第6話:巨大魔獣の謎
巨大ベアの討伐から数日後、グラッツさんから自警団の見廻り後に家に来るよう伝えられた。
「あの討伐に関わったお前たちには、伝えておいた方がよいと思ってな」
あの後の調査で何かわかったのだろう。
見廻りの交代後、トルクと一緒にグラッツさんの家に向かう。
ひとり暮らしをしているためか、グラッツさんの家はそれほど大きくはない。1分もかからず、家の周りを一周くらいはできそうだ。
グラッツさんの家の扉をノックして呼びかけると、すぐに扉が開いた。
「おう、待ってたぜ。中に入りな」
勧められるがまま、お邪魔します、と言いながらトルクとともに中にはいる。
家の中は簡素で、入ったすぐの部屋にはキッチンと机がある程度。奥に続く扉がいくつかあるが、あっちに寝室や風呂場などがあるのだろう。
「その辺に椅子があるだろう?適当に座ってくれ」
グラッツさんが部屋の隅にある椅子を指差しながら、キッチンに向かう。お湯を沸かし始めると、カップを3つ出しているので、何か振る舞ってくれそうだ。
トルクと一緒に自分用の椅子を取ると、机の近くに座る。
机の上は本や紙束が散乱しており、部屋とは違い、整理できているとは言えなかった。
「あれ、なんですこれ?」
本や紙束に混じって、見慣れない箱が置いてある。さほど大きくはないが、箱の上には文字の書かれたボタンと、何かをはめる窪みがある。
「それか?まあ…仕事用の道具だ。日々の起きたこととか書いてるのさ」
グラッツさんがバツの悪そうな顔をしつつ、湯気の立つカップを自分とトルクに渡す。何かの花だろうか、いい匂いが立ち込める。
「珍しい形の箱ですね」
トルクも興味があるのか、箱の周りをキョロキョロと見ている。
「昔の縁で渡されたもので、さほど珍しいものでもないさ」
グラッツさんも自分のカップを持って、机の前の椅子に座る。
「それよりも、だ」
カップからひとくち飲むと、机の上に置き、強めの口調となる。あまりこれには触れてほしくないのかも。トルクもそれを察したのか、そそくさと、自分の椅子に座る。
「あの魔獣についてだが、結論から言うと、たたのベアだったことがわかった」
グラッツさんの言葉を一瞬、理解することができず、言葉を失う。トルクも同じだったのだろう。一言も発しない。
「…ベアですか?ジャイアントベアでもなく?」
かろうじて発した言葉は、ただの聞き返しになってしまった。
「ああ。ベアだ」
「え、でもあんな大きなベアだったじゃないですか?ジャイアントベアすらも超える」
立ったときのベアは、大きさはもちろんのこと、威圧感も凄まじかった。通常のベアと対峙したこともあったが、とても比べられるものではなかった。
「お前たちの気持ちもわかる。俺も最初は同じだったからな。だがあの日の翌日、商人を連れてあの魔獣の元に向かったんだが、俺たちが倒した巨大ベアはどこにもおらず、ただのベアがそこに転がっていた」
「…場所を間違えたとかもなく?」
グラッツさんに限ってそんなことはない、と思いつつも聞かずにはいられなかった。
グラッツさんも聞かれることはわかっていたのだろう、何も言わず、首を横に振る。
「俺も思ったさ。だがベアに俺が最後につけた傷が残っていた」
念の為、と言って刺したときの傷だろう。
「それに倒れた形跡は巨大ベアの跡だった。まるで死んだあとに縮んだかのようだった」
そんなことがあり得るのだろうか…。
「どこから来たかはわかったんですか?」
トルクが尋ねる。
「追える範囲で調査をしてみたが、森の外から入って来たらしい」
「じゃあそういう個体?…とか?」
と言いつつも最後の方は声が小さくなっていく。言いながらもそんなことは無いと思い始めたのだろう。
「俺は学者ではないから断言はできんが、長年、魔獣討伐をこなしてきて初めてだ。可能性は低いだろうな」
「ですよね…」
長く王国で分隊長を経験してきたグラッツさんだ。大小あるものの、数え切れない数なんだろう。
「それにだ、もう1点奇妙なことがある」
「奇妙?」
「ああ。森に入った際の痕跡を見ると、大きさは普通のベアだったのでは、と思われる」
「え?じゃあ森に入ってからあの巨体に成長したってことですか?」
「ああ。しかも5日以内にな」
「「5日!?」」
トルクと一緒に思わず声をあげてしまった。
ベアの寿命がどれくらいかはわからないが、討伐などが無ければ、10年以上は生きていると言われる。そう考えても5日で倍近くの大きさになるとは考えにくい。
グラッツさんがお茶を一口飲むと、ため息を漏らす。
「どちらも原因はわからん。が、正直、これ以上調べようがないな。外から入ってきた時点で、その先は調査範囲が広すぎる」
確かに。それに村の警備も引き続きとなると、外に出向いて調査をする時間もないだろう。
「でも、誰かが調べないと、安心できないですよね」
原因がわからないと、いつ何が起こるかもわからず、村のみんなも不安が残る。それに村の外から、と言うことは、もしかすると他の街でも同じことが起こるのかもしれない。
ふとテノーラさんに言われたことを思い出す。もしかしたらささいなことかもだけど、原因がわかれば、誰かの平和を、いや村に人の不安は取り除けるのではないだろうか?
「グラッツさん。俺、調べてみます。原因がわかれば、村のみんなも安心します。何より、他でも同じことが起きているなら、助けになりたいです」
グラッツさんとトルクは、こちらを向いたまま、固まっていたが、間をおいてグラッツさんが大声を上げて笑い始めた。
そんなに笑うことか。
「いや、悪い悪い。フェルンの言ったことを笑ったわけじゃないんだ」
カップを一気に傾けると、空いたカップを机の上に置く。
「実はな、フェルンに依頼しようと思っていたんだ。だが、どう切り出すか悩んでいてな。まさか先に言われるとはな」
咳払いを一度すると、こちらに向きなおる。
「改めてフェルンに依頼したい。この調査、引き受けてくれるか?」
真っ直ぐこちらを見るグラッツさんの目を受け止めて、答える。
「はい、もちろんです」
その言葉を聞いて、グラッツさんはニカッと笑う。
この人、こんな顔もするんだな。もっと堅い印象だったけど。
「よし。ならお前に餞別をやろう」
椅子から立ち上がり隣の部屋に行く。が、すぐに戻ってくる。ただし右手には剣を携えて。
「これだ」
持っていた剣を投げて来たので、慌ててカップを置く。が、間に合わず頭で受ける。頭を手で押さえつつ、床に落ちた剣を拾う。
「俺が使っている剣の似たものだ。もしもように昔作ってもらったが、未だに俺の剣は現役だからな。それなりに名のある鍛冶が作ったものだから、悪くないものだ」
鞘から少しだけ剣を抜くと、キレイな刀身を見せる。
「ありがとうございます!」
刀身をしまい立ち上がると、グラッツさんに向かって礼をする。
「それじゃあ、俺、父さんたちにも話してきます」
そのままグラッツさんたちに背を向け、扉を開けた。
* * *
旅立ちの日まではあっという間だった。
グラッツさんは自分に依頼することもあり、既に両親には話していた。父さんは寂しそうな、母さんは不安も混じえた顔をしていたものの、了承をしてくれた。二人とも、きっと行くと言うだろう、と思っていたそうだ。
そして―
荷台に乗り、みんなの方を向く。
両親にグラッツさん、トルクにテノーラさん、それに村のみんなも何人か見送りに来てくれた。ちょっと恥ずかしい。
「フェルン、頑張っといで。ここからが『英雄』の始まりよ」
「うん。帰ってくる頃には『英雄』に恥じないような成長の姿を見せるよ。それと色々と旅の準備ありがとう」
テノーラさんはウインクして頷き、商人にも声をかける。
「フェルンのこと、お願いね」
「もちろんじゃ。巨大ベアを倒してくれた英雄じゃからの。しっかりと連れて行くわい」
まずは隣町に向かうことになったので、テノーラさんの商人に連れて行ってもらうことになった。荷台は巨大ベアに壊されてしまったが、新たに調達して、商売を再開できるようになったそうだ。
「フェルン、無茶はしちゃダメだよ」
「ああ、トルクは行かなくていいのか?」
トルクは首を縦に振る。
「僕が残らないと、ここの村が手薄になるでしょ。フェルンの分まで頑張らなきゃ」
右腕を上げ、力こぶを見せてくれる。
「村のことは俺もいるからな。調査の方、頼むぞ」
グラッツさんがトルクの横に立つと、声をかけてくれる。
「はい、二人ともお願いします」
グラッツさんとトルクは、頼もしそうに頷いてくれた。
そして父さん、母さんの方を向く。
「父さんも母さんも元気で。調査終わったら帰ってくるから」
「ああ、いつでも帰ってきて大丈夫だからな」
父さんはゆっくり頷くと母さんに視線を移す。つられて母さんに視線を動かす。
「ここまで来たら何も言わないわ」
それだけ言うと、一度言葉を区切る。言葉を選んでいたのだろう。ゆっくりと話してくれた。
「ただ私もお父さんも、あなたのことを大切に思っているわ。それだけは忘れないで。必ず帰ってくるのよ」
不安な思いを押しとどめつつも、母さんは笑顔を見せてくれた。
「うん、わかった。母さんも元気でね」
母さんの不安を払拭できるよう、自分も笑顔を返す。
「それじゃあ、行ってきます」
その言葉で商人がホッセルに指示を出し、ゆっくりと荷台を動かす。動く荷台の上で、手を大きく振る。
みんなの姿が小さくなるまで、手を振り続けた。




