第7話:ノルン・カデンツァ
ガタン!
大きな音と揺れと同時に目が覚める。いつの間にか寝ていたようで、たくさんの荷物に囲まれていた。手を伸ばし、荷物を支えに身体を起こす
。
「おう、起きたかい。英雄さんよ」
声のする方に向くと、ホッセルの手綱を引いたまま、こちらを振り向くセロドアさんが見える。
「もう着く頃じゃよ。ほら」
セロドアさんが前を向くのにつられて、視線を前にやる。道の先にはいくつも家が立ち並んだ街が見えていた。
「オルドレアンじゃ」
「オルドレアン…」
セロドアさんの言葉に、フェルンも呟く。
思えば期間は長いが、初めてのことばかりで、あっという間の7日間だった。
ある程度の食料はあるものの、基本は狩りじゃ!とセロドアさんに言われ、食料調達の狩りやら、野宿の基本の火起こし、夜の過ごし方など。この先の旅で必要なことを色々と教えてもらった。
おかげ様で、この7日間で旅の基本は身につき、だいぶ鍛えられた気がする。
* * *
街に近づくにつれて、家が増え始め、気が付けば、多くの家が立ち並ぶ通りに入っていた。
建物の高さは村とさほど変わらないものの、家同士が割と近い。また村とは違い、木造ではなく、レンガのようなもので建てられている。壁の色は白が多く、通り全体が明るい。
人も多く、家の前で談笑する人、どこかへに向かう人、急いでいるのか走る人、騒がしく荷台の横を走り抜けていく子どもたち。
「人も建物も多いですね…」
初めての光景に、つい首と目が動いてしまい、大忙しだ。
「ほっほっほ。まあ最果ての村と比べたら、どこも多いじゃろう」
確かに、と思いつつも、また周囲を見回す。
セロドアさんの言う最果ての村が、これまで暮らしていた村の名前だと、道中に教えてもらった。いつも『村』と呼んでいたから、名前を気にしたことがなかった。
なんでも王国に属する村で、王都からもっとも遠いために、そう呼ばれているそうだ。
しばらく通りを進むと、大きな広場が見え、広場の入り口でセロドアさんと別れた。荷台の向きを変え、セロドアさんは来た道を戻る。
「ありがとうございました!」
セロドアさんに向けて大きく手を振る。姿が見なくなるまで確認をすると、広場に足を踏み入れた。
「よし!それじゃあ、まずは宿だな」
* * *
広場からすぐのところで、案外簡単に見つかった。寝泊まりができれば、と値段も安い小さな宿に決める。
受付を済ますと、少しの荷物を持って、さっそく宿を出る。
「さて。じゃあ情報集めるかな」
村を出る前にグラッツさんからの助言で、情報集めは酒場がいいと教えて貰った。多くの人が酒場に来て、酒のネタに店主や従業員に話をするから、情報集めにうってつけとのこと。
酒場の場所は宿の受付の人に聞いたため、歩き…出したところで、通りから伸びる細い道の入口に視線が向かう。
視線の先には、やたら背の高い人と、やたら横に大きい人が並んでいるが、その奥にもう1人いるみたいだ。
「…ないです!」
いやさらにもう1人。女の人の叫ぶような声が聞こえる。どう見ても絡まれているようだ。
そう思うと、自然と足が4人の方へと向かう。
「な、何度も言わせないでください!」
「そう言うなよ。俺らはお嬢ちゃんを手助けしようと思ってだな」
近づくにつれ、だんだんと声が大きくなり、話す内容が聞こえてきた。
「し、信用できないです!」
「おいおい。見た目で判断かよ。俺ら泣いちまうぜ」
手前の二人の後ろに立つと、少し大きめに声を出す。
「なあ、その人困ってるじゃん。やめなよ」
「あぁん?」
その言葉に、手前の2人がこちらを振り向く。1人は眉間に皺を寄せ、睨みつけながら見下ろし、もう1人は…もぐもぐと口を動かしていた。手元にはイモを薄くきって揚げたチップスを持っており、一掴みしてバリバリ食べていた。半分くらいが口に入らず、零しているが。
「なんだ兄ちゃん。何か言ったか?あぁん?」
バリバリバリバリ…
「ちょっと周りがうるさくてよく聞こえんかったわ。あぁん?」
バリバリバリバリ…
「もう1度はっきり言ってくるか?あぁん?」
バリバリバリバリ…
食べる音がうるさく響くが、背の高い男の声がやたらと高い声で凄んできたので、よく聞こえた。もっとも全然凄みは無かったが。
「その女の人が困っているだろって言ったんだ」
バリバリバリバリ…
なるべく大きめの声で話したが、相手に聞こえているのかわからない。実際、背の高い男は何も言わない。
少しの沈黙(バリバリ音はしている)のあと、奥にいたボサボサの長い髪の男が、背の高い男の前に出る。
「ま…ま…、セッタ。そう…ご…ら、に…ちゃ…び…ってかい…でき…だろ」
バリバリバリバリ…
何て言っているのかわからない…。また少しの沈黙(バリバリ音はしている)のあと、ボサボサ男が横にいた大きい男の頭をゲンコツで殴った。
「うるせぇよ!ブット!自分の声すら聞き取りづれぇーじゃねーか!!」
殴ったことでブットと呼ばれた男が、顔面から地面に倒れる。バリバリ音が止まった。
「ったく。で、何だっけか。…ああ、あんちゃんが絡んできたんか」
頭をボリボリ書きながら、こちらに視線を向ける。
「俺たちゃ、この嬢ちゃんが旅してるって言うんで、護衛をしてやるって言ってるだけだよ」
後ろを親指で示す。示した先にはボブ髪の女性が、身体を小刻みに震わせながらも、ボサボサ男を睨みつけていた。
「わ、私は、あなた方に、お、お願いするつもりはないです!だ、大体、なんで、私が、旅しているって、知っているんですか…」
女性は最初勢いよく話始めたが、最後の方は声が小さくなっていった。
ボサボサ男は、また頭をボリボリ書きながら、小さく何かを呟いたかと思えば、こちらに向き直る。
「まあともかく、英雄気取りのあんちゃんには、関係ねー話ってことだ」
こちらに向けて手を払い、あっちいけと合図をする。が、女性が怯えている時点で、この男のやり方は間違っている。そのまま去るなんてできない。
女性の方を振り向こうとしたボサボサ男の腕を思わず掴む。
「…っつ。いい加減にしろや」
「てめー、何勝手におボスに触ってんじゃあ!あぁん!?」
「んがーーーーーーーーーー!」
ここから先は一瞬の出来事だった…と思う。
ボサボサ男の一言の後、下からの拳が飛んでくるのが見えた。
が、同時に、後ろにいたセッタに肩を捕まれ身体を引かれる。
引かれた結果、ボサボサ男の拳が胸元をかすめる。
と、それとまた同時に、顔面から倒れていたブットが勢いよく拳を上げながら立ち上がる。
避けられたボサボサ男は立ち上がった状態となる。
ブットの勢いよくあがった拳が、ボサボサ男の顔面に裏拳のように入る。
ボサボサ男の顔にブットの拳がめり込む。
ボサボサ男がそのまま鼻から血を舞わして後ろに倒れ込む。
「…」
数秒の沈黙の後、、、
「おボスーーーーーー!」
セッタが甲高い大声を上げる。しかし倒れたおボスとやらは、起き上がらない。
「お?おボス、どうしたんだ?」
ブットは野太い声だった。
「おボスがこいつにやられた!」
ビシっとこちらに指を向ける。いや、俺じゃないから。
「お、おボスがやられた!」
「ひ、ひとまず、た、退散だ!こ、こいつ、覚えてやがれ!あぁん?」
こちらに顔を向け凄む。人に言うときだけ凄むのかな?
おボスと呼ばれた男をブットが背負うと、のそのそと歩き(?)ながら、去っていった。
小さくなるのを見ていたが、女性のことを思い出して振り返る。女性も去っていく3人組を見ていたので声をかける。
「えっと…大丈夫だった?」
声をかけると、女性ハッとしてこちら視線を移し、凄い勢いで頭を下げた。
「た、助けていただき、ありがとうございました」
「あ、いえ。と言うか、自分は何もしてないけど…」
声はかけたものの、相手がドタバタして勝手に倒れただけだし。
「いえ。声をかけていただけて、助かりました」
顔を上げ、ホッとしたのか胸に手を当てる。
「もし良ければ、泊まるとこまで送るよ。また絡まれるといけないし」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。これから教会に向かおうと思っていましたので」
「教会?」
「はい。いま手持ちも少なくいので、お金を稼ごうかと…」
「???」
教会とお金を稼ぐが紐ついておらず、それを察したのか、女性はくすっと笑うと話してくれた。
「教会では街の人々からの依頼を集めているんです。依頼にはそれぞれ報酬を用意しているので、達成できれば報酬としてお金がいただけるんです」
そう言えば、金銭に困ったときの話を、父さんが言ってた気がするな。最悪のときは教会で恵んでもらうんだぞ、ってことと思っていたが、依頼の話だったんだな。
「今日はご飯もまだなので、、、」
と、狙ったかのように、お腹の虫が鳴る。と同時に女性はみるみる顔を真っ赤にしていく。
「あはは。もし良ければご飯くらい奢るよ」
「い、いえ!そんな助けてもらったのに、ご飯まで…どうしました?」
女性の言葉を聞きながら、胸元に手をやるが…お目当てのものに触れられず、動作が止まる。
「…財布が無い」
「えっ!もしかして、さっきの騒ぎで落としたとか…?」
女性と一緒に周りをキョロキョロするが、それらしいものは落ちていない。
勘違いかも、と思い、全身のポケットに手を突っ込んだり、服の上をあちこち叩くが、それらしいものに触れる気配がない。バッと振り返るが、近くにも落ちていなさそうだ。
最初の街でまさかの非常事態。せめてもの救いは宿が前払いで済んでいることくらいだ。
「まさかの金無し…」
情報収集ついでに買い物もする予定だったので、結構な額を失ってしまった。
「あの…一緒に教会行きます?」
女性が申し訳無さそうに提案してくれた。もしかしたら、さっきの騒動のせいと感じ、気にしているのかも。ただ確かに自分も依頼をこなさないと旅立てなくなってしまった。
「そう、だな。俺もお金が無くなったから、一緒に行くよ。ええっと…」
よろしく、と言おうとして、まだ名前を聞いていなかったことに気付いた。女性もそれに気付いたのか、軽い咳払いをすると、背筋を伸ばして自己紹介をしてくれた。
「私は、ノルン・カデンツァと申します。これからどうぞ、よろしくお願いしますね」




