわけは何よ」
使役士育成学園が目前に見えてくる。
校門付近にはすでにそこそこの数の生徒が集まっていた。
その様子を見て、レイラたちは歩く速度を落とし、先程の会話に戻る。
「あー、あれは10年くらいならたとえ負けたとしても歳だからとか言って誤魔化せるかなぁなんて」
「……くだらない」
「くだらないってなによー! あたしは結構真剣に考えてたりするんですぅー!」
「ばっかじゃないの? 10年後って私らまだ20代でしょ? よほど怠惰な生活してない限り勝てた相手に負けることなんてないでしょ普通。年寄りじゃないんだからさ」
そう言ったところで再びレイラは疑念を抱く。
レイラの説明はそれが人間だったらの話であって、魔族も人間と同じかどうかは不明だった。
そう思い、なんとなくシェディムの顔を見ると、高速で視線を逸らされた。
とても分かりやすい反応にレイラの目が細められる。
「あんた、歳いく──」
「ああ!! ああ!! それ以上聞かないでー。考えたくもないからぁ。そうですそうですぅ。あたしは可愛いレイラちゃんより大人な女性なんでぇ、年上な事には間違いありませんよー。具体的なところは秘密ですー」
ぷいっとそっぽを向いて足早に一人で生徒玄関へと入って行くシェディム。
レイラにとっては年齢なんて全く気にしてない事だったが、どうやらシェディムには触れてほしくない事情のようだった。
「……なんか怒らせたみたい?」
「レイラは友達作りが下手なのです」
「うっさい。あんたにだけは言われたくないわよ」
こんな事で友達辞めるとか言い出したら、それこそお笑いものだ。
年上の女性が聞いて呆れる。
── 友達、辞めないよね?
せっかくできた友達がすぐにいなくなるのは少し寂しく感じてしまう。
── いやそうじゃないでしょ私! もっと魔族の情報を聞き出したいから辞めてもらうのは困るだけ、そう! それよ! うん
そう内心に言い聞かせたレイラはザワついた心を落ち着かせるため深呼吸する。
後でそれとなく謝っておこう。どうせ席は隣になるのだろうから、いくらでも会話の機会はあるだろう。
その時はそう思っていた。




